プライベート再会 【男性視点】
今日は、あの伝説のアニメの限定復刻盤があの店限定で発売されるんだよな。
うひょー、俺、わくわくすっぞ。
なんて、浮足立った隠れオタクの俺が向かった先に、例の婚活美女がいたのだ。これは、隠れるべきか?
いや、話しかけるべきか。どうやらお目当ての商品は同じようだ。
あれを買うには、あの女に気づかれずというわけにもいかない。
少し待ってみるか? いや、あの女、全然動く気配がない。
さっさと買って、帰宅してくれ。あれは、限定品なのだ。数量が決まっているのだぞ。
なんと今まさにお目当ての商品を2つも買ったオタク男がいる。それでは、俺の分がなくなってしまう。早めに入手するべく、仕事を定時で切り上げたというのに。
背に腹は代えられない。よし、いざ乗り込むぞ。
さりげなく、商品を手に取って、気づかなかった顔して立ち去ろう。だって、こんなにオタクだって知られたら、俺のメンツが―――。俺の変なプライドが邪魔をしていた。商品をそっと手に取る。
俺は空気のように気配を消していたつもりだったが――
「あら、あなたは」
まずい、気づかれたか。細心の注意を払ったつもりが、いとも簡単に気づかれるとは。不覚だ。
「あなたも、これを買いに来たの?」
美女は微笑む。
「まぁ……」
くすっと珍しく美女が笑った。
「あと1つしかないので、お譲りしますわ」
そうか、さっきの男が2つも買ったからか。仕事中抜けだして、いや、朝一に来るべきだった。仕事を休んででも。
「いや、俺はいいですよ。お譲りします。でも、限定DVDは観たかったかなぁ」
まずい、つい本音が出てしまった。
「一緒に観ますか? 私の家で」
「でも、お客様とそういったプライベートな交流は、まずいので」
俺は観たい気持ちを抑えた。
「観たくないのですか?」
「観たいです」
また本音が出てしまった。彼女は、その限定品を購入し、彼女の家で鑑賞することになった。せいぜい三十分程度だ。観たら帰ればいい。そう思っていた。
しかし、彼女の部屋には俺の心を揺さぶるコレクショングッズがたくさんあって、つい、語ってしまったのだ。
気が付くと、夕食時になっていた。俺は、特典DVDを見てすぐに帰ろうと思ったら、彼女がいつのまにか夕食を作ってくれたのだ。映像に集中しすぎて気づかなかったのだが。
「俺だけ観てしまって、すみません」
「いえいえ、私はじっくり後で見ますから。お召し上がりになってください」
それは、本当にレストラン顔負けのおいしそうな料理の数々で、彼女がいかに料理に慣れているのかということを物語っていた。
でも、会員とアドバイザーという垣根を越えて、オタク談義に花を咲かせている俺。――ってこの美女見かけによらず面白いな。本当に面白い。冷たい美女というのは見た目だけで、本当は天然な優しい人なのかもしれない。
「うまい」
一口食べただけで、本音がでてしまった。
美女は微笑んだ。エプロンをした彼女はまるで新妻みたいで―――
独身男のハートは射抜かれっぱなしだ。こんなのダメだってことはわかっている。
わが社の会員同士を結婚させるのが目的なのに、アドバイザーの俺が好きになってどうするのだ。この人だって、きっと理想が高いだろうし、俺なんて興味はないはずだ。つまり、最初からフラれているのだ。そう考えたら、何もなかったことと同じだ。そうだ、最初から俺が惚れたとかそういった話はゼロだ。
あっという間に食してしまった。
「じゃあ、僕はここで失礼します。本当にすみません、ごちそうになっちゃって」
「じゃあ私のお願い聞いてくれますか?」
「お願いって?」
「一緒にこれからDVDを見てください」
「でも、もう遅いですし、俺があなたの部屋にこれ以上いるなんて、申し訳ないですよ」
「私からのお願いです。隣に座ってください」
俺は、言われるがまま、彼女の隣に座った。少し距離をおいてだけれど。
「あと、もう一つお願いがあります。私と模擬デートじゃないデートをしていただけますか?」
「はい?」
俺は自分の耳を疑った。
「やっぱり嫌ですよね」
彼女の表情が暗くなる。
「嫌、じゃないですけれど。俺なんかでいいのですか? あなた美人だし」
彼女は顔を真っ赤にして
「もう少しあなたと一緒に居たいから、お誘いしているのに」
「俺なんかで?」
俺は自分の人差し指を自分に向けた。
「手をだしてください」
手を出すと、彼女が手を握った。
「鑑賞中は手をつないでいてください」
「―――はい」
二度目の内容は全然頭に入ってこなかった。
俺はそんなに女性に免疫がないから、手を握っただけで、頭は真っ白で、何も考えられなくなっていたんだ。