歯について(Ⅰ)
僕が佐伯さんを好きになったことで、僕は佐伯さんをよく目で追った。仙女はニヤリと笑い、バレバレだと言った。
佐伯さんも気付いていたのだろうか。これに関しては、僕の預かり知らぬところだ。
佐伯さんについて知ることは少ない。
「知りたいなら、自分で聞きな」
仙女は僕にも、孫の佐伯さんにも甘くはない。しかし、話が面白かった。仙女の仕事は「フリーライター」らしかった。最初、僕は火を付けるライターだと思った。たしかに、仙女は火種になりうる。木の家なら、かなり燃やしてくれそうだ。佐伯さんは笑って、物語を書く人だと教えてくれた。
僕の知らない言葉は、佐伯さんが言い換えてくれた。
佐伯さんは僕にとって憧れの存在だった。ある種の神様みたいなもので、僕とはかけ離れた存在だと思っていた。給食を食べて、トイレに行き、国語の音読をさせられるのが不自然だった。
しかし、文句を言うことなく、そつなくこなす。優等生。天才。神童。様々な称賛を佐伯さんは受けていた。
秋が深まる頃になると、佐伯さんの右腕の包帯は軽いものになっていた。授業を受けながら、右手をパーにしたり、グーにしたりしているところを僕は見ていた。もうすぐ包帯が取れ、完全体の佐伯さんになる。
勝手に僕は楽しみにしていた。きっと、佐伯さんは体育で活躍するだろうし、美しい所作で僕に手を振る。そんな淡い期待をしていた。
しかし、これは僕の視点であり、本当の佐伯さんに触れているのかはわからない。
実際、その頃に近付いたのは席替えのときくらいだった。
挨拶を交わす程度だったけれど、神様は僕に運命的な展開を与えてくれた。
それが「歯」である。