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童貞魔法使いの憂鬱  作者: 素人童貞
10/11

据え恥の据え膳

16


「会えて嬉しいよ」

 レイは俺に向かって、少年のような笑みを見せた。

 中性的な顔立ちで髪は黒い。

 非魔法使い民の子供のような、襤褸切れのような服を着ている。荷物は何も持っていない。

「……どうしてこんな辺鄙な村に来たんだ?」

「教皇に一大事があったと聞いてね。異教徒狩りと異教徒の小競り合いを暇つぶしに仲裁していたんだけど、急いで戻ってたんだ」

 長丁場になりそうな気がしたからここで昼ごはん食べようと思ってて、とレイは続けた。

「クガンこそこんな辺鄙な村に来てどうしたんだ。せっかくやっとシャバに出られたのに」

「聖都市に行った帰りだよ」

「教皇と会ったんだ?」

「相変わらず不快だった」

 レイは声を上げて笑った。首元のネックレスの指輪が揺れる。

「そういや、女性2人と一緒だったね。彼女らとパーティでも組んでるの?」

「いや、さっき知り合ったばかりだ。偶然行く方向が同じで」

 着替えに行っているレーチェとルカに、まだ戻ってくるなと念じながら言った。

「童貞も卒業してるのかと思ってた」

「俺の呪いは知ってるだろ、魔法を失う代償が大きすぎる」

 魔法使いと非魔法使い民には大きな差がある。魔法の使えない女性の2割は奴隷落ちすると言われているほどだ。

「小さいときから魔法の修行しかしてこなかったんだ。俺の存在意義みたいなものだよ」

「でも良かったよ。また大戦争のときみたいに僕と戦ってほしいな」

 最近、骨のある敵がいなくて退屈なんだ、と言ってレイは欠伸した。

「遠慮しとくよ」

 レイはコニアーグ出身である。

 最終的に、バクス、ガパルティーダの同盟対コニアーグの様相を呈した大戦争だったが、その当時からレイの悪名はとどろいていた。

 彼は戦場で何千人ものバクスの兵士や将軍を闇に葬り去った。

 終戦後、ガパルティーダに捕らえられたときには本来なら戦争犯罪人として死刑になるはずだった。

 ただ、いくつかの偶然と謀略が重なり、レイは守り手になり、その後1位まで上り詰める。

 レイが守り手になる直前に、俺は大監獄ガゼカに収監されるのだがそれは全く別の話である。

「ここだけ話だけど、教皇は殺されたらしいんだ」

 突然、レイが声をひそめていった。

「教皇が?」

 素知らぬ顔で俺は言った。

「別邸に泊まっていたところを襲撃されたらしいんだ。しかも、容疑者は別邸から逃走中だっていうんだ」

「物騒な事件だな。まぁ、そこまでわかっているならすぐ捕まるんじゃないかな」

「……クガン、君が教皇を殺したのか?」

 突然、レイが真剣な顔になった。

「ああ、そうだ。俺が殺した」と俺は間髪入れずに言う。

 一瞬、2人の間に沈黙が訪れた。

「嘘だね。クガンに動機がない。トニア教なんて偽善で虚実並びたててる宗教の、欲望にまみれた汚らわしい裸の王を殺したい気持ちはわかる。トニア教徒はご都合主義の嘘つきばかりだし」

「大丈夫かその発言」

「わかるけど、殺す機会はいくらでもあったはずだ。今更やる必要はない。投獄が決まった時点で、皆殺しすらできたはずだ」

 だから君は嘘をついている、とレイは俺を指さしながら言った。

 レイの発言は概ね的中していた。

 犯人を庇う可能性を失念していること以外は。

「なにせよ、トニア大教会と守り手は君が関与していると決め打ちしている。一緒に逃げているらしいレーチェ嬢と共に指名手配するつもりだそうだ。捕まったら問答無用で投獄だろうね」

