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童貞魔法使いの憂鬱  作者: 素人童貞
11/11

昨日はお楽しみでしたね

前のタイトル、冷静に意味が分からなかったので変えました。

18


「なんで俺が童貞喪失で魔法が使えないことを知っているんだ」

 ルカは突然動きを止めた。

「誰から『無垢の呪い』のことを聞いた」

 俺が幼いころに『無垢の呪い』をかけられていることは極秘事項のはずだ。

 教会内では、守り手以上の者しか知らないはずだ。

 童貞卒業で魔法が使えないなんて知れ渡っていたら、ハニートラップで無力化されとっくの昔に死んでいただろう。

「ルカ、一体何を知っている」

「クガンさん、考えるのはやめましょうよ」

 流れ落ちるような衣擦れの音がする。

 私に身体を預けてください、とルカは俺の頬を両手で包み込んだ。

 彼女の手は、冬の朝の水たまりを思わせた。

 接吻しようと顔を近づけてきた彼女をもう一度押しのけた。

「それに教皇が死んだあの夜、外で一体何をしていたんだ」

 彼女が暗闇でまばたきをしたのがわかった。

「偶然外を散歩していただけです」

「まるで逃走経路を確認していたようだった」

「言いがかりがすぎます」

「何が目的なんだ」

 彼女はゆっくりと左手で髪をかき上げた。

「手荒な真似はしたくなかったのは本当なんだけどね」

 仕方ないです、と言ってルカは右手を振り上げる。

 注射針のようなものが見えたと思った時には、身体に痛みが走っていた。

「痛っ」

「睡眠薬ですよ、起きたときには非魔法使い民の仲間入りです」

 急速に意識が薄れるのを感じる。

 見計らったようなタイミングでレーチェの声が聞こえた、気がした。


19


 俺は森の中で1人で魔法を連続で打ち続けていた。

 師匠ギルナナからの課題は4つの異なる中級属性魔法を円滑に接続詠唱する、という難解なものだった。

 木を標的に見立てて、魔法を打ち込むも師匠のようにはうまくできない。

 師匠が稽古をつけてくれるのはせいぜい週に1回、しかも数時間だけだ。

 最近、『守り手』とかいう役職についたせいでかなり多忙らしい。

 1つ、2つ、3つと続き、4つ目の雷魔法に繋がったと思ったものの、狙いと全く違う方向へ放たれた。

 見当違いの方向へ飛んだ雷の呪文は、国境沿いの川の中へ吸い込まれていった。

 川は相変わらず激しく音を立てて流れ続けている。

 こんにちは、とそのとき頭上から声が聞こえた。

 河川を挟んだ向こう側に、少女が立っていた。

 栗毛色の髪をしていて、年は俺と同じくらい。果実が入った籠を抱えている。

 なぜかわからないが、少女の顔は靄がかかったように隠れていた。

 魔法の修行ですかと彼女が尋ねてくる。

 俺は黙ってうなずいた。

 彼女は空いている方の手を上げると、俺が狙いとしていた大木を指さした。

 炎、氷、風、雷。

 中級魔法の接続詠唱。

 爆音を上げながら、大木は倒れた。

 遠目ながらも彼女が微笑んでいるのが見える。

 顔は隠れているはずなのに。

「待って」と叫びながら体を起こした。

「……」

 イズナが俺を黙って見つめていた。

 幼少期を過ごした森の中から、ベッドの上に戻っていた。

「夢か……」

「目が覚めてよかったです、永遠の眠りについたかと」

「おはよう」

 相変わらず酷いやつだ。

「起きたら隣の部屋に来いと、レーチェ様が」

 立ち上がり、目をこすりながら部屋の洗面台に向かう。

「あれ、そういえばなんでイズナがこっちの部屋に来ているんだっけ」

「昨日はお楽しみでしたね」

「へ?」

 全く思い出せない。

 身だしなみを整え、隣の部屋へ向かうことにした。 

 ノックしようか迷ったが、一応しておいた。

「どうぞ」

 扉を開けると、レーチェとルカがそこにいた。

 レーチェは胡坐をかいてベッドの上に座っていた。

 ルカはというと、後ろ手を縛られ、ぐるぐる巻きにされた上で椅子に座らされていた。

 猿ぐつわをかませられ、目隠しもしていた。

 彼女は人間を前にした小動物のように震えていた。

「お前、そういう趣味だったのか」

 き、昨日はお楽しみでしたねってそういうことか。

