釣り上がった眼鏡とマスクで武装した生活指導の先生の背中掻き係に任命されましたが、ものすごい美人だったので
忙しいのですが、息抜きの短編書きました。
俺は見てしまった。
間違いない。あれは…『サイン』だ。
その『サイン』を出していたのは学園で最も恐れられている生活指導の先生、鬼頭律子先生だった。
鬼頭律子先生はこの稲葉学園高等部の先生で、父親もこの学園で生活指導の先生をしていた。
その名前を鬼頭権蔵という。
その名前以上にすごいのが顔の造りで、生徒たちから『鬼瓦先生』と言われるほどの強面だった。
退職した鬼瓦先生と入れ替わるようにその娘が先生として赴任してくると聞き、生徒たちは不安と期待が入り混じった気持ちで始業式に出席したが、鬼頭律子先生は釣り上がった眼鏡と大きなマスクで顔を覆っていた。
「鬼頭律子ですわ!父に代わって厳しく指導していきますから、よろしくお願いしますわ!」
ぴしっ!
そう言って持っていた折り畳みの指示棒を手のひらに当てて鋭い音を出す。
それだけで生徒は全員震えあがってしまった。
鬼瓦先生も折り畳みの指示棒を持ち歩いており、それで叩いたりすることは無いが注意するときにそれで鋭い音を立てていたので、その怖さを受け継いでいるということがはっきりわかったからだ。
「新任って23歳くらい?若い女の先生なのにちっとも興味湧かないな」
「仕方ないよな、鬼瓦先生の娘だもの」
「担任にならないといいけどな」
ピシッ!
「ほらそこ!私語をしないで!」
良く通る声はまさに親譲り。
怒られた3人の男子生徒は講堂の隅っこに連れていかれて厳しい指導を受けていた。
そして、鬼頭律子先生は俺のクラス、2年C組の担任になった。
クラスメイト達は絶望した顔をしていた。
「別に問題起こさなければいいじゃん」
「澤本はそれでいいかもしれないけどな」
「そうそう、澤本君は優等生だもん」
俺の名前は澤本速人。
優等生とか言われているが、そこそこ勉強ができて、運動神経もそれなりに良くて、人付き合いもいいという『無難な生徒』なだけだ。
男子のみならず女子からも『いい人』扱いされるせいで友達は多いが恋人はいない。
さすがに身の回りの友人たちがちらほら恋人を作り始めせいで『俺も恋人ほしいなあ』と思わないことも無いが、まあ急いでも仕方ないと、良い出会いを待っていた。
しかし、その出会いは思わぬところからやってきた。
ゴールデンウィーク直前。
「澤本くん、課題を運ぶから手伝ってもらえるかしら?」
「いいですよ」
鬼頭先生はたまたま廊下で顔を合わせた俺に頼んできて、印刷室まで同行する。
「先生、荷運びの時までその『指示棒』持ってるんですか?」
「置き忘れたら忘れたら困るでしょう?」
「それなら俺が持ちますよ」
「いいから!」
先生の手から『指示棒』を取ろうとしたとき、先生はさっとかわした。
それがまずかった。
「あっ」
「あっ」
『指示棒』は先生の手を離れ壁に激突し、その先端が砕け散った。
「ああっ!」
「先生、ごめんなさい!」
「いいのよ。これは私のせいよ。で、でも、特製の『指示棒』が…」
特製?
そういえば、これって先端部分が尖っていないんだよな。
少し幅広というか。
「先生、これってどうして尖ってないんです」
「痛いからよ」
「痛い?」
「あっ…だから、万が一生徒の顔とかに当たったら危ないでしょう?だから幅を広げてあるの」
そうなのか。
その時はそれで納得したのだが、事件が起こったのはその日の最後の授業の時だった。
「それで…が…であるからして…」
ひそひそひそ
「なあ、今日の鬼頭先生おかしくないか?」
「何だか顔が赤いみたいだし、息も荒いし」
「赤鬼モードか?」
「静かにしないと、喰い殺されるかもよ」
「ひええええ」
そんな私語が飛んでいるが、地獄耳のはずの先生が全然注意をしない。
もしかして体調が悪いんじゃないかな?
「さて、この問題を解くように。制限時間は2分だ」
「2分?!」
「できなければゴールデンウィークの宿題が増えるぞ」
「鬼だ」
「赤鬼モードだ!」
そう言いつつもみんな黒板の問題を凝視して、急いでペンを走らせる。
先生は見回りながら一番後ろの席である俺の横を通り過ぎ、
…あれ?戻ってこないぞ?
