18
リフィはどんな話が始まるのかと、ジッとイズを見つめる。
だが、イズは長い沈黙の後、首をこてんと傾げた。
「あれ?どうだっけ?」
「えっ…」
リフィはいきなり途切れた話に戸惑いを隠せない。
そんなリフィなどお構い無しのイズはどうにか記憶を蘇らせようと眉間にシワを寄せる。
だが、イズは考え事をしないのか、眉間のシワはあまりにも薄い。
「ここからが事件の始まりのはずなのに…続き忘れちゃった」
「おやおや、困ったな」
じっちゃんは戸惑っているリフィとは違って、爽快な笑顔を見せる。
イズの考えモードも一瞬で終わった。
ツルツルの眉間を見せながらイズは続きを語る。
「旦那様に勧めてもらった小説のお話です。真剣に読んでいたはずだけど…とにかく事件は解決して、ハッピーエンドだったのは確かです。安心してください」
小説の話かと安心するリフィだったが、そうなるとその小説の内容が余計に気になってくる。
「それはよかった」
じっちゃんは気にしていない様だ。
穏やかな顔を薔薇の方に戻し、土を触り始める。
「薔薇は栄養をやりすぎると、少し我儘になって色が変わってしまう。死体がバラの栄養になって色を変えてしまったのじゃな」
じっちゃんはゆったりと土を持ち上げて鼻に近づける。
「うん…これは丁度いい」
目の見えないじっちゃんは感覚で庭師を続けている。
リフィはそんな祖父を尊敬しているが、体調の面から言えばかなり心配だ。
「何が違うのですか?」
イズは手を汚れることなど気にせず同じ様に土を持ち上げ、匂いを嗅いだ。
だが、ただの土の匂いしかしない。
そんなイズの姿にじっちゃんは歳で小さくなった目をより細めた。
「ほっほっ、これが分かるにはまだまだ歳を重ねんとな」
そう言ってじっちゃんは穏やかに笑い、愛おしそうにその土を撫でる。
その手の日焼けした色と深いシワはまるでその土に馴染んでいるかの様に感じられる。
ーー職人の手だ…
イズはそれを眺めながら思う。
簡単には手に入らない特別な手だ。
自分にないその手をイズは羨ましいとさえ思った。
「お嬢ちゃんもいい栄養で育った様だね」
じっちゃんは見えないながらイズから何かを感じた様だ。
「たくさん貰いました。おかげで毎日楽しいです」
「そうかい。そうかい」
イズの満ち足りた表情にリフィはドキッとした。
容姿は平凡なのにどことなく魅力的で綺麗だった。
彼女から何かが貰えそうにも思える。
「ここのお花もお爺様の栄養で毎日幸せでしょうね」
イズが続けた言葉にじっちゃんはシワを濃くさせて笑った。
リフィの知っている幸せなじっちゃんの表情だ。
頑固な祖父からこれだけ柔らかい顔を引き出せる人などなかなかいない。
ーー奥様は絶対に『悪女』じゃない
リフィは確信した。
なぜこの屋敷でそんな噂をされる様になったのかリフィは知らない。
来た時には既にそうだった。
じっちゃんも花以外に興味がないようで、屋敷自体の噂話については何も教えてくれない。
それに疑問を抱くほどリフィは思慮深い子でもない。
ただ目の前のいきなり現れたイズにあの噂を当てはめるのはおかしいと思った。
じっちゃんが受け入れているのがその証拠だ。
ーーいい人だけど抜けてるし、何を考えてるか全く分からないわ…
リフィに残る疑問はそこだ。
彼女は何を考えているのだろうと不思議だ。
どことなく呑気な性格なのは理解できるリフィだったが、まさか本当に何も考えてないとは思わなかったのだろう。
「王都の鳥は人慣れしているとかあります?」
「さぁの…鳥にわざわざ餌をやる人間はちらほらおる」
「なるほど…あの鳥もよく手懐けられてたのかな?」
イズはリフィには分からない話をじっちゃんとしていた。
だが、その2人から漂う空気はまるで昔からの友人がのんびりと会話をしている様で、見る人の気分をあたたかくさせる。
ーー不思議だな…
リフィはそう思いながらそれをただ眺めていた。
「その鳥が気になるのかい?」
「ん~…、今はじっちゃん様のその技術に興味がありますね」
「おや?庭師になりたいのかい?」
じっちゃんはほとんど見えない目を丸める。
「ん~、そうではないのですが、昔はよく畑仕事をしていてちょっと懐かしくなってきました」
イズは自分の実家の領地を思い出す。
領民と一緒に畑を耕したり、穫れた作物をその場で食べたりして楽しかった。
実はそれにやりがいも感じていたのだ。
「奥様が体力仕事かい?」
じっちゃんは驚いた声をあげる。
イズもアレっと驚いた。
「あれ、気づいてましたか?」
「ここまで近づけは分かりますよ。あんた…奥様が使用人のフリをするからの、乗ったまでです」
「さすが、職人は考え方が粋ですね」
「ほっほっ」
じっちゃんは穏やかな笑い声をあげる。
「そうかい。ワシは奥様の期待に応えている様じゃな」
「バッチリですよ」
「それは嬉しい限りですな」
この屋敷の古株じっちゃんは丁寧にイズに話しかける。
それだけイズの人柄を彼が受け入れたと言うことだ。
「奥様、私は使用人です。敬語はお辞めくだされ」
「いえいえ、技術ある方に身分も何もありませんよ。これは私のじっちゃん様への敬意の表れです」
「奥様は口がうまい様じゃの」
「えぇ…本心なのに」
イズは拗ねる素振りを見せながら何かを見つけ出そうともう一度土をすくいあげる。
「奥様っ…汚れますよ?」
「あ、服は汚さない様にするね」
イズはそう言って、綺麗な方の手で服を土から守る様に抱え足に挟んだ。
そしてまた土を触り始めるが、リフィが言いたいのはそこではない。
土をいじる色白の手は泥だらけだ。
「う~ん…やっぱり職人ってすごいですよね」
イズは首を傾げながら唸った。
じっちゃんはそんなイズをあたたかい目で見守っていた。




