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僕だってくっついていたいのに

「おい、ちび。」

「玄人君?」


「お願い帰って。僕はダイゴが心配だし、かわちゃん達が同じ目に合っても嫌なの。でも、でも、良純さんがいないと悪霊が祓えないから現状維持しか出来ない。かわちゃん達を守れないから帰って。お願いだから帰って。運転手さんには気にしないでって。あの爆弾は運転手さんの子供を狙った後ろの人の仕業だよって。お子さんにって渡された箱だったのでしょう。自業自得ですよって。」


 僕は顔を背広を着た胸板に押し付けられた。

 いつものようにがしっと楊に抱きしめられたのだと思った、が、僕を抱きしめたのは坂下だった。

 坂下は僕を彼の左腕で動けない状態にして、なんと彼の右手で髪まで撫で梳かれているのである。

 棒っ切れよろしく硬直した僕は、目線で楊に助けを求めるのが精一杯だ。


「ちょっと俺のちびに何してんの。」


「だって。泣いていて可哀相じゃないか。よしよし。それで、箱が青天目の子供宛って何だ?どうしてそいつが青天目の子供を狙うんだ?」


 楊と違い坂下は、僕を自白させるためだけに抱きしめていたようだ。

 話すまで離さないって意志で僕をつかんで、目を血走らせて自分の腕の中の僕を真っ直ぐに見つめている!こわい!


「玄人君。教えてくれるかな?どうして警護される要人が警護官の子供を狙うんだい?」


 ギュウムと抱かれた苦しさと坂下の威圧感に、僕は簡単に白旗を上げた。

 彼らは警察官だ。

 少しくらいグロテスクでも大丈夫なはずだ。


「さぁ、クロちゃん?」


 僕はもう少し坂下を通して見通して、そしてもう一つ映像が見えてしまった。

 あぁ、坂下の言う「なばため」とやらは、父親のように慕う相手から様々な贈り物を受けていたから、爆発したものが自分の子供への贈り物だと言えなかったのだ。


 そして、彼も飲んだのか。

 不老不死を約束する死人の血液を。

 死体は年をとらないってだけなのに。


「クロちゃん。ねぇ、破壊行為のことは見逃してあげるから。」


 ハンサムな顔を硬くして、命綱のような必死さで僕を見つめている坂下の姿に、僕は矢張り教えるべきではないのだという考えが頭に浮かんだが、「なばため」をまだ救える気もしていたし、救えなくても坂下が救おうとするのだろうと考えれば、事実を少しでも早く正確に伝えるべきなのだと決心をした。


「クロちゃん。」


 僕は大きく息を吸って、そしてつばを飲み込んでから坂下を見つめ返した。


「坂下さん。死んだ人ってね、余命のある人の血肉を食べると生者に少し戻れるの。その少しって本来の余命の三割分とか四割分くらいなんだけど。でも、だから、あと十年の余命の人よりもあと八十年は確実な余命の人の方が旨味があるって狙われる。余命って大人よりも子供の方が長いものでしょう。常識的に考えて。」


 僕はするっと坂下から開放された。

 僕を解放した坂下は、そのハンサムな顔を歪めて「畜生。」と呟いた。

 僕は彼の後ろに一家心中の悲しい現場が見えてしまっていたのである。


 ビニールの間抜けな顔をしたロバは転がり、数個のぬいぐるみは仲良く赤く染まって黒ビーズの瞳を輝かせている。

 子供部屋のフローリングの床にはキルトマットが敷いてあったが、その電車の線路の絵が描かれたマットは、血を吸ったただの赤く丸い布でしかない。

 マットの中心には母と子が、否、母と子だった物が臭気を放っていた。


「どうしたんだ?坂ちゃん?」


 坂下は談話スペースの椅子にふらりと力を失ったように座り込み、彼は両腕で頭を抱えるように落ち込んでしまっている。


「最悪だよ。女房子供を殺しておいて奴一人生き残った理由がわかったよ。消えてしまった理由もね。女房子供の遺体が、心中の割にはためらい傷どころか損傷が多過ぎる事にもね。あいつが殺して血を飲んだのか。」


 僕は頭を抱えて落ち込んでいる坂下の肩にそっと手を当てた。

 間違いは正さなければ。


「彼はそれを止められなかっただけです。贈り物を受けていたから。自分の運転ミスで守るべき人を傷つけてしまったから。彼は誰にも相談出来ないまま脅されるまま自宅に招き入れて、それで、奥さんと子供を食べられてしまったのです。可哀相に。」


 僕の言葉を聞いた坂下は、ゆっくりと顔を上げて僕を見つめた。


「あいつは無罪だと。」


「今のところは。贈賄はしていましたけど。」


 彼はふっと笑うと何時ものように颯爽と立ち上がった。

 そして傍らの楊に命令を下した。


「回転灯をまわして最高速度で俺を横浜に連れて行け。やりたかったんだろう?十六号線での爆走。叶えてやるよ。」


 楊もふっと坂下に笑みを返し、けれども、既に歩き出した坂下を追いかけずに僕を抱きしめたのである。

 先程の坂下と違って、彼は本気で心配した目だけで僕を見つめている。


「かわちゃん。」


「お前は本当に大丈夫なんだろうな?」


 僕は彼に微笑んで抱き返した。


「大丈夫。僕はオコジョの使い方を覚えたから。」


 僕の答えに彼はいつものように両目をぐるりと回してから僕を解放し、坂下を追いかけて階段へと走り出して行った。

 すると、僕の持つオコジョの大群からにょろっと飛び出した三匹が、楊を見送る僕の目の前を通り過ぎて楊を追いかけて行ったのだ。

 彼らは階段を駆け下りる楊に追いつくと、ぴょいと彼の腰のベルトにぶら下がってしまった。


「まぁいいか。今のところ数は必要無いどころか大所帯なのだもの。でもあの子達。僕だってかわちゃんと居たいのに。抜け駆けするなんてズルイ。」

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