一番後ろで見ているのかな?と思い振り向くと…
先生が掃除ロッカーの角に背中をこすりつけていた。
「あ」
「あ」
「澤本!よそ見をするな!」
「はい、すいません!」
俺は改めてノートに向かう。
しかし俺は気づいていた。
間違いない、あれは『サイン』だ。
『背中が痒くて仕方がない』という『サイン』だ。
急に生徒たちに問題を出したのも、こっそりと背中をこすりつけたいからに違いない。
どうしてそういうことがわかるかと言うと、俺の家族がそうだからだ。
アトピーとか皮膚の過敏症とかで、背中に限らずあちこちが痒くなる俺の父や母や姉や妹。
なぜか俺だけ痒くならないせいで、俺は家庭内の『背中掻き係』にされてしまった。
小さい時からそれをやっていたせいで、俺は爪の長さや掻く時の力加減などが良いかを学び、どんどんうまくなっていった。
しかし姉や妹が思春期になったころ、俺に背中を掻かれるのを嫌がるようになった。
それでも、無意識にタンスの角などに背中をこすりつけるので、すかさずその時に近づきこう言う。
『俺、爪の長さがちょうどいいか確かめたいからお姉ちゃんの背中を掻いてもいい?』
『仕方ないわね。速人がしたいならさせてあげるわよ。私が頼んだわけじゃないからね!そこんところ間違えないでね!』
なんて姉や妹がツンデレながら背中を差し出してくるのを掻いてあげていたのだ。
しかし、今日になってどうして急に?
…『指示棒』か!
俺はようやく合点がいった。
うちの家族もそうだが、背中の中心部分などはよほど体が柔らかくないとうまく掻けない。
そして、先生はあの『指示棒』を背中掻きに利用していたのだろう。
だから、孫の手のように幅広の先っぽになっていたのだ。
放課後、俺は生徒指導室に入っていった。
「あら、澤本くん。自分から何か反省しに来たの?」
「はい。実は、先生の『指示棒』を折った責任を取りたいと思いまして」
ぴくっと先生の体が反応する。
「責任?これは事故よ。弁償とかしなくていいから気にしなくていいわ」
「いえ、そのせいで先生は先ほどみたいに背中をこすりつけることになってしまって」
「なななな、何を言うのかしら?」
先生、隠し事苦手過ぎません?
「俺の家は、父も母も姉も妹も背中とかが痒くなる体質ですから、そういう『サイン』には敏感なんです」
「それで、どう責任を取るつもりかしら?」
「それはこれです」
俺はオペ開始のように手の甲を先生に向ける。
「その指先は…」
「家族の『背中掻き係』として、毎日やすりで長さを調整し、その力加減も相手によって変えることができます。俺に折れた『指示棒』の代わりをさせてもらっていいでしょうか?」
先生の眼は俺の指先にくぎ付けになっている。
「だ、駄目ですわ!生徒に背中を掻かせるなんて、教師にあるまじき振る舞いですわ!」
「でも先生、我慢できないほどですよね?」
「もう授業は終わったから問題ないですわ」
「電車通勤ですよね?家まで持ちます?どこかで背中を無意識にこすりつけたら恥ずかしくありませんか?」
「それは澤本君が気にすることではないわ!」
もう一押し要るみたいだな。
「先生、俺が背中を掻くと、もう孫の手には戻れないって家族から言われているんですけど」
ぴくっ
「服の上からでいいから、試してみませんか?」
「そ、そこまでいうのなら、少しだけ、少しだけよ」
そう言って背中を向けてくれる先生。
スーツの上からだから、少し強めに加減して…。
かりっ
「はうっ」
かりかりかりかり
「は、んっ、んんっ!」
声を出さないように口を手で押さえている先生。
どうやらお気に召してもらえたようだな。
そして無意識に先生が背中を動かしてくる。
その先に『一番掻いてほしい場所』があるのだろう。
俺はその動きに導かれるように手を移動させ、丹念にそこを掻いた。
「…んっ!も、もう十分だわ」
「これで家まで持ちそうですか?」
「そうね。感謝するわ。澤本君はもう帰りなさい」
「はい。では失礼します」
先生、我慢していたけど結構色っぽい声してるんだな。
そう思いながら俺は帰宅した。
その日も両親や姉、妹の背中諸々の掻き係をしたが、ここでは割愛したい。
翌日、俺は2限目が終わってから鬼頭先生に呼び出された。
「ちょっと!どうしてくれるのよ!」
「先生、いきなりどうしたんですか?」
「澤本君に背中を掻いてもらったおかげ…せいで、自分でやっても満足できなくなったのよ!私をこんな体にした責任を取りなさい!」
先生とんでもないこと言ってません?
