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居酒屋に全員集合!

「それでは、六月の新潟旅行について旅のしおりを作りましたので、参加者は各自参照の上、質問等をどうぞ。」


 相模原の居酒屋の一角で手渡された「旅のしおり」に僕は首を傾げる。

 旅のしおりによると、僕の母の実家に行くメンバーがなぜか増えているからだ。


「かわちゃんも付いて来るって、どうして?仕事は?」


 僕の質問に彼は傷ついた表情を見せると僕を罵倒した。


「質問がそれって酷い奴だな、お前。散々可愛がってやった俺を仲間外れにするつもりかよ。俺は職場でも要らない子扱いなのに、お前まで俺をないがしろにする気か。」


 ここにいる参加メンバーの僕以外は、全員が、あんたの「部下」だ。

 そんな恥ずかしい事を平気で口にして嘆いている男は、神奈川県警相模原東署で「特定犯罪対策課」、通称「特対課とくたいか」を率いる課長のかわやなぎ勝利まさとし警部である。


 三月十四日に三十一歳になった彼は、最近婚約者が十八歳になったからと婚約者から体の関係を迫られて逃げ回っている残念な人だ。

 彼の高校時代の同期で僕の保護者で禅僧でもある良純りょうじゅん和尚、戸籍上の苗字が百目鬼とどめきという名前通りの鬼の和尚は、「やってしまえばいいだろう。」と彼に言い捨てた。

 確かに、婚約者自身と彼女の祖母が彼のストーカーであることを考えると、彼が義侠心と一般常識と優しさを貫くよりも、鬼畜に振舞った方が良さそうに思える。


 既に彼は蜘蛛の巣に嵌った蝶々である。

 死ぬ気で逃げずにどうするのだ、だ。


 そして、人でなしの禅僧はこうも言った。


「どうせ結婚から逃げれねぇならよ、十代の若い体を楽しめばいいだろうが。一人か二人子供ができればお前も覚悟が決まるだろうし、相手も現実を知るだろう。シングルファーザーを目指せ。」


 良純和尚の言葉に楊は印象的な二重の瞳を大きく見開き、そこらの俳優以上のハンサムなその色白の顔を真っ赤にした。


 楊は婚約者を年の離れた妹か娘にしか見えないらしく、彼女に同世代の男にも目を向けろと窘めているのだそうだ。

 しかし、ハンサムで人一倍気立てがよい楊を知っていれば、女子高生だろうが他の男などゴミ屑同然となり、楊しか見えなくなるのは当たり前だ。

 彼は自分の魅力をよくわかっていない。


「大体お前は呉羽くれはが付いてくることには疑問がないのかよ。」


「呉羽さんは僕の護衛ですし、僕に付いて新潟に行けと上から言われれば仕方がないでしょう。付き合わせて申し訳ないくらいですよ。」


 呉羽くれは大吾だいごは僕専任の護衛である。百八十を超える大男で、がっしりとした体つきに厳つい顔で心根も優しいので、傍にいてくれるととても落ち着く人だ。

 僕は外見が怖い人ほど心が安らぐのだ。


 さて、今までは二名体勢で交代で僕を警護してくれていたのだが、なぜか最近は交代もせずに呉羽だけが僕の護衛に立つ。

 おまけに、いままでは良純和尚の車の前まで迎えに来てくれていたが、最近は大学構内のみの警護だ。

 それも教室内にも入ってはいけないと指導されたのだそうだ。


 畜生。

 今期も必須の宗教学を落したら大学を辞めてやる。

 僕は呉羽に隣に座ってもらって、全く理解できない西洋の宗教学を彼に解説して貰っていたのだ。


「そんなことはおっしゃらずに。自分はとてもおいしい思いをさせて頂いている気がするくらいですから。」


 優しい呉羽は僕の気を和らげようとにこやかに言ってくれた。

 若くして護衛を持っている僕は武本玄人たけもとくろと

 六月六日に二十一歳になる予定の、武本物産の跡取りながら家なき子である。


 家が無くなったのは、実の父と縁を切ったばかりであるからだ。


 虐待どころか僕の個人財産までも奪った継母と離婚したからといっても、再び家族となる程の愛情が彼と僕には持ちえ無いのだから仕方が無い。

 僕への虐待に加担した咎で準教授の職を失い傷心の父は、一人アメリカへと旅立った。

 彼は大学の準教授の職を失うや、長年の夢であったアメリカインディアンの遺跡の研究に没頭するためにと、アメリカの辺境の大学へと飛んだのである。


 結局は我が武本物産よりも金持ちの祖母が教授職を買っての移住なので、本気で格好が悪いことこの上ないが。


 そしてあの父にしてこの子ありの僕は、仕返しも財産の取り返しも全て有能過ぎる後見人に一任した。

 その上、人並みの生活が出来ない僕は彼の自宅にて居候の身となっているのだ。

 けれど、後見人である彼は僕の庇護者であり代弁者として日々好き勝手をしているのだから僕達はいい関係だとも言える。


 最近では僕が以前住んでいた世田谷のマンションの一室を、彼は自分の宗派の山に献上した。

 そこは僕にとって牢獄のような場所であったから僕には不要であり、住まない家に掛かる税金を考えると寄付した方が良いという判断である。


 つまり、本物の僧侶が信仰心や山への忠義心など何も無く、税金対策の行動をしただけというのが笑いどころだ。

 詩織が勝手に僕名義で購入した土地を売り払ったら億単位の収入があったため、来年度の税金控除のための処置なのだ。


 だがそんなことはどうでも良い。

 僕がスッカラカンになっても彼は僕を追い払わないのだし、彼の家こそが僕の家なのだから。


 さて、良純和尚が僧侶の癖に税金やら不動産取引やらに詳しいのは、彼が債権付競売物件の売買が専門の不動産業を営んでいるからである。

 今はその仕事も僕の養育も放り出して、京都にある彼の総本山に高僧と一緒に旅立ってしまった。


 山に呼ばれたのでは仕方が無い。

 僕のマンションを山に差し出した功績で、彼は位が上がるのだという。

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