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嫌な奴からの依頼

 呉羽はあえて屋上に放置した。

 俺達の計画通りに彼を探しに来た看護士達に発見され、怪我の消えた姿で彼女達を驚かせて恐慌に陥らせた。

 しかしプロフェッショナルな彼女達によって疲労困憊の脱水症状状態と看做され、彼は病室のベッドに戻された後はその処置を施されている。


 俺達はその間に雨に濡れた玄人を着替えさせ、楊の作ったサンドウィッチを食べさせていた。

 彼は一口一口涙を流しながら「おいしい。」と喜びの声をあげながら貪り、楊は奈良の鹿にせんべいをあげる観光客の如き次々と取り出しては与えている。


 紙箱ごと渡せばいいのに、と思うが、手渡す事に意義があるらしい。


 潔癖症な所のある玄人が手渡す時に嫌がらないためにか、ご丁寧にクッキングペーパーで一個ずつ小包されている心使いだ。


「お前はクロで遊ぶよな。」


「だってさぁ、こいつは旨そうに喰うから作りがいがあるじゃん。」


「それじゃあ喰ったら帰るぞ。俺は家でだらけたい。」


「それは駄目です!僕はここにいなければいけません!」


 実力行使で連れ帰られると思ったか、玄人はぴょこんと飛び上がって呉羽の病室へと駆けて行ってしまったのだ。

 楊の持つ箱にはまだ二切れ残っている。


「あ、ちび。うそー。あいつがご飯残すって。マジですか?」


 ところが有難い事に、呉羽は恐ろしい程の玄人思いの奴であった。

 玄人は呉羽が退院するまで看病すると言い張るのだが、呉羽が頑としてそれを許さないのである。


「若君、ご心配なさるならば、どうぞご自宅にお帰り下さい。自分はあなたが傍にいられると眠ることが出来ません。お願いですから、若君はお帰りになってお眠り下さい。」


「でも、でも、ダイゴが一人に。一人のダイゴを一人にしては。」


 俺が山に行くまでは「淳平君が」と五月蝿かった玄人が呉羽に拘る様を見るにつけ、俺のどこかがぷつんときたのは否定しない。

 さっと玄人の髪を一本掴むとぷつんと抜いた。


「痛い!」

「若に何を!」


 疲労困憊姿でありながら、半身を起こして俺に怒りをぶつけてきた呉羽には脱帽だ。


「お前は凄いな。手を出せ。」


「はい?」


 仁王像の怖い顔を間抜けに変えた男は、いぶかしげに俺に手を差し出した。


「ほら。クロの毛だ。やる。これで寂しくは無いだろう。」


 玄人の毛を一本掴ませられた呉羽は、それをギュッと大事そうに両手で掴んで胸に当てた。

 彼の目は俺への尊敬で輝いている。


「このご恩は。」

「お前、サイテー。一本だと?たった一本だと?こういう場合は一房だろうが。一房を紙に包んでお守りみたいにしてやるんだよ。」


「かわちゃんてさ、時々空気を読まないよね。」


「ふざけんな。なぁ、呉羽もそうだろ。欲しいよな、お守り。」


 俺への尊敬の目が今度は楊へとあっさりと移っていた。

 この単純な仁王像め。


「馬鹿!お前はいい加減にしろよ。呉羽に一房もやったら山口にも葉山にもやらなければならなくなるじゃねぇか。こいつを虎刈りにしたいのかよ。」


「えぇ!かわちゃんたらひどい!」


「いや違うって、ちょっとちび!」


 玄人は俺の後ろに回り、頭の毛を刈られないためにか、俺の脇の下にギュッと頭を突っ込んだ。

 突っ込んだが、俺の腕が彼の頭より太い筈がない。


「あ。」


 彼の頭は俺の脇からぴょこりと生え、まるで大型犬のおふざけだ。


「ちび。馬鹿可愛い。」

「若君は最高です。」


「お前等、本当に馬鹿だな。ほら、クロ。いい加減に帰るぞ。」


 声をかけたらすぽっと玄人の頭が抜けたが、抜け方がおかしいと後ろを振り向くと、満面の笑みの山口が玄人を抱いて立っていた。

 玄人は真ん丸に両目を開いて、まるで水を張った風呂場に落ちて救出されたばかりの猫の様相である。


「おい。お前。」


「僕はクロトとの約束を守ったからね!これはご褒美です。」


 言うが早いか、山口は俺に玄人を取り返される前に玄人を肩に担いで逃げてしまった。


「おい!この馬鹿男!返せ!俺の許可なく持って行くな!それは俺のものだ!」


 しかし俺の行く手は楊の相棒の髙に塞がれた。

 楊の相棒で元公安の彼は、楊の部署においてのフィクサーでもある。

 楊と同じような背格好だが、彼は一重で一見地味な外見だ。

 しかし、経験値の高い彼は独特の雰囲気があり、時として誰よりも様になれる男でもあるのだ。

 そんな彼は俺の足止めをして、いいじゃない、と、俺に軽く言い放った。


「クロは二日もまともに寝ても食べてもいないと聞いていますが。」


「そこは大丈夫です。山口が後の面倒を見ます。それに手は出しませんからお気になさらず。ホントに大丈夫ですよ。僕がしっかり言い聞かせましたから。それでも手を出したら僕が始末すると約束します。」


 俺はにこやかに「始末」と口にした山口の元教育係の殺気に、山口を哀れに思う気持ちの方が湧いて、自分の憤りがすとんと消えてしまった。

 そんな俺に髙は嬉しそうに目元を細めると、俺を決して逃がさないという威圧感を出してきたのである。


「なんです?あなたの狙いは俺でしたか?」


「ええ。百目鬼さんに大事な話があるのですよ。正しくはお願いですが。」


 俺は髙の物言いに楊に振り向くと、楊は何時ものように両手で顔を覆ってしゃがんでいた。


「どうした?」


「俺はもう嫌よ。」

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