『私達は、ただの魔法少女。Ⅱ』
はぐれた二人の仲間を探して数時間、ショッピングモールの駐車場の上に、立派な西洋式の屋敷が佇んでいるのを発見した。
「うぉーすっごい超豪華!パイセーン、もう休もうよ」
みやこが興味津々といった様子で忙しなく動く。
「や、休もうって……まだ御影見つかってないじゃない……。あかねからも言ってやってよ」
その言葉にあかねは首を横に振る。
「いえ、先輩。お腹が空きましたので、もう御影さんは死んだものと諦め、ここで休みましょう!」
「えぇ!酷い‼︎」
あかねが空腹に耐えられない性格なのは知ってはいたが、まさかここまでとは……仲間に対しての情というものは無いのか?
「あかねちゃんもこう言ってるし、善は急げだ!さっさと休もー!」
「あっ、ちょっと!」
静止する間もなく、みやこは洋館の重工な扉を開けて入ってしまった。
そしてすぐ、
「ぎゃーーー‼︎」
と中から悲鳴が轟いた。
(くそ……敵がいたか‼︎あれほど注意しろと言ったのに!)
急いで私も屋敷へと入る。
が――そこで私の視界に入ってきた光景は、予想とは遥かにかけ離れたものだった。
「あっ、こんにちは。みんな」
「み、御影ー⁉︎」
屋敷の中に入ると、広いリビングのソファーに座り、くつろぐ仲間の姿があった。
「いきなり大声を出さないで。消し済みにするわよ?」
驚く私の耳に、冷たい声がキッチンから聞こえた。
「真紅まで⁉︎」
なんとキッチンにはもう一人の探していた仲間までいた。
「ど、どうして二人ともここに⁉︎」
「どうしてって……この屋敷からすごい良い本の香りがしたから、入ってみたくなっちゃって」
御影がそうゆっくりとした口調で話す。
「えっ……本?」
すんすんと匂いを嗅ぐ。
(いや……しないじゃん……)
思わずそう突っ込んでしまうぐらいには、本の香りなどはしなかった。
だがその代わり、この屋敷にはある匂いが漂っているのが分かった。
「本の匂いはしないけど……でも、いいコーヒーの香りがする場所ね」
「うん、そうだよね。きっとここの住人は相当なコーヒー好きだったんだろうね」
そう眠たくなるような柔らかい口調でいう御影に、真紅が付け加える。
「なんなら“だった”って過去形じゃなく、今でも好きみたいよ。戸棚に置いてあったこれ、洗い立てだったし」
真紅は戸棚からコーヒーメーカーを取り出すと、私に見せた。
「え……じゃあこの屋敷には人が住んでるってこと?」
「そういうことね。まぁ屋敷に人はいないかったし、今は出掛けるようだけれど」
「そうなの……人が住んでるのね」
せっかく良い宿を見つけたと思ったが、人がいるなら残念だけれど身を引くしかない。
この屋敷には、こんなボロボロの世界でもこまめに掃除をしているのか何処にも埃が無い。
それほどこの屋敷を大切にしている人物から、殺してまで奪ってやろうと考えるほど、私の性根も腐っちゃいない。
「じゃあ面倒ごとが起こる前に早くここを出ましょう」
そう提案すると、御影が「いやいや……」と首を振った。
「折角だし2,3日寛いでいこうよ。多分しばらくここの人達帰ってこないしさ」
「え?どうしてわかるの?」
「えぇっと、さっきこの屋敷の地下にある食糧庫に行ってみたんだけど、そこの携帯出来そうな果物の棚だけ6個づつ消えてたんだよね」
「なんで6個ずつ消えてるって分かるの?」
「どうも几帳面な人が管理してるみたいでね。他の野菜の棚とかにも必ず20個ずつびっしり物が詰まってるの。だから果物の棚の空いてるスペースを見るに6個分ずつ消えてるって分かったんだ」
なるほど……そういう事。
歳下の子だというのに、その御影の言葉に思わず納得してしまう。
「でもそれで、何で帰って来ないって事まで分かるわけ?」
「そりゃあ簡単だよ。だって無くなってるのは携帯が出来て、加工のいらない果物だけ。どう考えてもピクニックか、はたまた戦に出たか……。何にせよ、遠出するでもないと、こんな無くなり方はしないよ」
「……流石の観察力ね――恐れいったわ御影。本当、探偵みたい」
思わず、私の口からそう称賛の言葉が漏れた。
御影ゆき――つい一年前であれば、その名を知らない若者はいなかった。
御影は世間では《女子高生探偵》と呼ばれ、西から東へ日本中を駆け回り、その歳で大人顔負けの推理で数々の難事件を解決に導いていたすごい人物だ。
まぁ今では毎日が殺人事件みたいな世の中だ。あまりその推理力が本来の力を発揮する事はあまりないが、その観察眼はいつでも役に立ってくれている。
ちなみに得意な魔法は“時間遡行”。
最高でも10分前までという制限はあるものの、時を巻き戻せてしまうというあまりにも強力な魔法だ。
