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童貞魔法使いの憂鬱  作者: 素人童貞
8/11

濡れ衣の重ね着

13

 ノックの音が部屋に響いた。

 教皇の側近であるリギニーグ大臣と朝食を取った後、そのまま聖都市に戻る予定だったので、レーチェと荷物の支度をしているところだった。

 相変わらずイズナはいない。

 「失礼します、クガン様、レーチェ様はいらっしゃいますでしょうか」

 部屋の外から女性の声が聞こえた。レーチェを見ると「まだ呼ばれる時間じゃない」と首を振った。

 扉を開けるとルカがそこに立っていた。

「メイドのルカです。急を要する話がありまして」

 どうしたんだこんな朝早くにという言葉を発する前に、つかつかとルカは部屋の中に入ってきた。

「教皇が昨晩遅くにこの館の自室で亡くなられました」

「え?」

「は?」

 俺とレーチェはその場で動きを止めた。 

 ルカの表情は変わらなかった。

「冗談きついですよ」とレーチェが言う。

「残念ながら本当のことです、ゲーツェ様、守り手ユマンアーデ様が駆け付けたときにはもう事切れていたと」

「……嘘と言ってよ」

「大変なことになったな」

 昨日の教皇の顔色を思い出す。脂ぎった頬はまだまだ健康そうであった。

「死因は?」

「……それが、何者かに殺された、と」

「はぁ!?」

 レーチェが突然大きな声を出した。

「静かに。死因についてはまだ箝口令が敷かれているんですから」

「ゲーツェがいながらそんなことをやるなんて。犯人はわかっているのか?」

「それが」と、ユカは歯切れが悪そうに言葉を濁した。

「まさか、取り逃がしたなんて」

「違います、犯人がわからないそうなんです」

 ルカは頭を抱え顔を覆う。

「守り手が部屋の護衛についているはずじゃ?」

「確かに守り手は外では護衛とされていますが、この館のような個人的な空間では護衛をつけること自体を禁じておられました。ゲーツェの『境界』を用いた魔法警備網しか敷いていなかったようです」

 ドアの前や廊下に守り手などを置くことはしなかった、というらしい。

「下手人はその隙を狙った、と」

「ユマンアーデ様曰く、深夜に教皇の自室に来るようメモをもらったと。それで、彼の部屋の前でノックしても反応がないため、自室に入ったそうです」

 ユマンアーデが部屋を訪ねた時間を聞くと、ちょうど俺とイズナが話を始めたころだった。

 教皇の部屋には鍵がかかっておらず、彼女は訝しげに思ったらしい。

 部屋に入ったときすぐに異変に気付いた。

 焦げ臭い匂いが部屋に充満していたのだ。

「寝室からその匂いがしたので、寝室へ向かうと、燃えているベッドと、ベッドの脇にもたれかかった教皇の亡骸を見つけたそうです」

 ユマンアーデはパニックになりそうな自分を抑えながら、教皇に移った火を消して、蘇生魔法を試すも、全く効果がなかった。

「以上が、昨夜の事件の顛末です」

 教皇の暗殺は、教会の歴史上初めてのことのはずだ。

 政治的な実権は直接的には持っていないものの、他国を含め絶大な影響を持つ教皇が殺されたとなると、ガパルティーダの国民に与える衝撃は計り知れない。

 なにより国のメンツにかかわる問題だ。もしバクスや旧コニアーグの人間が糸を引いているとなると、戦争に発展しかねない。

「ゲーツェは犯人の手掛かりについて何も言っていないのか?」

「それが、一切ないと」

「ない?」

「彼の『境界』や『魔法網』には、魔法の痕跡は教皇とユマンアーデ様以外はほぼ残っていなかったと」

「新聞で読んだんだが、ゲーツェは館に『境界』を張っているんじゃ?」

「この館全てのドアと窓、一部の壁に『魔法網の境界』を張っていて、例え布越しでも、魔法使いが触れたら誰がいつ触れたのかわかるようになっています。でも、その犯人と思われる人物の履歴がないのです」

「魔法の痕跡がない」

 では非魔法使いの犯行か、と一瞬思ったが館唯一の入り口での検問を思い出した。

 そもそもこの館は魔法使いしか入れないようになっていた。

「そもそも犯人はどうやって部屋に入ったんだ、例えば争った形跡とか荒らされた形跡がないなら、教皇が部屋に連れて入ったってのは考えられるな」

 顔見知りの犯行。

 例えばあんな時間に部屋を訪ねる誰かさんとかの。

「脅されて無理矢理入れることになったのかもしれないわ。それに天井裏とかから侵入できるかもしれないし」

「1人で部屋に戻っている教皇の姿を教会の秘書が目撃しています」

 それが最後の目撃証言となりましたが、とルカは続けた。

「とりあえず、ユマンアーデ様は館の別室で軟禁されています」 

 館の使用人には、教皇が死んだなんて明かされてないですが、今朝の時点で館内では噂が広まって周知の事実です、とルカは言った。

「館の従業員、出入業者、昨日一度でも館に入った人間、全ての身元を紹介中です」

 ちなみに館には、夜のパーティから教皇の護衛をしていた守り手ロロガコドが泊まっていたそうだ。

「状況はわかった」とレーチェは言った。

「でも、根拠もない噂話をするためにこの部屋に来たの?」

 心なしか、ルカに対する態度が冷たいのは気のせいだろうか?

