表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/80

1


穏やかな日差しが照らす庭園でイズはのんびりとお茶を楽しんでいた。

空は晴れているが、程よい雲がゆったりと進み、ゆっくりとした時間を演出している。

イズはそれに浸りながら、爽やかな香りの湯気を出しているカップに口をつけた。


「ほぅ…美味しい…」


イズは桃色の唇からゆっくりと息をはいた。

ハーブティーの穏やかな香りが鼻と口一杯に広がり体に浸透していく。

まるでそれを全身で楽しんでいるかの様で、イズは嬉しそうな表情を浮かべた。


「今日もいい日!」


イズはご機嫌に呟く。

栗色の柔らかそうな髪が、楽しそうに揺れるイズに合わせてふんわりと踊っている。

丸い水色の目元も一緒になって煌めいていた。


彼女は普通の伯爵家でのびのびと育った。

イズが生まれ育ったユグドラシー伯爵領は北に位置し冬になると極寒に襲われるこの国にしては珍しくある程度の農作物に恵まれていた。

恵まれていたといってもその収益により領内が潤っていたーーということもなく、これといった特産品もない可もなく不可もない領地であるのに加え、人材もそこそこである為、イズの実家は貴族社会の中ではどちらかと言えば劣っていた。

それでも領主としてそれなりの歴史を持つ、それなりの貴族で、特に国に対する権力を誇示せず、権力争いともほど遠く、領民とののんびりとした生活を送っていた。


そんな家で育ったイズは、家族や領民に見守られてぬくぬくと育った。

ある程度恵まれた土地は程よくイズの好奇心をくすぐり、そして満たしてくれた。

歴代のユグドラシー伯爵の人柄によってか、領民もイズが好奇心に誘われて一人で領内を歩くのも容易な程、伯爵家に好意的な態度だった。

多くいる兄弟や親族に加え温かい領民に囲まれ沢山の愛を与えられたイズは暇さえも楽しく生きてきた。

その結果、なんともおっとりとした性格の女性が完成した。

温厚な性格なのは間違いないが、彼女をよく知る人物なら「呑気なだけだ」とため息まじりに言う。


容姿は、優れているとも劣っているとも言えない健康的な標準体型。

身長もそれなり、肉付きもそれなり、顔もそれなりだ。

特徴は可愛げのある栗色の癖毛と透き通った様な美しい桜色の瞳だ。

特にあの瞳は魅力的で彼女の純粋さを表しながら深みのある色合いが、彼女への興味を唆らせる。


そんな彼女は北の辺境にいるヴァンディル伯爵に3年前に嫁いで来た。

中流貴族と名の知れた伯爵家との婚姻には地位の差が大きかったが、なぜかヴァンディル伯爵家はそれを申し込んできた。

もちろんイズ側には特に断る理由もなく、そのまま流れる様に決まってしまった。

政略結婚であるものの、今では実家からかなり離れた辺境の地でのんびりとした毎日を送っている。

堅物と呼ばれ様々な戦果を上げているヴァンディル卿との結婚に周りは警戒していたが、イズ本人にとってはかなり充実した毎日だ。


今日は実家から歳の近い妹のスノトーラが来てくれて、お茶を一緒に楽しんでいるのだが、先ほどからスノトーラの顔つきは暗い。

イズはそれに気づいていたが、ひとまずお茶を満喫する。


ーー焦っても、解決するもんじゃないしね


イズはそんな事を思いながら、焼き菓子に手を伸ばして口へ放り込んだ。

サクサクと口を動かす度に甘さと香ばしさが口の中に広がり、イズは幸せだなと感じる。


「お姉様」


イズがお菓子を頬張っていると、スノトーラは真剣な面持ちで、カップを置いた。

口にお菓子が入っているイズは頬を膨らませたままスノトーラの方を見る。

スノトーラはそんな姉を見て、顔を渋くさせる。


「…お姉様、あまり淑女として恥ずかしくない様にお願いします」


イズよりも赤みの強い瞳でスノトーラは厳しい言葉を投げかる。

スノトーラはイズとは違って、とても真面目な性格で、しっかりしている。

しかも冷静で、何度もイズを助けてくれるありがたい妹だ。

イズは先程よりも速く口を動かし続けて、焼き菓子を飲み込む。


ーーさぁ、こい!


ピンと背筋を正し、イズはスノトーラの話を受け止める体勢になる。

スノトーラは少し困惑した表情を見せたが、意を決した様に顔を引き締める。


「…ヴァンディル卿には想い人がいる様です」


スノトーラは暗い声色で言った。

イズはその言葉に丸い目をパチクリとさせる。


ーー旦那様の想い人…?


イズはハッとした。


「私の事だ!」


お菓子を飲み込んだイズは嬉しそうに言った。

自分は妻なのだから間違いない。


ーーもうスノトーラったら、そんな遠回りな言い方しなくても


イズはニタニタしてしまう。

毎日幸せを感じるイズにはスノトーラが揶揄いに来たのだと思ったのだ。


「違います」


しかしスノトーラはイズの考えをピシャリと払い除ける。


「噂では、王都の屋敷のものだそうです」

「王都の屋敷?」


イズはまたしても目をパチクリとさせる。


「なんでも幼い頃からヴァンディル卿はその方に想いを寄せてるとか」


スノトーラは苦しそうに言った。

イズはほうほうと頷く。


ーー私は旦那様とは婚約の時に知り合ったし、私じゃないわね


「なるほど」

「お姉様…」


イズの頓珍漢な返答にスノトーラはため息をついた。


「ですから、お姉様の夫が、他の方に、しかも使用人に心を浮つかせているのですよ!」


スノトーラはたまらなくなって声をあげ、机を叩く。


ーーおぉ…


イズはスノトーラの激しさに驚きながら、ぼんやりと考えてみる。

確かにそれはイズには初耳の話で、衝撃的なものだ。


ーーでも…


なのだが、イズは首を傾げる。


「私、旦那様に愛されている自信しかないけど?」


相変わらずまん丸な目をキョトンとさせてイズは言ってのけた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