 女王様、SM、放置プレイ、禁断の恋、百合……。めくるめく性癖の世界が頭の中を去来していった。

「断じて違うわ」

 何も覚えてないのね、と吐き捨てた。

 そうして俺は昨夜の一件を知った。

 お楽しみだったのは本当だったようだ。

「貞操が奪われかけていたのか」

 なんと。

 本格的にモテ期到来である。

「そうじゃないです!」

「うるさいな、まだ寝起きだから叫ばないでほしいな」

「ルカが故意にあんたの童貞を狙ったのが問題なんです」

「故意に?恋にじゃなくて?」

「面倒くさいな、ほんと」

 レーチェは頭を抱えた。

「クガンが童貞喪失したら魔法が使えなくなるって、ルカが知っていたのがおかしいって話」

「確かに、おっしゃる通りだ」

「最初はクガンがルカに指摘していたのよ……?」

「……はあ」

 役者もそろったことだし、とレーチェはルカに近づいて猿ぐつわと目隠しを取った。

 ク、クガンさん、と怯えたような声を出した。

「ち、違うんです、私は」

「正直、あなたのことは会った時から怪しいと思っていたわ。念のため警戒していて良かった。悪意を持ってこの男に近づき、好意を偽り行為に及ぼうとした事実は認める?」

「認めません違います異議ありです間違っています。クガンさんの呪いのことは他の守り手の人から聞きました」

「知りながら童貞を奪おうとしたの? 協力して逃げようとしているのにおかしな話じゃない?」

「それは、場の雰囲気に流されて」

「場の雰囲気?」

「なんだそりゃ」

 何を言っているのかよくわからない。

「呪いのことなんて私は迷信と思っていたし、童貞の1つや2つぐらい消えたって問題ないと思っていました」

 残念ながら童貞は1つしかない。

「残念ながら呪いは現実」

 それに、とレーチェは右手を振りかざす。

「この魔法道具はどう説明するの?」

「それ、通信機じゃん」

 レーチェの手の中にあるのは、銀色の小型通信機だった。

 合言葉を交換した相手なら、どんなに距離があっても通信できる便利道具だ。

 極めて少ない魔力で使用できるので、かなり重宝されている。

 ルカの目が皿のように丸くなっていた。

「ルカの服の中に入っていたよ」

「そんなの知らない」

「通話しているところ見たけど」

「……友達としていたんです」

「逃亡中なのに?」

「は、はい」

「ターゲットとか、今夜実行とかいう単語が聞こえたけど」

 それを聞いたルカは口を噤みうなだれた。

「誰から指示を受けている?」

 ルカは無言で首を振った。

「じゃあ、ルカが教皇の一件にも関与しているってことで一件落着だね」

「死刑だな」

「そ、それは違う」

 ルカは目を見開き叫んだ。

「このままだと教皇殺害の関与の上、別の無実の犯人を仕立て上げた罪で捕まるよ」

 ルカの目に大粒の涙が浮かぶ。

「……教皇が殺されることは、私も知らなかったの」

 観念したのか、ルカはぽつりぽつりと話し始めた。

 ある人物からクガンの童貞を奪えと指示があったこと。

 クガンという人物が、重罪人で危険人物にもかかわらず、監獄から解き放たれ、守り手と結婚することになった説明されたこと。

 彼は特殊な体質で、童貞を喪失すると魔法使いではなくなること。

「教皇が亡くなられたとき、最初はこの人がやったんだ、って思ってました」

「残念ながら俺でもない。それに重罪人っていうのも厳密には間違いだ」

 あれは濡れ衣だから、と付け加えた。

 そうみたいですね、とルカは小さく呟いた。

「誰にそんな指示されてたの?」

「手紙と通信機だけでやりとりしていたからわからないです。でもとんでもないお金持ちであることは確かです」

 レーチェさん、私の左足の裾を上げてください、とルカは言った。

 何かを決心したような顔をしている。

 俺とレーチェは目配せしあって、レーチェがルカのズボンをめくった。

 彼女の足には見覚えのある刺青が入っていた。

「奴隷印……」

「私は身分で言うと奴隷です」

 ガパルティーダでは人身売買も法律で禁止されていない。

 非魔法使い民だけでなく、魔法使い民でも奴隷に墜ちる者はいる。

「親が遺した借金が莫大で。このままだと返済には私の孫の代までかかるって言われて」

「まさか、それで」