「ごめんなさい、ここからが問題なのです」

 ルカは身長がかなり高いはずなのに、なぜか今日は小さく見える。

「ゲーツェ様は痕跡がない、という点に注目されていました」

「いくら『魔法網の境界』のことを知っていても普通じゃないからな」

「曰く、自分の魔法網をクガンさんが吸収し犯行に及んだのでは、と」

「……俺?」

 レーチェに疑念の目を向けられる。

「クガンさんは前科者で、前教皇時代に教会の命令に反したことがあったと。守り手も追放されたから、教会に対する反感の念を募らせてそれば爆発したのでは、と」

「……俺は自分を対象にされないと魔法吸収は難しい。それに吸収できたとしても、その痕跡が残るはずだ」

「クガンさんの魔法の力でうまく修正したのではないか、と」

 ユマンアーデ他、複数人がドアノブに触れたため正確な検証自体そもそも難航しているらしい。

「できすぎている」

「仕組まれてるね」

 冷や汗が流れた。

 誰かに嵌められたのだ。

 レーチェと俺は頷きあった。

「私もそう思います。警備に穴があったかもしれませんが、よりによって守り手が複数人いる日を狙わなくても、いくらでも他に機会はあったはず」

「教皇とクガンが一緒の建物にいる機会を犯人は狙っていたに違いないわ」

「そして私はゲーツェ様に呼び出され、こう命令されました」

「『第一容疑者のクガンを拘束するから朝食が早まったと嘘ついて呼んで来い』か?」

 ルカは黙って頷いた。

「でも何であなたはそこまでこの男を庇うの?」

 レーチェが俺を指さしながら言った。

「この根暗高齢童貞のことよ、本当に殺したのかもしれないじゃない」

「え、童貞なんですか」

「2人とも酷くない?」

 イズナの昨日の話があったから、レーチェの雑な罵倒が嘘とわかっているのでむしろ心地よくなってきた。

 ……そうですよね、レーチェさん?

「私はコニアーグのとある農村の生き残りです」

 守り手ゼオンがあなたに殺されたとされる、あの農村です、とルカは言った。

「逃げてください」

 ルカはいつになく真剣な表情で俺を見つめた。

「真偽のほどは定かではないですが、このままだと本当に捕まってしまいます」

「俺は今回もやってない」

「犯人は皆そういうわ」

 レーチェさん、あなたは誰の味方なんですか?

 ……本当に俺に憧れているんですよね?