「じゃあどうやって責任を取ればいいんですか?」
「とりあえず、壊れた指示棒が直るまでは、2時限おきくらいにここに来なさい!」
「生徒指導室に通うとか、俺がすごい不良みたいに思われますけど」
「でも、2時間も持たないのよ!お願い!私を助けると思って!」
ぐいっと近づいてくる先生。
先生、眼鏡とマスクでわかりにくいけど、結構顔立ち整っているんじゃないか?
「お願い!」
「その代わり、先生にお願いがあります」
「何かしら?」
「先生の素顔を見せてください」
「え?だ、駄目よ絶対に。それだけはできないわ」
「先生、眼鏡やマスクをしているのって、化粧できないからじゃないんです?」
「え?どうしてわかるの?」
「だから、うちの母親とか姉がそうなんですって」
「そうよ!肌が荒れるから化粧もできないし、すっぴんとか恥ずかしいからこうやって伊達メガネと大きなマスクで顔を隠しているのよ!」
「それなら、そういう肌に合う化粧品を紹介しましょうか?」
「え?」
きょとんとする先生。
「俺の母親は娘にはきちんと化粧をさせたいと思って化粧品の勉強をして、今ではセールスレディをやっているんです。皮膚が弱い人専門の化粧品のね」
「うそ…」
「先生、試したくありませんか?なんなら色々サンプルもらってきますよ」
「そ、それなら別に顔を見せなくてもいいじゃないの」
「肌に合うか合わないかは、塗ってみないとわからないですけど、ひどく合わない時はすぐに拭き取らないといけないんです。だから俺が試してあげます」
「あなた、そんなこともできるの?」
「母親が姉にするのを見ていましたからね」
「それなら…化粧品を持ってきたときに見せるわ」
「はい。それでいいです。では、背中を出してください」
「わかったわ」
くるっと背を向けてくれる先生。
しかし今回はそうじゃない。
「先生、スーツ脱いでください。あと、できれば直接のほうがいいです」
「な、なんて破廉恥なことを言うの?!」
「うちの家族は直接掻いているから、1日持っているんです。もし服の上からならそれこそ2時間おきとかにしないといけないけど、俺はそんなに生徒指導室に来たくないですよ」
「変なことしないわね?」
「するわけありません」
20代の女性の肌なんて、姉で慣れているからな。
「私の背中、汚いとか思わないでね」
「荒れた肌は見慣れていますよ」
先生はおずおずと服を脱いで、カッターを脱ぎかけた。
「先生ストップ!まくらせてもらうから、それ以上は脱がなくていいです」
「そ、そうなの?それなら良かったわ」
先生のカッターと中のシャツをまくり上げて、この前先生が痒がっていた辺りを見る。
なるほど、炎症を起こしているな。
「先生、無理に掻きました?」
「だって、どんなに掻いても気持ち良くならないのよ!」
「だからってやりすぎです。これだとここを掻くのは無理だな。家なら薬があるけど、合うかどうかわからないしな」
「病院でもらった薬ならあるわ」
先生は自分のカバンから塗り薬をとりだす。
「手が届かないから塗れなかったのよ」
「じゃあ、この周りを掻いてから塗っておきますね。
かりかり
「は、はう、あ、ああんっ!んぐっ、はうんっ!」
駄目だ、声が収まりそうにない。
「先生、ハンカチくわえてもらえます?」
「え?わかったわ」
かりかりかりかり
かりかりかりかり
「ん、んぐっ、んんん!」
何だか生徒指導室で先生の背中を直接触って色っぽい声を我慢させているとか、すごく背徳的すぎるだろ。
「はい、これでいいです」
「あ、待って。もっとぉ」
「3限目始まるので」
「じゃあ、そのあとで。ね」
先生が何だかデレになってる?!
「たぶん1日は大丈夫ですよ。困ったら呼んでください」
「うん、ありがとう。澤本君」
何だか先生の雰囲気が少し優しくなった気がした。
それ以前にあの色っぽい声は中々刺激的だったが。
その夜。
〇律子視点〇
かりこりぽり
ああっ、だめっ。
どんなにやっても、澤本君の指には勝てないわ!
