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イズがスノトーラからお説教を喰らっている間、屋敷の使用人たちはいきなり現れた伯爵夫人についてひっそりと話していた。
イズの部屋を準備している下女達は声を潜めて話す。
「やっぱり、奥様って贅沢な方なのね…」
定期的に手入れはしているものの、主人のいない部屋を使用人達はそこまで気にしていなかった。
イズの為に準備をしている下女達は改めてその部屋を見て、その部屋が特別であることを感じた。
「旦那様のお部屋よりも豪華よね…」
「3年も使っていないのに、家具は全部流行の最先端のものばかりだしね」
「確かに旦那様が定期的にこの部屋を出入りしてたの見たわ」
下女達はテキパキと手を動かしながら口々に話す。
どれよりも豪華なその部屋は別格であると下女達は感じざるえをえない。
今まで散々聞いてきた噂と結びつければ、ヴァンディル卿が悪女対策でした行動に思える。
「でもさ、遠目からだけとそんなに贅沢三昧って感じじゃなかったけどね」
部屋の準備を終えた下女達は道具を運びながら裏へ戻る。
その最中に一人が呟いた。
「そう?」
「確かに、思ったより地味っていうかさ、威圧感なくてさ」
一瞬だけでは彼女達の判断を明確にはできない。
何年も聞いてきた噂の方が圧倒的に彼女達の中に染み込んでいるのだ。
「それよりも、奥様の顔、どこかで見た事あるんだよね」
「あ、それは私も思ってた!」
彼女達はそう言いながら使用人達が休憩にも使う食堂に入った。
「なんだっけ…」
思い出せそうで思い出せない何かが彼女達の喉に引っかかる。
するとその場に先程イズに紅茶を運んだ下女が戻って来た。
顔は真っ青になっている。
その表情を見た瞬間に先程の下女達と既にその部屋にいた使用人達の間に緊張が走る。
「どうしよう…」
下女がその場に蹲み込む。
「ちょっと、リフィ、大丈夫?」
その下女と親しい者がすぐさま駆け寄る。
顔の色がなくなってしまっている下女は、鼻の頭を真っ赤にして目からは涙を流し始めた。
「どうしよ…私、奥様に目をつけられたかも…」
嘆く様に顔を手で覆った。
「恐ろしい人だって聞いていたからもう恐くて、手が震えちゃって…しかも私の紅茶、一回しか口をつけていなかったわ…気に入らなかったのかも…」
彼女はミスをしてしまったのかもしれない。
顔もよく知らない伯爵夫人がどんな事で怒り始めるのか誰も知らないのだ。
何が自分たちの首を絞めるか分からない状況に誰も彼女に励ましの言葉をかけない。
「3年間一度だって来たことなんてないのに何の用なんだろうな…」
沈黙の中で一人が呟いた。
「そこよね」
「旦那様とすれ違いだし…」
「領地じゃ我慢できなくて王都に来たのか?」
「え?ならずっとここに住むって事?」
使用人達の間に困惑が広がる。
自分達は危機に立たされているのではないかと誰もが不安を抱き始め、疑問が飛び交う。
何の言伝もなしにいきなり現れたのには何か訳があるのではないかと推測し始めた。
「あっ…」
一人の従僕が声をあげた。
「まさかあの事じゃないのか?」
「あれって?」
「ほら、あの子だよ」
彼が意味深に囁くと、他の者にはすぐに伝わった。
まさかと彼らの中で緊張感が高まった。
「何をしている。早く仕事をしないか」
そこにイズ達の元から帰って来た副執事のローゲも来た。
「奥様はなんと?」
「ずっとここにいるのですか?」
今この家の中で使用人の責任者であるローゲに皆が救いを求めて目を向け、口を開いた。
「騒ぐな、奥様に聞かれたら大変だ」
ローゲは険しい顔で使用人達を大人しくさせる。
使用人達は首でも切り落とされるかのように顔を青ざめさせ、押し黙る。
「ローゲさん…奥様は怒っていましたか?」
先程の下女が救いを求めてローゲに話しかける。
まだ若い下女はこの屋敷に来て少ししか経っていない。
ローゲは顔を顰めて、それに言葉は返さない。
「…奥様が、この屋敷の女性を全員集めろと…」
険しい顔でローゲは苦しそうに呟く。
その意味深な呟きに使用人達は先程の考えと結びつかせる。
「やっぱり!」
「奥様の耳にティッタさんの事が!?」
彼らは伯爵夫人の怒りを買いそうな事に一つだけ心当たりがあった。
それは使用人達が感じていた恐怖に現実味をもたらす。
「ただいま戻りました」
そんな時、使用人の勝手口から美しい声が響く。
その瞬間、全員の目がその声の主である少女の方へ向かった。
姿から彼女もこの屋敷の下女の様だ。
「ティッタさん…おかえり」
ローゲがその声の持ち主に声をかける。
どう見ても10歳以上は年下である少女に対して彼は他の使用人への言葉よりも優しく、些か丁寧だ。
「はい。あの、どうかされました?何だか忙しそうですけど…」
何人かの使用人が忙しく動いている姿を見て、ティッタと呼ばれた少女はキョトンと首を傾げる。
美しい白銀の髪がその動きに合わせてサラサラと揺れ動き、彼女の白い肌に溶け込みそうだった。
不思議そうに煌く紫色の瞳は美しさと上品さを合わせた様なもので、美しい形の唇は真っ赤に魅力的に見える。
背丈はそれなりだが、手足はすらりと伸び彼女の体のラインの細さを際立たせており、とても美しい少女だった。
彼女は先程まで買い物に出かけていた様で、荷物の入った籠を持っている。
「いや…奥様が来られたんだ」
ローゲの言葉に少女の顔に驚きが広がる。
その様子を見て他の使用人はやっぱりと思う。
そして互いに目配せを始める。
「…さぁ、お仕事は片付いた様だな、さ、奥様の指示通りしてくれ」
ローゲはその空気を理解しながら、彼らに指示を出したのだった。