 僕に倒され殺されるために、それまで頑張って逃げてよ、とレイは笑った。

「望むところだ」

 店主が無言で珈琲を3つ運んできた。

 レイは机に置かれたその珈琲をひとつ取ると、一気に飲み干した。

「熱っ」

「そりゃそうだろ」

 それ、俺たちが注文した分だぞ。

「そういえば、レーチェ嬢と結婚したんだって聞いたよ。どういう風の吹き回しだよ」

「前教皇の遺言だっていうから仕方ないだろ」

「政略結婚ね。結婚は人生の墓場だよ」

「うるさいな、結婚したことないくせに」

 レイは独身を貫いているはずだ。コニアーグの人間だから、と重婚政策にも否定的だった。

「僕は君と違って意中の相手がいるからね。縁談は全部断っている」

「まだ初恋の女に片想いしているのか、重い想いだな」

「君には恋愛の辛さがわかるまい」

 レイが2つ目の珈琲を顔を歪めながら飲み、「そろそろコードに怒られそうだしもう行くよ」と言った。

「俺を捕まえなくていいのか?」

「気分じゃないし、疲れるからやめとくよ」

「恩に着る」

「あんたとはもっと相応しい場所で戦いたいし」

 レイは伸びをした後、席を立った。

「逃げるならバクスへ向かうといい。犯罪者の引き渡しもない」

 逃亡にはうってつけの国だ。ギルナナが滞在しているということ以外は。

「お待たせ~」

 そのとき、着替え終わったレーチェとルカが戻ってきた。

 2人とも非魔法使い民の地味目な服装になっている。先ほどより露出が増えた服装になっている。ルカの白い二の腕が目にちらつく。

「あれ、クガンさんのお友達ですか?」

 ルカが気の抜けた表情で近寄ってきた。

 レーチェはレイに気づいたのか、青ざめた顔をしている。

「レーチェとは1年ぶりくらいだね」

「……ご無沙汰しております」

「クガンと結婚するんだって?」

「……はい」

「大変だね、苦労すると思うよこの男は。童貞だし」

「お前は俺の何を知っているんだ」

「やだな、昔からの付き合いじゃないか」

 そんなことはない。実際のところ長さにすると1か月も満たないほどだ。

「それにお前も童貞だろ」

「いや、僕は違うよ」

「え、そうなの?」

 置いて行かれたレーチェがおそるおそる切り出す。

「私たち、捕まえないんですか?」

「捕まえていいんだ? 昔、ジオンを殺した容疑で逮捕され、形だけの裁判で牢へ投げ込まれたこいつみたいになるよ?」

 レイは俺を指さしながら言った。

「それは、遠慮しときます」

「まぁまぁ、戦友のよしみでこのことは内緒にしておくから」

「あ、ありがとうございます」

 レイは敬虔なトニア教のように目をつぶった。

「トニア神にかけて、レーチェ、クガンと会ったことを言わないと誓います」

 お前、嘘つきもトニア教も嫌いだろ。


17


「あれが、ま、ま、守り手1位のレイ・ヴァンフォンテン!?」と、部屋でルカが大声を出した。

 レイと別れ、とりあえずバクスまで亡命しようということになった。

 バクスへ入るには大都市イフシナを経由する必要がある。大交易路を避け最短距離で進むため、しばらく悪路に悩まされることになった。

 小さな山を越え、5本の川を越え、半日歩き続きた後。日も暮れて暗くなってきたころに非魔法使い民たちの村にたどり着いた。その小さな村の小さな小さな宿に泊まることになった。

