クロトを医者に!
血塗れの少年を抱いた男達は、目の前で車が爆発した事に暫し呆然としていた。
仁王像の如き大男は少年を抱きなおし、先程まで痛みを叫んでいた少年が完全に大人しくなり意識を完全に失っていた事に気がついた。
慌てて下に降ろして彼に被せていた自分の上着を剥ぐと、血の気を失って青ざめた顔は死人同然である。
そろそろと首筋に手を当てて鼓動を調べた男は、生きている証を知って息を吐いたが、息とともに涙と叫びを搾り出した。
「あぁ。若様。俺は貴方を、貴方にまたなんてことを。」
嘆く男の目の前に両腕が伸びた。
その腕は呉羽の大事な少年を奪い取ろうとしている。
「渡しません!あなたには渡しません!」
呉羽は再び少年を胸にかき抱いて大岩のように動かない。
「畜生!呉羽!死傷者多数の玉突き事故で救急車がここまで回せないそうだ。走るよ!警察署まで走ろう。十五分以上救急車を待つよりも走れば八分だ。パトカーを使えば今から二十分以内には病院にクロトを運べる!」
山口の提案に呉羽はすぐさま立ち直り、玄人を抱いて立ち上がった。
立ち上がってすぐに、提案した山口を振り返りもしないで、彼は駆け出したのである。
「畜生!呉羽!」
山口も必死に呉羽の後を追い、走りながらスマートフォンで百目鬼へと電話をかけていた。
「百目鬼さんにクロトの事を教えないと!あぁ、俺は何て伝えれば。」
「ただの負傷で。はぁ。駆けつける彼に事故があっては困る。はぁ。」
山口はそこで百目鬼の応答を聞くや、スマートフォンを呉羽に差し出したのである。差し出された男はギロリと山口を睨みながらも電話に応対していた。
「はぁ、若が右足負傷です。はぁ、すいません。はぁ。病院へ運ぶにも自分の車が爆破されました。はぁ。大通りの玉突き事故で廻せる救急車が一番早くて十五分後だと。一番近い東署にこのまま走ります。では。」
山口は玄人を自分が抱きしめたいと思いながらも呉羽の横にぴったりと張り付く形で、同じ速度で彼と走った。
何もできない彼は二人の盾として走ったのである。
まだ玄人を狙う狙撃者がいるのであれば、彼は自分を撃ち殺して欲しいくらいであった。
玄人の怪我は片足を失うほどである。
失わなく済んだとしても、あの傷では彼はもう一生走れないであろう。
「俺が彼から目を離したばっかりに。」
玄人を思い切る辛さに、盾のはずの自分が己から彼を遠ざけてのこの事態だ。
すべて自分の責任だと山口は走った。
山口はとにかく周囲に気を配り、玄人を署に、病院へ運び入れる事だけに集中していたのである。
もしも彼が死んだら命を絶とうという決意を持って、だ。
大学から署までの道すがら、車両どころか人とすれ違うこともなぜか無かった。
走る彼らは息を切らせながら署への道を進み、緩やかだが起伏のある道は八分と言えども鍛えた彼らにもきつく、目指した署のすぐ前の道に彼等を待つ救急車の姿を見た時には例え様の無い安堵感を感じた。
「あぁ、これでクロトの処置をしてもらえる。」
救急隊員はハッチを開けて、彼らにすぐに来いとの合図を出している。
呉羽達はスパートを掛けて救急車に近付くと、車内に搭載するための担架に玄人を急いで横にした。
玄人に巻かれていた呉羽の上着はカシャンと音を立ててアスファルトの地面に落ち、呉羽は上着など気にせずにとにかく隊員に玄人の説明をはじめている。
「弾は体内で破裂しています。出血も多くショック状態を起こしているかもしれません。すぐに止血と、緊急手術の手配をお願いします。」
山口は呉羽が隊員に説明する姿に、忘れていた髙の存在をようやく思い出した。
「はい。玄人君は大丈夫なんだろうね。」
「すいません。重症です。足が、足を切断するかもしれない傷で。これから病院に運びます。すいません。俺が招いた俺の責任です。」
先程の呉羽の百目鬼との電話のように山口は髙の返答も聞かずに通話を切り、それからほんの十数分前のことを思い出しながら、楊への報告の電話を入れたのである。




