機内食は無難に肉を選びます
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「女性が苦手ってそういう意味だったの」
飛行艇の座席に向かい合って腰を下ろした。昔と違いふかふかで座り心地が良い。
教会御用達の小型飛行艇が到着したのは、決闘終了からすぐのことだった。
もう少し早ければ火球や魔力放出が直撃していたかもしれないと冷や汗をかいた。
「飛行艇って確かに見たことがあるけど、こんなに音出なかったっけ?」
それに楕円形のフォルムで、記憶と違いプロペラがない。
こんなので本当に長距離を飛べるのか、という俺の表情を察したのか、
「10年前と技術が違うのよ」
お待たせいたしましたレーチェ様、と出迎え係が深々とお辞儀をした。
飛行艇の理論的構成(今は飛行石と浮遊魔法の比重を高め、エンジンをほぼ用いてない)を議論しつつ、機内に乗り込んだ。
夕食を注文しているうちに、音もなく飛行艇は飛び立った。
係員に促され、座席に着いた。搭乗客は俺たちだけだ。
「いや、今でも女性と話すのは苦手だよ」
「問題なく会話できていると思うけど」
ご注文、グラントカゲのステーキの方、と配膳係がレーチェ後方から料理を持ってやってきた。
降参したのだが、レーチェが引き分けと言い張り、結局夕食は割り勘だ。
「は、はい」
俺は小さく手を挙げた。
配膳係の彼女は豊満な身体つきで、制服も胸元が大きく開いていて、しかも何かいい匂いがしてクラクラしてきた。目元と胸元のほくろがなまめかしく見える。
10年前だったらギルナナに舌打ちされ、ナイフが飛んできただろう。
「あ、ありがとうございます」
「いえ、大丈夫です。置きますね」
ソースは〇〇産で、お好みで塩をまぶしてください、といった説明をささやくような彼女の声を耳元で受けていると、
肉が目の前で突然燃え上がった。
眉間が焦げる音がする。
熱っ。
舌打ちが聞こえたのは気のせいだろう、きっと。
「すみません、トカゲ肉は生焼けだと危ないと聞きまして念のため」
レーチェが猫撫で声で配膳係に言う。
「そ、そうですね。こちらこそ失礼いたしました」
いそいそと配膳係が退出し、別の配膳係がレーチェの料理を持ってきた。
「女性がそんなに苦手じゃないっていう、あなたの評価は撤回するわ」
同時に俺の評価は地に落ちたようだ。
仕方ない、俺には刺激が強すぎた。
「あの程度の誘惑でも鼻の下伸ばして油断しちゃうみたいね」
吸収も回避もせずに攻撃受けてるし、とレーチェは続けた。
「にしても、私にはそういう感じ見せてないよね」
「いや、それはその、何といいますか、好みの問題というか」
俺は控えめな彼女の胸元をチラ見しながら言葉を濁す。
それにしてもさっきの女性、すごい身体つきだったなぁ。
……いかんいかん。
「サイッテーね」
「まだ何も言ってないよ?」
「だいたい男の考えていることなんてわかるわ」
酷い偏見だ。
「それに君こそ、男嫌いなのに俺と普通に会話しているじゃないか」
「嫌々仕方なくね、大先輩だしね」
更にショックだ。
「それよりも、私はこの国の婚姻制度が嫌いよ」
重婚制度。
同盟国バクスの魔法使いたちが羨む、所謂ハーレム婚制度。
魔法使いの比率、しかも男性比率が低く、魔法使い男性の重婚や重交際が公に認められている。
大戦争後、男性魔法使いの戦死数が多く、国内魔法使い人口の減少を危惧した立法府が制定した法律だ。
「産めよ増やせよって、非倫理的な考えだと思わない? それに……」
男なら一度は想像したことがあるとは思うが……。
ちなみに俺は毎夜妄想している。
実際に重婚ができるのは、富裕層だけである。一部の強力な魔法使いも引く手あまたじゃないか、と思われる方々もいると存ずるが、強い魔法使いほど偏屈だったり拗らせていたりする部分が酷く、国内の女性人気はさっぱりなのだ。
一部の例外を除くが。
「それに?」
「なんでもないわ」
「俺も奴隷制度はなくしたほうがいいと進言したことがある」
ガパルティーダと隣国バクスのもう一つの制度上の違いは、奴隷制度だ。
バクスでは奴隷制度が禁止、厳罰化されているのと対照的に、本国ガパルティーダでは立国前からの奴隷制度を依然として続けている。
