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初動開始②

 髙は自分と同じような思考回路と同じような行動をする田辺であるからと、彼女のなすがまま、彼女の車に運ばれるに任せたのである。彼の相棒であり上司をこのように連れまわしている彼自身だ。田辺に異を唱えても無駄なのはわかり過ぎるほどわかり過ぎているのである。


 しかし車は、髙が思っているような人気の無い郊外でもなく、それどころか若者で溢れている敷地の傍らに停車した。


「どうして大学?」


「あなたが大事にしているあの子、武本たけもと玄人くろと君は近い内に処刑されるの。あの子は人と違い過ぎるでしょう。この世にオカルトは必要ないのですって。この世に動く死体が闊歩しているというのにね。ちょっと人と違うというだけで、はい、さようなら、よ。」


 髙が田辺の言葉が理解できなかったのは初めてだ。

 武本玄人は唯の青年ではない。

 身内親族を華々しい財界の人間で固めた、本来であれば髙が付き合えるような人間ではないのである。


「彼を殺したら財界の人間が黙っていないだろう。」


「財界の人間といっても一部でしょう。日本には大企業なんて腐るほどあるじゃない。政界と深く結びついている財界の人間達は大賛成のようよ。」


「彼ほど他人を傷つけ無い人間はいないのに。」


「あら、そうだったかしら。」


 ちょうど目の前に白い廃車寸前のトラックが止まり、トラックから彼等が話題にしていた人物がのっそりと降り立った。

 誰よりも美しく人目を引く外見でありながら、彼は、小学校時代の虐めの経験により自分に自信が無く対人恐怖症でもある。今でさえ髙の目の前を颯爽とではなく、とぼとぼと一人きりで寂しそうに歩いているのだ。まるで屠殺される家畜のように、あるいは処刑台に向かう罪人のように、一足進むごとに頭まで下がっていく。


「呉羽はどうした?警護はなくなったのか?」


「言ったでしょう。処刑されるって。差し出されてしまったの、彼は。」


 髙が車から降りようと動き出すや、髙の腕に田辺の腕が置かれた。


「大丈夫。見て。」


 髙の目の前で武本に駆け寄った大柄な人物が見え、その人物が武本を守るように彼の傍に立つと、下がっていた武本の頭は上がり、彼は顔を嬉しそうに綻ばせた。すると、離れた田辺の車の中からも、呉羽本人は無論、武本の周りの大学構内の人間全員が、彼の美し過ぎる微笑を目にしたために魂を奪われたかのように呆けてしまったのである。


「呉羽の警護は大学構内からなのか。一般道こそ警護させるべきではないのか?」


「どちらかを選べって言われて構内を選んだそうね。この間構内で襲われたでしょう。大体警護の縮小自体が経費削減と特定個人に対するえこひいきが見逃せないって一般納税者からの苦情って名目。」


「構内を選ぶとはあの馬鹿は。」


 田辺は嬉しそうに噴出した。


「馬鹿じゃないわ。彼が宣言したのは私的敷地内の警護、よ。頓知を利かせたの。彼は武本君が行く私的敷地内であればどこにでも警護のために入っていける。誰かの所有物である車の中も私的敷地内って言えるわね。呉羽の自家用車も私的敷地内ならば、彼は武本君の送迎だって可能となる。彼は本当に優秀な人なのよ。そんな人が武本君の虜。あなたが思わず警護しようと飛び出すぐらいだものね。凄いわ、あの子。そしてね、彼を殺したい人達が恐れている事もそこなのだそうよ」


「絶大なカリスマを持つ彼がテロリズムに傾倒する危険性と、取り込まれる可能性を考えての処分決定ってことか。あんな人一倍政治を知らない子供をね。」


「知らないからこそ染めようと思えば染まるのよ。」


「事前に僕に教えたのは、君達公安は動けないって事なんだね。わかった。いいよ。なんとかしましょう。このために僕は大将と兵隊を揃えて鍛えてきたんだからね。」


「あなたって、本当に戦争ごっこが好きね。」


 髙は田辺の車を降りると自分の職場へと歩き出したが、すぐに足を止めて上着のポケットからスマートフォンを取り出した。彼は軽く小首を傾げて文面を考える素振りをみせてから、それに簡単なメールを入力したのである。


 今晩もいい?、と。

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