もう、どうしてまた来たの!
僕は呉羽の病室には入れないが、僕をあれほど慕い縋る彼を一人で病院に置いておきたくなかったからここにいる。
自分であんなに酷い怪我を負わせておいて、であるが。
ナースセンター脇にある階段からバタバタと駆け上がる足音が響き、僕は何気なくそちらに視線を向けると、また楊だった。
「ちび、お前に聞きたい事があってさ。」
彼は僕と呉羽が病院にいるという連絡に飛んできたが、僕は一度彼を追い払ったはずなのだ。
戒めをつけているといっても、呉羽に触ればあの悪霊は転移する。
転移しようと悪霊が呉羽の体に無理をすれば、彼があの哀れなスタッフのようになる。
つまり人格も肉体も壊れるのだ。
悪霊が消えた後の彼女の顔はいつもの清水真理でしかなかったが、彼女の人格も何もかも壊れてしまっている事はよくわかった。
あの悪霊は山上美代子と彼女の娘を殺したそのものであり、ほかにも凄惨な殺人を幾多も起こしている。
そんな人格の記憶を普通の善良な人間が抱え込めるわけがない。
僕は呉羽の体がこれ以上無理をしないように、そして、彼に治療を施す医療従事者を悪霊から守るためにここにいるのだ。
僕に力は無いが、呉羽は眠っていながらも僕の存在を感じ取り、そして自分の力で悪霊を抑えている。
僕達の力はぎりぎりなのに、それなのに、楊は坂下までも連れて来た。
「来ないでって言ったでしょう。僕が心配ならアンズちゃんの世話をしっかりとお願いします。」
「お前むかつく。何それ。俺はお前のモルモット係かよ。」
「言ったでしょう。ダイゴの中の悪霊を抑えるのが精一杯だから、下手に人員が増えると乗り移られて危ないって。さぁ、帰って。僕はかわちゃんまでダイゴみたいに火傷まみれにしたくないの。」
楊と、楊の隣に立つ坂下まで「え?」と、それも「え」に濁点がつく声を同時にあげた。
「え?ちびだったの。ちびが呉羽を火傷まみれにしたの?」
「え?松野さんところの破壊は君の仕業だったの?」
僕は自分が余計なことを言ってしまったと気が付いて、大きく舌打をした。
「え?ちびじゃない。そんな舌打ちは俺の可愛いちびじゃない。」
「嘘だぁ。今までの素直で可愛い玄人君は猫かぶり?猫かぶりだったの?」
僕はこの二人が一緒になると馬鹿な高校生のようになってしまうのはなぜかと思いながら、坂下の後ろに見えるひしゃげた車の映像に集中する事にした。
おそらく彼らはこれを聞きに来たのかもしれないのだ。
衝突を前にした運転手は、誰しも最終的に自分を守ろうと無意識にハンドルを切ってしまうものだ。
それが人間の防衛本能なのだから仕方がない。
彼はそのために助かり、しかし、そのために後部座席の人間は振り子の様に振った後部が対向車線を走る車と衝突した衝撃で潰れてしまった。
「あぁ。なんてこと。」
彼は自分の失態を嘆き、嘆きながらも動く腕で無線機を操作する。
少しでも早く助けを呼ぶために。
後部座席の人間はひしゃげた車体で押しつぶされて呻いているのだ。
「すいません。すいません。すぐに助けを。助けを呼びますから。」
声をかけた彼に向かって手が差し出され、彼はせめてもとその腕を掴んだ。
腕は二の腕で千切れており、それでも彼の手を握っている。
「うわぁ。後部座席に挟まっている人が死人だ。きっつい。」
「え?どうして青天目の事故を知っているの?」
「え?坂下さんの後ろに見えました。それで来たのでしょう。それで、その、後部座席の人はもともと死んでいたから気にしなくて良いよって伝えてあげてください。うわ。後部座席の人、子供の血とか飲んでる、サイテー。だから、ほんと、気にしないでって。」
「え?」
「え?」
坂下も楊も物凄く挙動不審だ。
僕を変な目で見ている、とは、どうしよう嫌われた?
大好きな二人に嫌われたと思ったら、僕は突然涙がぽろぽろと零れてしまった。