あの程よい力加減、痛くないギリギリの爪先、そして私の痒い所をわかってくれる察知力。
「もっとゆっくりやってもらいたいわ」
明後日からゴールデンウィーク。
つまりその間は自分でやるしかない。
「家に呼べたら…なんて無理よね。それこそ大問題だわ」
気が滅入った私はコンビニに買い物に行くことにした。
ビールでも飲んで…アルコールはかゆみが増すから今日もノンアルね。
そう思いながらマンションのエレベーターに乗り込むと途中階で止まる。
そして知っている男性が乗り込んできた。
「澤本君?!」
「鬼頭先生?!」
どうやら同じマンションに住んでいたらしい。
「どこに行くの?」
「ちょっとコンビニまで」
「そうなの。奇遇ね」
二人でコンビニに行き、そして私は生活指導の教師としてあるまじき『悪だくみ』をしてしまう。
「悪いわね。運んでもらって」
「いえ、どうせ同じマンションですから」
私は重いペットボトルを10本も買って持ち帰ろうとし、優しい澤本君が私の部屋まで運んでくれることになった。
ごめんね、優しさを利用する真似をして。
でも、もう我慢できないから。
部屋の中に運んでもらった時点で、私は澤本君の手を掴んだ。
「先生?」
「お願い!助けると思って、今すぐ私の背中を掻いて!1日持たなかったの!」
「え?今?」
「早く!」
私はバッと服を脱いで背中を向ける。
「先生、下着下着!」
「あっ、邪魔よね」
私は興奮気味にブラを外す。
「そうじゃなくて、シャツまで脱いだら下着が見えるって意味で…」
「あっ、あああああっ」
私、何てことをしてしまったの!
思わず胸を隠して、澤本君に背を向けたままうなだれてしまう。
「先生、してもいいですか?」
「す、好きにしなさいよ」
まさか、初体験が生徒となんて…。
で、でも好きとかじゃないから、せめて触る程度で止めてもらわないと。
かりっ
「え?」
かりかりかりかり
「あっ、あう、はうんっ!」
ああ、気持ちいい…って背中を掻かれているだけ?!
てっきりもっと違う所を触られるかと思ったわ!
そうよね、そんなわけないわよね。
私、化粧もできない女だし、怖がられているし。
かりかりかりかり
かりかりかりかり
かりかりかりかり
ああっ!どうしてこんなに気持ちいいの?!
全てが終わり、私はそのままぐったりとしてしまった。
「じゃあ、帰りますね」
「ねえ、澤本君」
「何でしょうか?」
「ゴールデンウィーク中も、来てもらっていいかしら?」
「え?でも?」
「お願い。私、澤本君無しではいられないの」
「お、俺で良ければ…あっ先生、素顔…」
え?
あまりに気持ち良すぎて、どんどん熱くなってきて、私、無意識に眼鏡とマスクをはずしていたんだわ!
それで振り向いてしまったから、素顔を見られたのね!
〇速人視点〇
先生は…すごい美人だった。
モデルさん?女優さん?いや、何この美貌。
「見ないで!」
両手で慌てて顔を隠す先生。
ぽよん
慌てて回れ右する俺。
うん、大丈夫だ。
先っぽとか見えてないからな。
「先生!顔より隠す所ありますから!」
「ああっ!見、見たの?」
「セーフです!」
輪郭とかはセーフのうちにしてほしい。
「それじゃあ帰りますから!」
「待って、その、私の顔見て、幻滅した?」
「…先生、ゴールデンウィーク中に先生に合う化粧品を見つけましょうね」
「化粧しないといけないくらいひどいのね…」
「だって、そんなにきれいな顔を見られない生徒たちは可愛そうです」
「!」
「じゃあ、帰ります!」
俺は恥ずかしいことを言ってしまったので、慌てて玄関から外に出る。
ドキドキドキドキ
もし、最初に先生の素顔を知っていたら、背中を掻くなんてできなかったんじゃないだろうか。
ゴールデンウィーク中はずっと先生の背中を掻きに来られるのか。
…俺、精神持つかな?
よし、勉強道具持ってこよう。
邪念が沸いたら先生に勉強を教えてもらえばいいや。
そう思いつつ、俺は帰宅するのだった。
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