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「なんなんだ…あれ…」


その光景を見ていた人物は他にもいた。

目を見開いて、そばかすが沢山ある鼻の穴さえも開ききっている。


「師匠が…笑っている!?」


彼には信じられない光景だった。

彼は1年前からじっちゃんの様な庭師に憧れて、ここで働き始める様になった。

目の見えなくなった今でもこれだけの整備ができるじっちゃんに彼は惚れてしまった。

そして弟子として働く様になったが、そんなじっちゃんは彼にとても厳しかった。

少しのミスも許してくれず、深く刻まれたシワを歪めて彼を常に叱責するばかりだ。

さらにこの屋敷の古株として他の使用人よりも一線を引いている。

副執事のローゲでさえも頭が上がらぬ程だ。

それがいきなり現れた奥様を見るなり笑っているのだ。

しかもかなり穏やかな表情を浮かべている。


「ありえねぇ…なんでだ!まさか!?奥様は師匠に見込まれたのか!?」


彼の中で『師匠に認められた奥様』の称号がイズに与えられる。

彼はひっそりと見守っていた垣根の間で崩れ落ちる。


「只者じゃないな…」


彼はイズを見ながらそう思う。

噂で聞く『悪女』にはそぐわない容姿に彼は首を捻らせた。


「むしろ、悪女の獲物になりそうだよな…」


そう思ったが、それも違うかと彼はすぐに否定した。

『師匠に認められた奥様』の称号を持つ彼女には、簡単にとって喰われてしまう小動物は似合わない。


「それにあの顔…」


彼の記憶に結びつくものがある。

寧ろはるか上空でのらりくらりとしている雲の様な人間に思えた。


「あの奥様はやばいな…」


彼はそう確信する。

そう思い始めたら居ても立ってもいられなくなる。

誰かにこの思いを伝えたくて駆け出し始めた。



「おい!!聞いてくれよ!!」


朝の仕事がひと段落し、幾人か寛いでいた使用人たちの元にたどり着くと、彼は叫んだ。


「どうした?」

「奥様!!あの人ヤベェよ!」

「…そんなの分かりきった話だろ?」

「散々、その話はしたじゃないの」


使用人たちは皆、ため息まじりに彼の話を聞く。


「そうそう!奥様は絶対にティッタを追い出しに来たんだわ!」

「昨日のでしょ?旦那様の倉庫の前で奥様がティッタを責め立ててたの!」

「すごい緊張感だったらしいわね」

「あの子もよくやるわ…」

「ね…」


昨日の出来事を見ていた下女達が声をあげる。


「違うって!あの人、師匠と仲良くなっちゃってんだぜ!?認めたんだよ!」


その言葉でその場の空気が変わる。

庭師のじっちゃんが少し気難しい人間であるのはこの屋敷の常識だ。

庭仕事をしている時は穏やかな老人の顔でしているが、孫のリフィ以外には厳しい態度なのだ。


だが、自分の認めた人間には彼は朗らかな表情を浮かべる。


「嘘だろ…」

「手懐けられたのかも…」

「でもあの人だぜ?」


先代のヴァンディル伯爵の頃から仕えていたじっちゃんであるだけに、一目置かれた存在なのだ。

彼が易々と騙されるわけもない。

この屋敷では料理長と並んで副執事のローゲを上回る存在なのだ。


「確かに…すごく派手な人とか聞いてたけど、そんな事ないよな…」


一人が呟いた。


「服装も普通だったよね」

「特別、美女でもないし…なんか平凡?」

「分かる。道で会ってもそんなに気にならないタイプだよね」


その呟きから連鎖の様に彼らの本音が出てくる。


「だって、お食事だって綺麗に全部食べていただいているし…」

「私も入浴のお手伝いをしたけど、『ありがとう』って何度も言ってくださったわ」


昨日からのイズの姿を思い浮かべても恐れる点が出てこない。

下女達が見たその光景も詳しい事は分からないのだ。


「それにさ、あの顔どこかで見た事あるのよね…」

「分かる!それ!」


昨日のつっかえがまだ取れない問いを彼らは引っ張り出してきた。


「え?気づいてないの?それはさーー」


弟子が当然の様に何かを話そうとした時、いきなり後ろから声が聞こえた。


「何をサボっている?」


用事をしていたローゲが来たのだ。


「奥様が来ているんだ。絶対に失敗のない様に、さもないと君たちの首が危ないぞ」


彼の一声で、使用人達は顔を青ざめさせ、緊張感がその場を覆った。

だがじっちゃんの弟子である男はそれに納得はいっていない。


「ローゲさん、奥様、絶対悪い奴じゃないぜ!俺の師匠が受け入れたんだ!」


抗議する様に彼はローゲに声をかける。

師匠が絶対の彼にはそれが全てを物語っている様に感じる。

噂は噂に過ぎなかったとどこかで感じ始めていた。


「…何か惑わされている様だな。奥様は旦那様が不在な事も知らなかった」


ローゲはあしらう様に、だが忙しなく動いている皆に聞こえる様に大きな声で話し始める。


「旦那様の不在だから来たのではないのですか?」


他の人がたまらなくなってローゲに尋ねる。

ローゲはそれに首を横に振った。


「いいや。俺に『旦那様はいるか』と尋ねられた。仮にも奥様だ、夫の予定ぐらい知っているはずだが…」


その言葉で使用人達には奥様と旦那様の間でコミュニケーションは取れていないのではという推測が生まれる。


「そんなの偶々かもしれないじゃんか!」


弟子はそれにもう一度抗議する。

まさしくその通りだ。

だが、それは誰も知らぬ話だ。


「もうこの話はいいでしょう?私たちが大して詮索する必要はない。ただ仕事だけやればいい」

「でもっ」

「いい加減にしてくれ」


ローゲは弟子に冷たい目を向けると、自身も持ち場に戻ろうと身なりを整え直す。

弟子は納得できなかったが、仕事に戻ろうとその場を去る。

使用人達も話はまとまったと思い、仕事に気を向けて動き始めた。


「あの…ローゲ」


ローゲが動き出すと、それを物陰に隠れていたティッタが声をかけた。

どうやら先ほどの話を立ち聞きしていた様だった。

悲しげな表情を浮かべ彼女はローゲを見つめた。

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