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fairy-report  作者: camel
6/8

歯について(Ⅳ)

 抜けた歯の下には、大人の歯が生える。永久歯だ。

 長い階段を下りながら、佐伯さんは言っていた。


――永久に歯が残るとはかぎらないのにね






「え、僕たちは悪いことをするの?」

 佐伯さんは右手の人差し指を立てて、僕の言葉を制した。

「そうだよ。だから、声は小さく、ね」

「……歯を高いところへ投げるだけじゃないの?」

「高いところへ、どうやって行くの?」

「え、あそこから……あ!」

 マンションの入口に人が吸い込まれて行くのが見えた。マンションの住人は何かをかざし、軽く会釈して、奥に入っていく。


「あのマンションはオートロック」

 僕は聞きなれないカタカナ語を頭に刻み、なんとなく頷く。意味はわかる。鍵が必要なのだ。

「鍵がいるんだね」

「そう」


 僕が理解すると、佐伯さんは微笑んでくれる。良い子だ、というように。

 その微笑みに癒されつつも、僕たちには課題が残る。鍵がない。

「あと、何を見たか覚えてる?」

「ええと、お辞儀をしてた!」

「つまり、入口には人がいる。管理人さんだと思う」

「なるほど」


 僕の住むマンションにも、毎週金曜日の朝にマンションの通路を掃除するおじさんが来る。あのおじさんをお母さんは「管理人さん」と呼んでいた。


 このマンションには昼間も管理人さんがいるということだろう。

「必要なものは鍵と、なんだろう?」

「そうね」


 佐伯さんはまたマンションの入口をじっと見ていた。観察だ。朝顔と同じで、たいした変化はないように思うのに、佐伯さんは静かに策を練る。その間も人が出たり、入ったりしていた。



 佐伯さんが口を開くのは意外と早かったように思う。

「一番良いパターンは偶然カードを拾うこと」

 僕の困った顔を見て、佐伯さんが頷く。

「まあ、無理だね」

 そんな都合のよい偶然なんて、そう起こらないものだと佐伯さんは言う。


「じゃあ、悪いパターンは?」

「このまま諦めて家に帰ること」

「あんなに嘘をついたのに……」


 僕の言葉に佐伯さんの眉がぴくりと動いた。

「そうだね、嘘が鍵だ」

 佐伯さんはランドセルを背中から下ろし、膝の上に置いた。




「瀬戸くん、もう一回嘘をつける?」

 佐伯さんの問いに僕は首を縦に振った。

「じゃあ、作戦開始だね」

「え?」


 僕はちゃんと作戦を聞いてない。さらに言えば……

「もっと悪いパターンは?」

「不法侵入がバレて、学校に通報されること」


 管理人さんと先生と僕のお母さんに怒られる。たしかに、それは回避したい。どの家でもそうかは知らないけれど、お母さんは怒ると怖い。怖くなって、今度は僕が尋ねる。


「バレたら、どうするの?」

「バレなきゃいいんだよ」

 不思議そうに首を傾げて、佐伯さんは向かいのマンションへと真っ直ぐ歩いていく。





 バレたときの3パターンは考えない。

 失敗しない自信があるからなのだろう。

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