歯について(Ⅵ)
僕たちの初めての冒険は「完全犯罪」にはならなかった。
僕らが地上に辿り着いたとき、もう辺りは暗くなっていた。佐伯さんはランドセルの端に付けたキッズ携帯を僕に見せてくれた。時刻は18時を過ぎていた。
「冒険の後は現実が待っている」
佐伯さんの言葉は正解だった。
マンションの裏口から表に出ると、あの「アヤセさん」が立っていた。
佐伯さんも想像していない人物の登場に目を丸くしていた。
叱られる。男の木下先生を黙らせたアヤセさんを僕も知っている。張りつめた空気。RPGとは違う。ラスボスは下にいたのだ。
「上手くやったんだろうね?」
「え?」
僕らはきょとんとして、顔を見合わせた。
「屋上には上がれなかった」
佐伯さんが正直に言うと、アヤセさんはふんと鼻を鳴らした。
「次はもっと上手くやりな」
悪の親玉のような発言をして、アヤセさんは僕らの頭を交互に撫でた。
「わかった」
佐伯さんが真剣に応えるので、僕も真剣に首を縦に振った。
「でも、どうして僕らのいるところがわかったの?」
「魔法だ」
僕がなるほどと納得すると、佐伯さんはそっと教えてくれた。
「GPS、だと思う」
また聞きなれない言葉だったけれど、佐伯さんがランドセルのキッズ携帯に目をやっていたので、なんとなくわかった。どうやら、場所を把握する機能がある。こんなの、ズルい。
佐伯さんとアヤセさんは駅前の交差点で別れた。僕も急いで、家に帰った。
マンションの鍵を開けようとすると、鍵が閉まった。ということは……
「バカユウキ!!!」
お母さんが玄関にいた。
僕は今度こそ叱られた。
「警察を呼ぶところだったのよ」
「先生と母さんに嘘ついたわね!」
「誘拐されたかと思って、本当に心配したんだから!」
「こんな時間まで何をしてたの?」
「バカユウキ!」
お母さんに何度もごめんなさいを言ったけれど、寄り道の本当の理由は言わなかった。秘密にしないといけないと思った。
このときから僕と佐伯さんは「共犯者」だったのだろう。