これのせいで私も全く歯が立たなかった……が、土下座して何とか仲間に引き込んだ。
「まぁ……あとは確たる証拠として、この屋敷に着いた時扉に『3日程留守にします!』って書いてあった紙が貼られてたからなんだけどね」
「それ早く言ってよ!」
絶対それじゃん……。
「はは。やっぱり元女子高生探偵と呼ばれていた訳ですし、こう言った方が盛り上がるかな〜と思って」
そう言って御影はいたずらっぽく笑う。
いつも無表情の多い御影には珍しい表情だ。
「全く……本当御影は冗談が好きなんだから」
ため息をついたところで、横ではしゃぐ声が聞こえた。
「真紅ちゃん!私にコーヒーいれてよ!」
みやこが真紅の手に持つコーヒーメーカーを指差しながらそうはしゃぐ。
「はいはい。ちょっと待ってなさい。今やるわ」
「あっ真紅さん!私も10リットルほど淹れてください!」
いつの間にか屋敷に入ってきていたあかねがニコニコとしながらそう注文した。
「10リットルって……それもう食事だね。コーヒーおかずレベルだね……」
全く、本当にあかねの胃袋は止めどないなぁ……。まぁそこが可愛いんだけど。
「いいわよ。サービスで100リットル淹れてあげるわ。全部飲み切られなかったら、自分の不甲斐なさを反省して死になさい」
「いや!そんな無理強いをするな真紅!」
私は真紅に向かって叫ぶ。
冗談なのか本気なのか、いつも仏頂面なので良くはわからない。
神が現れてからの付き合いになるから随分と長い付き合いにはなるのだが、本当に掴めない人物だ。
日比谷真紅――目尻の尖った切れ長の目に、不機嫌そうにへの字に曲がった口と燃えるような赤毛が特徴の女の子。
見た目からそうだし本当にほそうなんだけども、非常に悪罵のたつ厳格な子である。
だがその割に歳はこの5人の中で一番下の“元”中学2年生。
他の人より2つ3つ歳が低いのに物怖じしない姿勢が彼女の売りである。
ちなみに得意な魔法はその名前と、赤毛の髪から分かるように“炎系”である。随分と見合った能力を、神も与えたものである。
数分後……。
「いや〜真紅ってコーヒー淹れるの上手いのね!全然知らなかったわ」
私はついでに真紅に淹れてもらったコーヒーを飲みながらそう感想を述べる。
「そりゃそうでしょ。外の世界に材料全然ないし。見せびらかす事も出来ないんだから」
「真紅さんこのコーヒーとっても美味しいです!今度こそ10リットルでおかわりをください!」
あかねはティーカップに入ったコーヒーを一瞬で飲み干すと、そう真紅に告げた。
「ふん、まぁ良く肥えた舌を持つあかねにそう言われるなら、悪い気はしないわね。はいどうぞ」
「えへへー、ありがとうございますー」
おかわりをもらい照れるあかね。
うん、やはりよく食べよく飲む女の子は可愛らしい。
「あっ!真紅!私もおかわりー!」
みやこがそう言って勢いよく立ち上がると、衝撃でテーブルが傾き、熱々のコーヒーが私の下半身にかかった。
「あっっっつ――⁉︎」
熱湯がふとももにかかり、悶絶する痛みが走る。
「ご、ごめんパイセン。ミスった!てへぺろ!」
「ば、バカ!いいから水……水!」
「わ、わかったって!」
都はそう言って、魔法で私の頭上に巨大な水の塊を作ると、それを私へとぶつけた。
「あばばばばば」
え……!え……?え……⁉︎対処法おかしくない⁉︎
大量の水の勢いに意識が遠くなりそうになるのを必死にこらえるを
「ぷはぁー!はぁ……はぁ……」
やっと呼吸ができるようになり、酸素のありがたさを肺でいっぱいに受け止める。
「ちょ――都!あんたいくらなんでも水多すぎでしょ!」
「えぇー、だって水欲しいって――」
「加減ってもんがあるでしょうが!」
ため息をついて自分の惨状に目をやる。
「うっわー、もうびしょびしょ……」
そう言ったところで、2階の窓から来た北風が私の体を凍えさせる。
「ハクション!し、しかも寒いし……ハクション!」
「無様ね、お豆」
冷たい真紅の言葉が私を撫でた。
「えぇ酷い⁉︎というか何その呼び方⁉︎」
「あわわ、せっかくのコーヒーが……勿体ないです!」
言うとあかねは床に跪き、零れ落ちたコーヒーを舐める仕草をした。
「いや!気持ちは分かるけど、床に落ちたのは流石に汚いからやめなさいってあかね!」
あぁ……もうめちゃくちゃ……。
そう私はため息をつく。
これが、一日一殺を目標とする只の魔法少女の日常だ。
きっと神ノ魔法少女達に比べたら起伏の激しい生活では無いだろう。
ただ私は一つ言える事がある――
それは、きっとこのみんなといる幸せは、只の魔法少女である私達だからこそ味わえる幸せだろうと。
世界の終わるその日まで、私はこの仲間達と一緒に歩んでいく。
あぁ……誰か世界救ってくれないかな……とか願いながら。