17
次の日の朝、イズは窓から何かを眺めていた。
すっかり体の疲れは取れたイズは、領地で体に染み付いた時間に起きてしまった。
領地であまりにも規則正しい生活をしていたおかげで、イズの体は健康体そのものだ。
そうする様に気を配ってくれたのもヴァンディル卿だ。
そして目の覚めたイズは、窓越しにある人物を見つけた。
ーーあ、でた。
朝早くから、庭にはティッタの姿があった。
スノトーラに彼女がヴァンディル卿の想い人ではないかと言われてもイズにはピンと来ないでいた。
ーーでも、あの必死さはね…
イズにも思う所はある。
扉の前のティッタの姿を見るとどうも複雑な感情はある。
あるが、そこにヴァンディル卿の特別な思いがあるかと言えばそうは感じられない。
ーーだって、旦那様、好きな人ができたら全力で大切にするタイプだもん…
結婚前に自分がした失敗をイズは思い出す。
イズがこの結婚に気持ちは無いのだと思っていた時の事だ。
いつでも自分は身を引く準備をして結婚に挑むと言った話をヴァンディル卿にイズは伝えた。
するとヴァンディル卿は切なそうに顔を歪めた。
『私は一度手に入れたら手放す気はない。私は欲しいものしか手に入れない…それ以外は要らぬ』
あの言葉はこの結婚は形だけのものかもしれないと思っていたイズを前向きにさせた。
一度ぐらいしてもいいかと思っていた結婚が、この人と結婚してみたいと思えた。
だからか、『想い人』の話は何を言われてもまるで夢物語を聞かされている様で一切現実味がない。
ーー旦那様の口から聞かないと信じられないだろうな…
それだけイズは彼を信用していた。
イズはぼんやりとまるで絵本の主人公の様に小鳥と戯れているイズを眺めた。
ーー随分人慣れした動物よね
ティッタの魅力というよりもイズはその小鳥の方に興味が行った。
それでもティッタが小鳥と戯れている姿は絵になる。
ーー旦那様と並んだらお似合いよね
見た目の麗しいヴァンディル卿の隣には自分よりも彼女の方がいいと素でイズは思う。
そこに嫉妬心も何も感じなかった。
別次元の話を思い浮かべている様だった。
ーーさてと、どうしようかな…領地に戻ろうかなぁ~、ん~でも、王都を楽しむのもありね!
イズは暇をどう潰そうか考えていた。
勿論、久しぶりの王都を満喫する気は満々だたが、ティッタを目の前にして想い人をどうするかなど頭から飛んでいた。
だが、今日はまだ途中で辞めてしまったお屋敷探訪が残っている。
イズはそれに向けて張り切って準備を始めた。
もちろんスノトーラも誘ったのだが、「やることがある」と部屋に籠もってしまった。
ーーそっか、私よりも移動時間が長いか…
イズは連れないなと一瞬思ったが、自分が連れ回している事を思い出し必要以上には誘わなかった。
できればスノトーラの不安を取り除いてあげるのが一番だとイズは分かっている。
ーーまず、不安に思わなくてもいいと思うのだけどなぁ~
そう思いながらも、何を言ってもスノトーラへの証明にはならない。
本当に自分が幸せなのは伝わっている様だし、これ以上出来ることはないなと簡単に諦めるのがイズだ。
スノトーラなしの探検はイズの興味のままに進む。
「あ、さっきの鳥ってまだいるかな?」
早速お屋敷探訪が始まると同時にイズは思い出した様に声を上げた。
「鳥…ですか?」
話が見えないリフィは首を傾げる。
「私の部屋の窓から見える大きな木の周りにいたの」
早朝にティッタが小鳥と戯れていた場所だ。
渋い紅茶の謎の解けたイズは、あの人馴れした小鳥に興味が向かっていた。
「あ!あの木ですか?確か旦那様が生まれた時にお祝いで植えたと聞きました」
「私もそれ聞いたことがある!」
確か4年に一度しか花を咲かせない珍しい木だとヴァンディル卿から教えてもらった事がある。
ーー丁度、私と結婚する前に咲いたから、次は一緒に見ようって約束したっけ
3年前の初々しい約束を思い出して、イズは表情を柔らかくさせる。
ーーフライングだけどいいよね
まだ花も咲いていないしセーフだと、イズは優しげな笑みを浮かべて、リフィを振り返った。
「まずはお庭から案内してくれる?」
まるで夢見る少女の様に楽しげにイズは言ったのだった。
「花の種類が多いね」
イズはリフィに案内してもらいながら、庭をじっくりと眺める。
領地と比べると庭園の大きさはかなり小さいが、限られた空間で工夫された美しい庭だった。
庭の面積をカバーするかの様に、飽きないほどの沢山の花が植えられている。
小物も使われていて、広大さを生かした領地とは違う魅力が溢れていた。
ーー庭師さんかしら?
イズが園庭を見て回っていると、花を手入れしている人物を見つけた。
咲き盛りの真っ赤なバラとゴツゴツと日焼けした手は対照的だったが、イズはどことなくその手に惹かれる。
「奥様?」
日傘を差してくれていたリフィを置いて、イズはその人物の元へ駆け寄る。
「綺麗に手入れをされていますね」
「おや?新人さんかな?」
イズが声をかけるとその人物はゆっくりと振り返る。
庭師であろう彼は、日焼けした顔に深いシワと立派な髭を蓄えていた。
顔はイズの方を向いているが、いまいち目は合っていない様だった。
「奥様…すみません。じっちゃんは目があまり見えていなくて…もう引退しようって父と話しているのですが…」
イズに追いついたリフィは申し訳なさそうにイズに話しかける。
どうやら話ぶりから彼はリフィの祖父の様だった。
昨日言っていた伝手は彼のことかもしれない。
「その声はリフィかい?」
「そうだよ。じっちゃん、この方はーー」
リフィがイズについて話そうとするとイズがそれを止めた。
「はじめまして。今日からここでお世話になるイズです」
「ほぅ…いい声をしていますな。長生きしそうな声じゃ」
じっちゃんもイズに穏やかな声を返す。
イズもその空気感にシンパシーを感じる。
「薔薇、綺麗ですね」
「あぁ…そうかい。ワシはあまり見えないからの、そう言ってもらえると嬉しいのぅ」
のんびりとしたじっちゃんの話ぶりはイズとよく合う。
イズもそれに頷き、これから2人でおとぎ話でも語ってくれるかの様な空気感が漂った。
周りの花々の香りがより一層、その光景を優しくさせる。
「薔薇といえば、この前すごい事件ありました」
イズは似合わない考え込む顔をする。
考え込んでいるのにその顔に締まりがないのは仕方ないのかもしれない。
ーームカデの話かな?
リフィは仕入れたばかりの情報を思い出す。
「いきなり薔薇の色が変色したのです。不思議に思った庭の主人が調べてみると土の中から死体が出てきてーー」
イズは全く緊迫感のない声で物騒な事を語り始める。
リフィはそれにギョッとした顔をしたが、じっちゃんはそれに先程のイズと同じ様にウンウンと頷いている。
やはりこの二人は気が合うのかもしれない。




