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童貞魔法使いの憂鬱  作者: 素人童貞
2/11

政略結婚のときのプロポーズって親同士でやっているのだろうか?

3

 夕刻。

 街の一角の教会へとやってきた。

 あの後、逃げるようにギルドを出て、街外れの国営図書館で時間を潰していた。

 一般的な教会である。

 国教であるトニア教の教会で、庭や教会内部は市民に一般開放されており、憩いの場となっている。

 祭りの踊りを練習する子供たちや魔法の修練に励む若者たちを横目に、教会の扉を開けた。

 教会独特の香りがまず鼻につく。大教会と同じ匂いと気づき懐かしくなった。

 夕日がガラスから漏れていて、ややまぶしい。

 数列分の座席が用意されており、休日は僧の説教を聞きに多くの人で席が埋まるのだが、今日は誰も座っていない。

 祭壇近くに1人。誰かいることに気づいた。

「クガンさん、私がどんな人物か大体わかっている?」

 思ったよりも若い声だ。

 しかも女性。

 俺はおそるおそるその人影に近づいていった。

「わからないです」

「嘘」

「来るのはギルナナかコードかと予想してました」

「全部不正解」

「そのようですね」

 ギルナナのような不敵な笑みを浮かべてもいないし、コード爺さんのような罵声と共に魔導書が飛んでくるわけでもない。少女はそこに静かにたたずんでいるだけだった。

 一般的な近距離魔法がギリギリ届く直前で足を止めた。

 逆光になって顔がはっきり見えないが、髪は短め、赤みがかかったローブを身に着けている。

「俺の過去の所属組織を知っているのは当時の同僚だけのはず」

 そう。こんな若者が知っているはずがない。

 俺が一歩踏みだしたとき、彼女との間に稲妻が走った。

 雷系の中級魔法。敵襲だ。

 罠か、と顔を上げて彼女を見るも、彼女も同様に動揺していた。

「嵌めたの?」

 俺は黙って首をかしげた。

 彼女が悪態を小声でついたのが聞こえた。

「当たった?」「いや、外した」「作戦変更、突撃だ!」

 聞き覚えのある号令から、見覚えのある男2人が両側から突撃してきた。

 俺の右側からは大剣を振りかざしたリドゲ、左側からは爆撃の中級魔法を乱発しながら走りこんでくるクォルツ、おまけに背後からアトリとコヨミの声もする。

「元4位が尾行に気づかないなんて」

「炎の大魔法はやめてくれ」

 彼女は一瞬目を見開き、「イズナ」と大声を張った。

 どこからともなく、影が彼女の後ろに降り立ち、何かを投げる動作をした。

 リドゲ、クォルツ、アトリ、コヨミの順で急に倒れこんだ。

「1日経てば意識は戻る」と彼女は驚いた様子もなく言った。

 影が何かを彼女に告げると、また視界から消え去った。

「使い魔か?」

「不正解。ただの下級魔法使いよ」

 下級魔法使いにしては魔法の痕跡はなかったが。

「邪魔が入った、話を戻そう」

「彼らの素性を探らなくて大丈夫?」

 もし拷問とか回復する必要があるならイズナにしてもらうけど、と彼女は続けた。

 俺は彼らに一瞥をくれると、「俺が犯罪者かスパイかと思って、現場を抑えようとしたんだろうな」と言った。

「確かに、犯罪者には違いないわ」

「そうかもな」

「改めまして、私は守り手9位のレーチェと申します、元守り手4位クガン先輩にお目にかかれて至極光栄所存の次第でございます」

 レーチェは仰々しく一礼した。


4

「こんな田舎町にいるなんて知らなかった、探すのにとても苦労したんだよ」

「守り手が訪ねてくるとは思ってもみなかったね」

 教会から出たあと、このあと暇?と聞かれ、なぜか馬車の中にいる。どこに行くか尋ねると、のちのちまとめて説明するからと言われた。ギルナナたちの消息を知りたかったが、そのあたりも後で聞こう。

 女性と密室で2人きりの状況となるのは生まれて初めてかもしれない。

 冷や汗が背中を伝うのを感じた。

「にしても、噂通り本当に女性が苦手なんだね。話をしていてほとんど目が合わないや」

「よ、よくご存知で」

「話もできないほど深刻な病状だったら帰っていたところだった。私にとってはちょうどいい」

 病状って……。

そういえば、今日の新聞をさっき拾ったことを思い出した。

 俺は懐から新聞を取り出し、目当ての記事を探す。

『守り手レーチェ ついに結婚か?』

 ギルドの掲示板にも切り抜きが載っていた記事だ。

「今日の朝刊ね」

「若いのに守り手だし、若いのにもう結婚するんだな」

「昔は違ったかもですが、結婚に関しては私の歳だと遅いくらいですよ」

「結婚は本当なんだ?」

 レーチェはため息をついて頷いた。

「ええ。政略結婚だけどね」

 よく記事を見ると、レーチェの素性が簡潔にまとめられていた。

『レーチェ・ゲイドログ(18) 守り手に新加入の天才魔法使い。炎魔法の技量や適性は歴代随一と呼び声が高い。名門ゲイドログ家の出身でその美貌から男性人気も高いが気性が荒い一面もあり、関係者によると男嫌いで有名で、彼女に言い寄った男性の髪の毛を毛根ごと焼き払ったことがあるとのこと。』