 魔法使いの方は不明だが、非魔法使いたちの世界ではまだ教皇殺害のニュースは知れ渡っていないようだ。

 特に警戒もされず宿泊することができた。

 非魔法使い民に変装をしていたからかもしれない。

 念のため、村の中では俺とレーチェはお祭りの仮面をつけて動いていた。

「今日は疲れたね」

「お疲れ」

「もうくたくただよ」

 宿の食堂で、簡単な夜ご飯を食べ、少し酒も飲んで、もう早く寝ようとなったところだった。

 疲れで誰も触れずにいたが、1つ、大問題が立ちふさがっていた。

「で、部屋割りどうするの」と、イズナが立ち止まって言った。

 宿の2階の廊下で、レーチェ、ルカも動きを止めた。

 目の前には2つの扉。

 各部屋にベッドは2台。

「クガンさんとレーチェさんが一緒の部屋に入るのが自然なんじゃないんですか」

 ルカが腕を組んで言った。

「断ります。まだ婚姻の儀をしていないのにそんなことできるわけないじゃない」

「俺も願い下げだね、長生きしたいし」

「……どんだけ仲が悪いんですか」と、イズナがぼそっと呟いた。

「それに、イズナは私と同じベッドじゃないと寝られないのよね」

「え、そんなことはないですよ」

「ね?」

「……あっ、はい」

 主人の圧力に屈し、イズナは渋々うなずいた。

「じゃあ、レーチェさんとイズナさんでひと部屋、私とクガンさんでもうひと部屋で寝るってことで大丈夫ですか?」

「異議なし」

 男嫌いでイズナが気になるとはいっても、ちょっと複雑な心境になった。

 でもルカに1つ聞いてみたいことがあった。

「ルカ、私は全然そういうの気にしていないから。法律上も問題ないと思いますし。確かに彼は魅力的に見えるかもしれないし。全くもって気にしていないよ」

 レーチェが怒ったように早口でまくし立てた。

「え、私はそんなつもりじゃ」

「俺もそういうつもりはないよ、知っているだろ」

「……もう眠い」

 イズナが目を細め目をこすりながら言った。

「もう寝よ寝よ」

「じゃあ、おやすみ」

「……おやすみ」

 レーチェにじっと見つめられて、廊下で俺たちは別れた。

 ベッドが2つ並んでいるだけの殺風景な部屋だった。

「浴槽はなくて、シャワーだけみたいです」

「安宿だ、仕方ない」

「一緒に入ります?」

「え?」

「ふふふ、冗談です」

 ルカはいたずらっぽく笑い、「先に私がシャワー済ませちゃいますよ」と続け浴室へ駆けていった。

 衣擦れの音。

 水音と、疲れたぁとくぐもった音が聞こえた。

「……」

 床に腰を下ろしベッドにもたれかかる。

 1つ、ルカに聞きたいことがあった。

 あの教皇殺害の夜。どこか思いつめた表情でルカが外を歩いていた。

 彼女はあのとき何をしていたのか。何を考えていたのか。

 考えようとするもうまくまとまらない。

 疲れで意識が泥沼のように落ちていく。

「もう上がりましたよ」

 視界が揺れているのは、ルカにゆすられているのだと気づくのにしばらく時間がかかった。

「起きてください、お湯、ちゃんと出ますよ?」

 目の前に彼女のほくろがあった。

 胸のほくろだった。

 顔を上げると、目があう。

 ルカはタオルを身体に巻き付けただけの姿だった。

 髪もまだ少し濡れていて、水滴が見えた。薔薇の香りがする。

「ご、ごめんなさい」と、ルカは俺の肩から手をどかした。

「ごめん、ちょっと寝てた」

 俺はふらふらと立ち上がり、脱衣所へ向かい、服を脱いで半分意識がない状態でシャワー室へ向かった。

 どうにかして身体を洗い、身体を拭き、服を着て部屋に戻った。

 既にルカはベッドの中に入っていた。

「お疲れ様です」

「もう寝ようか」

「だめですよ、クガンさん、まだ髪が乾いてないみたいです」

 風邪ひいちゃいますよタオル貸してください、と強い口調で言われた。

 俺はルカに近づき言われるがまま頭を差し出した。

 彼女の手の動きを布越しに感じた。

「綺麗な黒髪ですね」

「ルカさんも黄金みたいな綺麗な髪ですよ」

 はい、大丈夫です、と最後に頭をぽんぽんされて、俺は解放された。

 まだ頭はぼーっとしている気がする。

