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乾いた笑いをしたイズはなんとか気を持ち直して、部屋でのんびりとし始めていた。


ーーま、奥で人目につかないからよしとしよう!


そう言ってイズは開き直るしかない。

気持ちを引っ張らないのはイズのいいところだ。


「さて、お屋敷探訪は終わったし、買い物でもする?」


イズはスノトーラにそんな提案をしていると、扉がノックされた。

返事をするとローゲが入って来た。


「奥様、ヴィナディス・フォールク・ヴァング様がお見えです」


ローゲがいきなりの来訪者の名前をイズに伝える。

全く聴き慣れないその名前の羅列に、イズはかなりの角度で首を捻らす。


「ヴィ…バ・フォーク?」

「ヴァング公爵家のご令嬢です」


スノトーラは冷静にイズに補足の説明をする。

だが、そんなスノトーラはティーカップの受け皿をコンコンと突いて考える素振りを見せる。

それを気にする事のないイズは記憶を辿っていた。


「あっ!豚さんが家紋の公爵家か!」

「猪です」


考え事をしていてもスノトーラの指摘は素早い。

イズはそれにも構わずまた首を捻らす。


「公爵家の方が我が家に?旦那様は不在なのだけど…」


疑問が解ければ新たな疑問だ。

その公爵家との関わりのないイズに会いに来たとは思えない。


「訪問のご予定は?」


スノトーラはローゲに確認する。


「いいえ、ございません」

「…」


スノトーラは返答するローゲを観察した後、またティーカップに視線を戻す。


「奥様にご挨拶をと」


ローゲがおずおずと言葉を足した。

スノトーラはその言葉を聞いた途端、顔を険しくさせた。


ーーどこからお姉様の情報を?それに、事前の連絡もなしに?馬鹿にしているとしか思えない


相手は公爵家だ。

身分の差は認めるが、それでもイズはヴァンディル伯爵家の立派な夫人なのだ。

敬意の全く窺えない行動にスノトーラは無視できない不快感がある。

そして、昨日来たばかりのイズの情報をこれだけ早くに仕入れた彼女に疑問を寄せる。


「うん、分かった。直ぐに準備する」


だが、イズはそれに反応を示さず、普通に対応を始めた。

直ぐ様立ち上がったイズはリフィに頼んで身支度を始める。

心配性のスノトーラも同席するつもりで同じ様に用意をするが、やはり先に口を出してしまう。


「彼女は…なんの用でしょうか?」


ローゲが出て行った後、スノトーラはイズに問いかけた。


「さぁ、なんだろうね」


呑気にイズは答える。

まるで今日の朝食のメニューを思い出すぐらいのテンションだ。


「公爵令嬢ですよ?しかもあのヴィナディス様です」

「あれ?知ってるの?」


イズはキョトンとした顔をスノトーラに向ける。


「知ってるも何も…社交界では注目されている方です。『殿方の黄金』それぐらいは聞いた事ありますよね?」

「うぇ!?そのヴィナディス様!?」


流石のイズもそれに驚きを見せる。

『殿方の黄金』、その意味は決して彼女を褒め称えたものではない。

イズ達とそう歳の変わらないある公爵令嬢が多くの男性を虜にする為、いつしかそう呼ぶ様になった。

彼女はどの様な男性も魅了してしまう。

悪評があっても彼女に心を奪われる男性は増える一方だと…、社交界に疎いイズでもよく知っている噂だ。


「そんな有名人が私になんの用?」


またしても首を傾げるイズだったが、その話の答えなど見えるわけがない。

イズにとってはおとぎ話の登場人物がいきなり来たと言われても理解が追いつかない。


「…どうでしょうね」


スノトーラは考えを隠しているのか、表情をより硬くして答える。


「今まで彼女が来た事ある?」


イズはリフィに問いかける。


「いえ…聞いたことありませんが…」


リフィにも思い当たることはない様だ。

この相手の目的の分からない状況でも、イズは慌てることはない。


「うーん、どんな人かな?」


イズは噂で聞く美女を想像してみるが、先に見てしまったティッタがちらつく。


ーーあれは絶世の美女だもんなぁ~


一人で納得してイズはウンウンと頷く。

彼女を見てしまったら、それ以上なんて考えられない。


ーー魅惑の女性ね


あの健気で純粋な人間ではないはずだと、大人の色気を思い浮かべる。

だが、意外とイズの想像力は乏しかった。


「ま、会いたいって言って貰えてるのだから、会うしかないよね」


あっけらかんと笑えるイズはどこまでも呑気なのだと思わざるを得なかった。




「お待たせしました」


イズは柔和で人懐っこい表情を浮かべて、噂の公爵令嬢ーーヴィナディスに挨拶をする。


「お初にお目にかかります。イズ・ヴァンディルです」


ゆったりと余裕のある振る舞いは貴族として流石だが、イズの場合は天性のものだ。

性格のよく現れている仕草はより自然でイズ自身の優美さを認めざるを得ない。


「あら、貴方が?」


当然ここで挨拶を返すものだが、相手はどことなく粘っこい声で嘲笑うかの様に言う。


ーーおぉ、美人だ


イズは顔を上げてはっきりと相手を捉えた。

派手やかな金髪はまさしく『黄金』の様で、その周りの飾りである宝石も霞んでいる様に見える。

厚みのある唇は艶のある赤色で、口元の黒子は唇の存在を余計に際立たせている様だった。

そして目はまるで何かを吸い込むかの様に奥深く、その奥で蠢いているものを覗きたくなる様な魅力がある。


ーーなんだか、氷を食べたい…


たしかに魅力のある妖艶な人物で、彼女から漂うものは彼女のきつい香水と同じ様にイズには濃厚すぎて何かで薄めたい気分だった。

できることなら扇子でその漂ってくるものを匂いと共に跳ね除けたい程だ。

その派手さも一級品で、まるで自分が光源でもあるかのような煌びやかさだった。

平凡なイズに比べると、その人間そのものの存在感が格段に違うことが見て取れる。


「本当に…随分待ったわ」


イズの代わりにヴィナディスが退屈そうに扇子を煽り始めた。

まるで獲物を見つけた獣の様な目を彼女はイズに向けるのだった。

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