「そうです、魔法使いの聖奴隷になりました」

 聖奴隷。

 神に仕える上級魔法使いのみが持てることになっている、魔法使いの奴隷である。

 身の回りの世話という名目であるが、多くの場合、実態は性奴隷である。

 魔法使い人口を増やす、という政策の名のもとに黙認されている。

 この国は狂っているから。

「私が仕えたのはマレという守り手の方でした」

「あの気色悪いおっさんか」

 あまり顔は思い出せないが、元気だろうか。

「地獄のような5年間を過ごした後、私は別の魔法使いに引き抜かれました」

 聖奴隷でも他の奴隷と同様、売買は認められている。

「『今日からは私がお前の主人となる。指示に従ってくれれば身分を戻し借金も帳消しにする』と、書かれた手紙が来ました」

 その日から、マレの奴隷ではなくなったという。

 最初の指示は教皇の別邸に召使いとして働くことであった。

「そうやってクガンの童貞を奪うよう命令が下ったんだ」

「そういうわけです。童貞はお前みたいなのが好みだからうまくいくって」

 失礼千万な野郎だ。

 ……あながち間違えではないところもむかつく。

「通話の声は、魔法で加工されていました。男か女かも定かでなく」

 でも、とルカは続ける。

「教皇が死んだことに対して、あまり驚いていませんでした」

 むしろこう言われたという。

 この状況を利用しろ、と。

「おそらくクガンさんが疑われるだろうから、逃亡経路を案内して、信用を勝ち取れば機会があると」

「じゃあ、あの教皇殺害の夜、外で出歩いていたのは?」

「あれは定時報告です。それに、一応ですけど私は教皇を殺せないですよ。下級魔法使いなので部屋に痕跡残っちゃいます」

 壁やドアに触れただけで、ゲーツェの魔法網に残ってしまうからである。

「他に、通信機の向こう側の何某の手掛かりは?」

「あの人は、こう言ってはなんですが、優しい人でした」

 当初からかなり優しかったらしい。

 指示も簡潔で的確で、まるでこちらの状況を見えているようだったと。

「私はただ、普通の人間に戻りたくて」

 だましてごめんなさい、と言ってルカは目を閉じた。

「どう思う、レーチェ」

「何某さんは、教皇殺害とは直接関わりがないように見える。けど、何らかの形で事情は知ってそうだね」

「ああ。それに俺の呪いのことを知っているなら守り手クラス以上は確定だし。マレと直接聖奴隷を取引できるってのも気になる」

 おそらくは守り手クラスの実力者か、政界の権力者か、大富豪か。

「マレに聞きに行きたいんだが、こんな状況だしな」

 教会内部の犯行か。

 それ、何かに引っかかることがあった。

 俺はルカに近づき、縄を解き始めた。

「ちょっと、何するんですか。そいつは一応敵サイドの人間ですよ」

「こんなに縛ってかわいそうだろ。ルカ自体も一身上の都合で仕方なく俺に迫ってきたんだし」

「そうです、渋々嫌々だったんですよ」と、ルカも俺に加勢する。

 それはそれでちょっと傷つくな。

「そういえば、昔、俺に命を助けられたってのも嘘?」

「はい、嘘です」

 後ろからルカはきっと清々しい笑みを浮かべているに違いない。

「童貞は自分の初恋にも女の子の初恋にも弱いって」

「惨いな」

「まぁ、わからなくもないですね」

 はい解けた、と俺はルカの縛っていた全ての枷を解き放った。

「本当に大丈夫なんですか? また夜這いされるかもしれませんよ」

「そんなこと言われても、こいつが今のところ唯一の手掛かりだしな」

 それに夜這も添い寝も大歓迎だ、と言ったらレーチェに張り手された。

「そうですね、あと変なことも言ってました」

 空中都市に行ったことがある、魔神と酒を酌み交わしたことがあるなど、冗談も言う人だったんですが、と続ける。

「宝集めで忙しい、レイは簡単、ギルナナはすり替えた、後は雑魚だ、と」

「宝集め?」

「え?」

 それってまさか。

「『守り手の宝珠』のこと」

 俺とレーチェは声を合わせて言った。


守り手の宝珠の話は前話で出すつもりでした(普通に忘れてた)

もうちょっとこのくだりを続けるつもりでしたが冗長になってきたので

今週はいったん区切ります

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