「……ハゲにするのは辞めてほしい」

「その書き方だと坊主にしたみたいになっているけど、実際は右半分の髪の毛を焼いただけよ」

 むしろその方が嫌だ。前衛的すぎるだろ。いっそ左側もと申し入れるに違いない。

 ただ、確かに綺麗な顔立ちをしているのは事実だった。肌は白く瑞々しさまで感じられる。髪は綺麗な銀髪で目は青い。窓の外に視線を向ける姿勢は儚げで一枚の絵画のようであった。胸の膨らみは無く、リドゲの好みじゃないかもな、とふと思い出した。

 思わず目が合ってしまい、俺は一瞬で目を逸らしうつむいた。

「悪い、関係のない記事だったな」

「……残念なことにその記事が関係しているのよ」

「……俺をハゲの刑に処す話?」

 恐る恐る尋ねてみる。

「ふざけてる場合じゃないの!」

 急に怒鳴られた。

「あ、大声出してごめんなさい」

「こ、こっちこそごめん」

 はぁ、とレーチェは大きくため息をついた。

「結婚の件でなにか俺に用があるってこと?」

 護衛の依頼だろうか?

 相手は大商人か外国の大臣クラス以上だろうし、要人の護衛となるには間違いないだろう。

 そういえば俺も婚期を逃しているなとしみじみと思っていたところだった。

「私と結婚することになったから」

「へ?」

「私と法律上の婚姻関係になるの」

「政略結婚の相手が俺ってこと?」

 急に涙ぐみながら、レーチェが頷く。

「決定だから、拒否権はないから、私にもあなたにも」

「……それは光栄な話だな」

「私が生まれる前から決まっていたみたいなの」

「だ、誰の提案?」

「……新しく発見された前教皇の遺言」

 想像以上に上の立場の人間からの話だった。3回しか会ってないのによくそんな些細な内容を遺言状に書いたものだ。

「男嫌いなのに?」

 しおらしく、彼女はうなだれた。

しかも俺は女が苦手だし。

 俺のような冴えない男と普通に会話している時点で男が苦手というわけではなさそうだが、内心とても嫌悪しているのかもしれない。

「その辺の女と既に結婚していたらどうするつもりだったんだ?」

「魔法使い男性の重婚は認められているわ。それに、守り手なのに前任者の呪いの噂を知らないはずがないでしょ」

 今度は俺がうなだれる番だった。どうせレイかギルナナが吹聴したのだろう。

「それに私の知り合いにも似たような呪いにかかっている人いるし。故意過失は知らないけどかわいそうよね、同情するわ」

 泣きながら彼女は微笑んだ。

 呪い。

 自らの身体の一部、もしくは命と引き換えに、対象に一定の効果を持つ魔法をかける禁術である。

 俺はとある魔法使いに、禁術である『無垢の呪い』をかけられた。

 12歳のときだった。

 『無垢の呪い』の解除方法はないとされている。

 内容はほかの呪いと比べてシンプル。

 強力な魔法適正を得る反面、童貞ないし処女ではなくなると、魔法適正を一切合切失ってしまうというものだった。

 魔法適正アップ、魔力増長など得られるため、意図的にその呪いにかかる者もいる。

「私に手を出したら焼き殺すから、出さないとは思うけど一応ね」

「俺の呪いを知っているなら、そんなことしないってわかるだろ」

「ふと思ったのだけれど、30歳過ぎてから童貞を卒業したらどうなるの?」

「30歳過ぎると悟りが開けてそういったことに興味がなくなるらしい」

 彼女は涙をぬぐい微笑んだ。

「じゃああと1年の辛抱ね。言い寄ってくる男共から断る理由ができて私もとても嬉しい。仮面夫婦ということで今日からよろしくお願いします」

 結婚する条件として、投獄履歴の完全抹消、身分の安定、金銭保証を約束すると説明を受けた。

「私が体面を保つ代わりに、あなたにもメリットがないとね」

 馬車はあの街を出たようで、先ほどから農地の小道を進んでいることに気づいた。

「ところで、この馬車の目的地を教えてくれないか」

「アードランス。教皇と守り手に結婚の件を報告するためよ」

 聖都市アードランス。ガパルティーダ国最大の都市でトニア教の聖地。大監獄ガゼカもアードランスの近くに位置する。

 今の教皇と謁見すると聞いただけで眩暈がしてきた。

「……馬車だと3日以上かかるだろ」

「大丈夫、途中で別の車に乗り換えるから日が変わるまでには着くわ」

「別の車?」

 ええ、心配しないで、とレーチェは微笑んだ。

「その前に、童貞先輩にお願いがあります」

「はぁ」

「私と手合わせを願えないでしょうか?」


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