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fairy-report  作者: camel
5/8

歯について(Ⅲ)

 この街は都会でも田舎でもない。繁華街はないけれど、便利な大型のショッピングモールがある。佐伯さんによると、都会に働きに出る人の「ベッドタウン」になっているらしい。


 僕のベッドもたしかにこの街にあった。僕はまだ幼くて、夜を明かしたこともなかったけれど。





「瀬戸くん」

 校門の前で僕は呼び止められた。

 背中にむず痒いような感覚が走る。佐伯さんが授業以外で僕の名前を呼んだのは初めてだったからだ。


 学童クラブに初めて嘘をついた。頭が痛いんだと言うと、お母さんを呼ばれそうになった。というか、呼ばれた。先生からお母さんに電話をかけられたのだ。電話口で、お母さんはもう少し待っていてと言った。けれど、僕はお母さんにすごく頭が痛くて、早く帰りたいと伝えた。我ながら、名演技だった。

「道もわかってる。一人で大丈夫だから」

「変な人についていっちゃだめよ。鍵はあるよね?」

「大丈夫」

 僕はお母さんにも嘘をついた。




 佐伯さんと歯を投げる。

 夕飯より、夕方のアニメより、魅力的に思えたのだ。


 佐伯さんは茶色いランドセルを背負っている。僕は黒いランドセルだ。茶色いランドセルはクラスにも数人いたけれど、佐伯さんが使うランドセルは僕のとは違って、ひっかき傷もなく、とても高価なものに見えた。


 僕らはまだ夕方には明るい道路の端を一列になって歩いた。僕が佐伯さんの後ろをぴったりとついていく。


 佐伯さんはいつも迷わない。

 下の歯を高いところへ。最初は、どこに向かうのかわからなかった。遠くに見える名前も知らない山を目指すのかと緊張した。


 しかし、途中で僕も気付くことができた。この街にはいくつか背の高いマンションが建っている。そのなかで一番背の高いマンションだ。マンションの名前は英語で僕にはまだ読めなかった。

 佐伯さんはそのマンションから少し離れた位置で立ち止まり、指で下から上の階まで階を数えていた。僕も倣って数えてみた。

「18階」

 佐伯さんは先に答えを教えてくれた。僕の指も遅ればせながら、追いついた。

「たしかに、18階だね」



 たった120センチメートルしかない僕らにとって、街は広い。そして、マンションもとても大きい。

 RPGのゲームの中に出てくる塔のようだと、僕は思った。緊張と興奮。また背中がぴりぴりした。



「行こう!」

 僕が足を踏み出すと、佐伯さんはがしと僕の腕を掴んだ。つんのめるように、僕は進行を止めた。

「まだ駄目だよ」

「え?」

「よく観察しないといけない」


 僕と佐伯さんは目的のマンションの近くの、別のマンションに併設された公園のベンチに腰かけた。向かいに目的のマンションの出入口が見える。

 僕は観察という言葉の意味を考える。夏に育てた朝顔のように、何か変わったものが見えるのだろうか。



「アヤセさんが言ってた」

「アヤセさんって、前に一緒に帰ってたお母さんだよね?」

「ううん、お母さんじゃないよ」

 僕が首をひねっていると、佐伯さんは続ける。


「悪いことをするときは、最低3パターンは考えておきなさいって。良いパターンと悪いパターンと、もっと悪いパターン」

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