「今度はきっと情状酌量もされず、一生牢屋で『苦痛の災禍』の拷問を受けることになります」

「また濡れ衣は嫌だ」

 あの暗闇の底のような牢屋は二度とごめんだ。

「聖都市から出ましょう。逃げ道ならあります」

 その時。

「伏せろ」

 突然、爆音がして部屋の入り口が粉々に吹っ飛んだ。

 『粉塵の魔法』だ。

 気づいたらレーチェとルカを押し倒していた。

 間髪入れず、二撃目と三撃目が来る。

 俺は手を目一杯広げ、うまく吸収した。

「机の向こう側に隠れて」

「私は守り手よ、向こうに状況を説明するわ」

「無理だ、聞く耳を持ってない」

「クガン、隠れず出てこんか」

 俺とレーチェの押し問答をしゃがれた声が遮った。

 顔を上げると、ゲーツェと5人の警備兵が部屋に入ってくるのが見えた。

「全く、どいつもこいつも裏切りおって」

「ゲーツェ様、クガンは無実です」

 背後でレーチェの声が聞こえる。

「黙らんか!こやつはお前との結婚を利用して教会への復讐の機会を伺っとたんじゃ」

 ゲーツェは優秀な人材だが、思い込みがかなり激しいのが欠点だ。

「話し合いましょう、犯人の策略です」

「黙れ黙れ黙れ!儂の境界を吸収しよって」

 かかれ、というゲーツェの怒号が飛んだ。護衛たちが失神魔法と錯乱魔法を、ゲーツェが暗転魔法を打ってきた。

 机を立てて、3人を覆う魔法の盾にする。

 ゲーツェの腕は相変わらず落ちていないようだが、護衛の方の実力はそこまで大したことがない。

 全員男だ。

「クガン、抵抗は止めて。私が説得するわ」

「私が囮になりますからレーチェ様と逃げてください」

「2人とも落ちつこう」

 難なく護衛の攻撃を吸収しながら言った。

 彼らがじりじりと近づいて来ているのが見える。

「応援を呼ばれるのも時間の問題だ、レーチェには悪いが俺は逃げる」

「逃亡するなんて、罪を認めるも同然よ」

「……前もそうだったんだ」

 正確に言うと、あれは濡れ衣を被りに行ったも同然の自殺行為だったのだが。

 余罪も含め、あることないこと槍玉に挙げられたのを覚えている。

 女性の魔法使いのスパイに対し油断して情報漏洩したとか。大魔法陣を止めたとか。コニアーグの王の娘を意図的に逃がしたとか。

「あの時は馬鹿正直に逃げなかった。今回は違う」

「私もお供します」

 クガンさんを逃がした罪でもう戻れませんし、とルカはぎこちなく笑った。

「レーチェはとどまれ。失神したふりでもしてろ」

 将来有望で才覚もあるレーチェまで巻き込むわけにはいかない。

「私も行くわ」

「え?」

「私もついていく」

「レーチェ」

「あなたが本当に濡れ衣ならあなたと共に真実を明らかにする。あなたが教皇を殺していたなら、そのときはあなたを責任もって殺す」

「レーチェ、もっと考えろ。お前はまだ若いし、それに現守り手なんだぞ」

 将来を棒に振るのは早すぎる。

「それ以前にあなたの妻よ」

 男嫌いだけど私にも矜持があるわ、と言った。

 魔法が飛び交う中で、初めて気づいた。

 あの時、俺の味方はいなかった。

 今は一緒に逃げる仲間がいる。

「逃げるぞ」

 3人は顔を見合わせて頷きあった。

「とりあえずレーチェとルカは後ろで丸まっておいて」

「私も戦うわ」

「レーチェの炎魔法だと加減できずに全員死んじゃうかもしれないだろ」

「あなたの魔法も全く狙いがつかないじゃない」

「いいから俺の視界からいったん消えて黙って丸まってくれ」

 ルカが困惑した顔をしつつレーチェを引っ張って後ろに下がっていった。

 これで集中できる。

 剣を持って襲い掛かってきた護衛の1人を魔法盾の展開で跳ね飛ばし、反対側から飛んできた『反転魔法』を吸収し、電撃魔法で失神させた。

「クガン、逃げる気じゃろうが逃げられんぞ」

 大人しく観念して縄につけ、と叫んだ。

 ゲーツェはこの部屋に6重の境界を張ったようだ。

 俺一人が通れるぐらいの吸収ならできるもないが、2人を連れてとなると多分無理だ。

 護衛たちが懸命に魔法を打ってくるが、全て吸収できている。

「……俺は師匠に結界術の簡単な破り方を習ったことがある」

「魔法攻撃も物理攻撃も通さんわ。破るのはおぬしでも困難じゃろうて」

「『解放』」

 今まで吸収した魔法のほんの一部を解き放ち、光線上にして飛ばす。

 魔法でもなんでもない、ただの魔力放出だ。

 レーチェ相手には外したが、女性が視界にいないこの環境では狙ったところに飛ばせる。

「なんじゃと」

 境界に穴が開いたのを見て、畳み掛ける。

「重力魔法」

 穴をふさごうとする自動修正能力が働く前に、重力をかけ、無理矢理隙間を広げる。

「ギルナナの魔法じゃと」

 師匠の魔法を拝借した。

「ええい、攻撃が吸収されて埒が明かん。こうなったら直接捕えんか」

 間髪入れず、4人の護衛が一斉に飛びかかってきた。

 俺は無言で右手をかざし重力魔法で吹っ飛ばした。

「じゃあな、爺さん。達者でな」

 ゲーツェが狼狽した隙に失神魔法を打ち込み、意識を飛ばした。

「終わった」

 俺は2人に声をかける。

「派手にやったわね」

 ゲーツェが失神したことで、境界も無効化できた。

「ロロガコドとかユマンアーデが来る前に撤退だ」

「窓から逃げましょう、水道管に足を引っかければ降りることができます」

 ルカが立ち上がったとき、服が破れていることに気づいた。

 彼女は館勤め用の制服とエプロンを着ていた。黒のロングスカートで上は白の襟付きシャツである。

 そのスカートの生地がぱっくりと破れて生足があらわになり下着が見えそうになっていた。

「大丈夫か?」

「かすっただけですよ」

「いや心配だ。念のため触診で身体チェックを」

 とまで言ったときに頬に強い衝撃を受けた。レーチェに平手打ちされたと気づいたのは痛みが襲ってきた後だった。

「そんな場合じゃないでしょ」

「冗談だって冗談」

「童貞特有の、変なところでがっつくところ、ほんと気分悪いわ」

 レーチェが蔑むような目で俺を見てくる。

 ……本当に俺の味方なんですよね?

やっと物語が動き始めましたね(遅い)

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