「奴隷制度ね。重婚制度と共にバクスでは二悪制度と批判されているみたいね」
結局、俺の意見が審議される前に、わけあって投獄されてしまったのだが。
「明日、教皇と謁見、その後に守り手たちとも会うってことであってる?」
「ええ。そうよ。本意じゃないかもしれないけど」
「そういえば前教皇の遺言でっていう話だったが」
前教皇の白髪と髭を思い出して少し悲しくなった。
「今になって最後の遺言状がやっと見つかったの」
遺言状を複数枚作成し、大教会や別邸の至る所に隠していたらしい。
「迷惑な爺さんだ」
「最後の遺言状に書かれていたのは、教会財産の管理方法、管理の注意喚起と、私とあなたの結婚だったってわけ」
『守り手クガン・カルグスとの結びつきを強めるべし。近々生まれてくるゲイドログ家の女性を嫁がせるべし』
ゲイドログ家は前教皇の縁戚にあたる。
「その跡継ぎが私ってわけ。偶然、あなたも1年前に出所していたしね」
「ご丁寧に特定までされているのか。男だったらどうするつもりだったんだ」
「前教皇の予言は外れたことがないって評判だったでしょう」
「そういえばそうだったな」
「政治の駒扱いは癪だわ。まぁ、これで言い寄ってくる男性から断る理由ができたのは喜ばしいことね」
政略結婚は当時からよくある話だった。俺も縁談が来ないわけではなかった。
魔力を失ってしまう代償が大きすぎて全て断ったが。
それにさっきも引く手あまたと言っていたが、そんな貧相な身体つきにも拘わらず男性人気が高い状態というのは疑念を持たざるを得ない。
それに、特に上級の女性魔法使いは本当にモテないのだ。
「そういえば、今の守り手って誰がどうなっているんだ?」
「さっきあなたが持っていた新聞記事の済の方に載っていたわよ」
記事を懐から取り出し、ページをめくる。
確かにレイの失踪記事の補足説明として、現行の守り手の動静説明記事があった。
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1位 レイ・ヴァンフォンテン 消息不明
2位 ギルナナ 重力の魔女 バクスへ出向中
3位 大賢者コード 魔法大図書館館長
4位 ロロガコド 災厄の魔法使い
5位 マレ 幻惑の魔法使い
6位 オーガ 脳筋 バクスへ出向中
7位 ギカ・ヴァンフォンテン 魔法銃の第一人者 レイの探索任務中
8位 ユマンアーデ 回復術師の頂点
9位 レーチェ・ゲイドログ 獄炎の魔術師 新加入の1人
10位 ポポドバ・ドユインバ・ブインラ 召喚術師 新加入の1人
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「そこまで顔ぶれは変わってないな」
「会ったことがないのはロロさん、ギカくん、ポポドバさんぐらいでしょうか?」
レイの弟ということでギカとは大戦争の時にあったことがある。
「10位の名前、西南地方出身か」
「ポポドバさんですね、彼の召喚魔法は随一ですよ」
「レイはまた消息不明なんだ」
「有事の際には顔を見せてくれるのですが、どこで何をやっているやら」
レーチェが肩をすくめる。
レイが行方不明なのはいつものことだった。
最強の魔法使い。そして剣聖。
大戦争前から、武闘派の頂点に君臨し続けた男。
ギルナナは出向中、ということを確認して安心している自分に驚いた。
重力の魔女ギルナナ。かつての師匠だった。
「守り手に挨拶と言っても、揃っても4人くらいだと思われます」
やっぱりちょっと気まずいですか?という質問に、さあねとはぐらかした。
「どうやら着いたみたいだ」
気づいたら飛行艇は停止し、大きな平原に停まっていた。
窓から聖都市アードランスのシンボル、大教会の灯りが見える。
「行きましょう」
レーチェもちょっと緊張しているのか、上ずった声で言った。
「ターゲットと接触成功しました。引き続き、作戦を継続します」
機内後方にて。
魔法道具で意味深な交信している配膳係に気づいてすらいなかった。
長く、説明回ですみません、、、
なにか感想やご指摘等いただけますと幸いです。
引き続きよろしくお願いいたします。