 礼を告げて、俺ももう片方のベッドの中に入った。

 2つの寝床の隙間は人の肩幅分くらいで、あまり離れていない。

「今日一日大変だったな」

「教皇は殺され、容疑はかけられで」

「最後に守り手1位のレイと遭遇しちゃうしね」

「え?」

「村の喫茶店であったろ。あの黒髪の」

「あれが、ま、ま、守り手1位のレイ・ヴァンフォンテン!?」と、部屋でルカが大声を出した。

 急に大声出してごめんなさい、と小声で謝られた。

「顔、知らなかったんだ」

「レイって人が守り手1位の男の人だってことは何度か。でも、剣使いって聞いたんですけど」

「あいつは剣を召喚で出してくるからなぁ」

「知りませんでした。でもあれが、本当に最強の男の人なんですか?」

「腑抜けて見えるようで、滅茶苦茶えげつないぞ」

 いや、そういうことじゃなくて、とルカは言ったが、まぁいいですとすぐに撤回した。

 灯り消すね、と言ってルカがランプの火を消した。

「……ルカさんに1つ聞きたいことがあったんだ」

「奇遇ですね。私もクガンさんに1つ聞きたいことがあって」

「じゃあお先にどうぞ」

「単刀直入に行きますね。クガンさんが童貞って本当なんですか?」

 過去のことを聞かれると身構えていたので、ちょっと拍子抜けした。

 彼女の声は真剣そのものだった。

「本当です」

「魔法使いなのに?」

「そうです。結婚したのも初めてで」

 男の魔法使いの多くは、金と地位に物を言わせて女を何人も娶る。

 コード爺さんなんて意外にも好色で、20人以上も奥さんがいるはずだ。

 守り手のマレやジオンは非魔法使い民好きで、異民の奴隷を何百人も買って飼っていたという噂もある。

「いや、責めているつもりとか、馬鹿にしているつもりはないですよ。でも、女性経験がないって結構珍しいなって」

「若い頃はずっと戦場で殺し合いしていたからね。それに世界が平和になった途端、囚人になっちゃうし」

 言い訳にしか過ぎないんだけど。

「馬鹿にされることとか、変な目で見られることも多いけど。あんまり気にしていないから大丈夫だよ」

 それに、『無垢の呪い』のこともある。

「辛かったですね。でも良かったじゃないですが、レーチェさんと結婚できて」

 政略結婚ですけどね、とルカは笑った。

「私はね、レーチェさんが羨ましいです」

 俺は思わず、ルカの方に顔を向けた。暗闇で、輪郭だけが見える。

「クガンさんみたいな真面目で、偏見もなくて、それに女遊びしなさそうな相手を見つけられて」

「過大評価だよ。それに俺とレーチェは無理矢理結びつけられただけで、レーチェはそんな恋愛感情とか何も持ってないよ」

 さっきも見ただろ、レーチェは俺の童貞っぷりを馬鹿にしているんだよ、と続けた。

「照れの裏返しですよ」

「え、何か言った?」

「クガンさん、私で童貞を卒業しませんか?」

 ……は?

「ちょっ、意味わかんないんだけど」

「誰にだって初めてはありますよ、恥じることはありません。遅いか早いかの違いです」

 腰の方にずっしりとした重みを感じた。

 ルカが俺の身体にまたがっている。

 身体が熱い。

 ルカは身体を重ねるようにしてゆっくり俺の方にもたれかかってくる。

「私はあなたのことが好き」

 俺の顔に近づけ、耳元でそうささやいた。

 匂いにクラクラする。

 とうとう2人の身体がぴったりとくっついた。

 彼女の息遣いを、胸の上下運動を肌で感じる。

「レーチェさんも気にしないって言ってましたし。私に任せてください」

「いや、でも……」

 そう、これは夢だ。夢なんだ。

 目を閉じればすぐ覚めてしまうような。

「据え恥って言うじゃないですか。童貞失う引き換えに、魔法が使えなくたっていいじゃないですか」

 『無垢の呪い』なんて嘘かもしれませんよ、と小さく彼女は笑う。

 ルカが口付けを交わそうと唇を尖らせる。

「……ちょっと待って」

 俺はルカの肩を冷たく押す。

「なんで俺が童貞喪失で魔法が使えないことを知っているんだ」



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