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僕が死んだあとでも僕が生きていると思い込んでいて欲しい (馬7)  作者: 蔵前
五 帰宅したら面倒ごとが待っていた
18/73

覗くもの

 水色の空には筆で薄く刷いただけのような雲しかなかった筈であるのに、突然の大雨、それも豪雨が辺りを襲い始めた。


「なんですか!これも彼の仕業ですか?神通力を持つ坊主って何ですか!」


 天上をうっとりと眺めて雨に打たれる白い男は、違うでしょと、軽く答えた。


「違うのですか?ですが、ここだけですよ。降っているのはこの近辺だけですよ。」


「違うね。これは唯の恵みの雨。復活と再生を司る白ヘビ様の力だ。彼女は汚濁が大嫌いでね、それも汚れた死者が大嫌いだ。死神の力を感じるとこうして雨を降らすのさ。その双眼鏡を覗いて続きを見てみなさい。」


 恩人というには胡散臭過ぎる男の言葉に、青天目は素直に従って双眼鏡を再び覗いた。

 雨の中、雑居ビルの屋上で雨に打たれながら数十メートル離れた病院の屋上を覗いているという、数日前には警察官だった彼には間抜けで情けない行為だと自嘲しながらも、彼は続きを覗きたい気持ちであったのだから構わなかった。


 双眼鏡で覗いた向こうは、すぐそばの風景のように変換される。

 青天目が思わず洩らした吐息に、白い男は嬉しそうに笑い出す。


「なんて美しいのでしょうね。」

「僕もそこに意義は全然ないよ。」


 雨が降り出す前まで彼が覗いていた映像は、あの美しい女性に大男が抱きとめられるところまでであった。

 美女を前にして身体中が膿んで腐った傷だらけの男が身を捩った途端に坊主が経を読み出し、そして、獣そのものの男はゆっくりと崩れ落ちたのである。

 落ちてきた果実を受け止めようとするように腕を広げた彼女に男は抱きとめられ、そして彼らはゆっくりと抱き合ったままぺたりと座り込み、そこで、雨だ。


 再び覗いた世界では、男が天女に抱きとめられたまま至福の顔を浮かべていた。

 音は聞こえないが彼女の口は動き続けており、腕の中の男には慈愛の眼差しを注いでいる。

 そして何たることか、青天目の眼前で大男の傷が癒えていくのである。


「あの傷が治っている。これがあの少女の力?復活と再生の女神?」


「凄いでしょう。でもね、あの子は死神の方。あの子が死神の力を使った事による雨だ。あの子はこの雨を見越して自分の力を解放し、そしてあの雨で男の傷を癒しているのにかかわらず、自分の力だと騙して虜にしているのさ。あれは許されざる者だ。そう思わないかい?」


 同行者の声に殺気を感じて青天目が双眼鏡から顔を上げると、白い男は長い筒を構えていた。

 サイレンサーつきという、日本では手に入らないはずのスナイパーライフル。


「何をするんだ!」


「あれを殺した者には恩赦が出る。何もかもが許されるんだよ。許されざる者がこの地上を闊歩することを許されるんだ。」


 男がスコープを覗き込む。


「駄目だ!」


 青天目は咄嗟に軌道を変えるべく銃身を掴んだ。

 すると、男が想定外にぱっと手を銃から離したので、彼は銃身を掴んだその勢いを殺せないまま屋上スラブに突っ込む感じで転がった。

 雨で濡れた屋上スラブは摩擦も弱くなっており、青天目はザザザとかなり大きく滑ってしまった。


「酷いですよ。何ですか!何だよ!これは何の遊びですか!」


 匿って命も助けてくれた恩人でもあるが、今ひとつ所か決して信用できそうもない男の姿形が消えていた。

 狭い雑居ビルの屋上には貯水タンクがあるだけで、彼らが立っていたコンクリートの灰色が広がる何もないスペースに隠れる場所などあるはずない。

 重い屋上ドアの開閉の音さえもしなかったのである。


「ちくしょう。あの化け物め。俺に何をしろって言うんだよ!」


 彼が抱きかかえるのはスナイパーライフル。


「どうしてあの少女を殺す必要があるんだよ!」


 叫んでも彼に答える者はなく、彼はただ雨に濡れそぼっていた。

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