その8 「なんかオレの存在が消去されたとか言ってるんだけど?」
「あ、そうだ! アンタの名前・・・知っていた方がいいかな?」
なんちゅう訊き方だ・・・コウモリ娘・・・。
ここは海外、ここは異世界・・・オレの常識は通じない、そう、日本人のオレの奥ゆかしい感覚はここでは通じないんだ!
と、頭の中で自分を納得させ、自分の名を名乗ろうとしたのだが――――。
「・・・オレの名前? オレは・・・ん? なんだっけ」
直ぐに自分の名前が口から出てこない。
「ああ~・・・やっぱり、名前無くしちゃったかあ・・・」
「名前を無くす? やっぱりって? なに?」
「要するに、あなたは自分の存在を示す名前を無くしちゃったのよ」
「ちょっとなに言ってるのか分からない」
「ま、異世界間を渡っちゃったら、生まれ変わったのと同じだから、名前なんて大した意味なくなっちゃうんだけどね」
「・・・・・・はい?」
地面に転がっていた自分のリュックを拾い上げ、財布から免許書を出して確認した。
書いてある事は理解できるのだが・・・自分の名前の部分だけが、頭に入ってこない!!
「読めない・・・自分の名前が・・・!?」
そうだ、さっき吹っ飛ばされた時のショックで頭でも打ったとか?
「記憶喪失とかじゃないからね? あなたは元の世界から・・・存在が消されたみたいだから、名前が無くなっちゃだけだからね?」
「そんなバカな・・・」
「じゃ、寸前まで会っていた人の名前は?」
「え? 嫁の花ちゃん」
ちょっと喧嘩してて、謝れなかった・・・。
「言えるじゃん・・・え~と、アタシはサキュバスのレム、あなたは?」
やっぱりサキュバスかよ。
「・・・分からないんじゃない、言えないんだ。自分の存在は分かるのに、昨日までちゃんと名前を呼び合って生活していたし、字も読める!? なんでだ!」
「う~ん・・・だから、アンタの存在自体が、もう前の世界から消去されちゃったって事よ。わかる?」
「え・・・? なんだって? 元の世界で・・・‟オレの存在が消去”されたって? どういう事だよ!?」
「そう言われてもなあ・・・アタシはアンタに会ったばっかりだし、どうしてそうなったかなんてわかんないも~ん!」
ハッとして、オレは狼のランドルを見詰めた・・・彼は黙秘している・・・と、言うよりも聞いても無駄らしい。
「でも、ランドルおまえ、何か知ってるだろう?」
「くううん?」
ワザとらしく、その一角シベリアンハスキーみたいな狼は首を傾げた。
「コイツ絶対なんか知ってる!」
「う~ん・・・でも、ランドルはしゃべれないよ?」
「知ってる・・・」
誰か! バウリンガル持ってるヤツはいないのかっ!?
広大な街を囲む魔法の外壁は、六角形の黄色いレンガを隙間なく積み上げ、精密で頑丈に作られていた。
少し離れてしまうと、その外壁はかすんで何故か見えにくくなる。
オレは二匹・・・失礼、サキュバスのレムと、白狼族のランドルに案内されるまま、キチンとした大きな門から入る事になった。
門の前にいた兵士らしき者達も異形の姿であり、様々な亜人が城下街にひしめき合ってた。
確かに人間らしき姿もあったが・・・肌の色が青かったり、角が生えていたりして、よくわからない。
外壁からは見上げても見えなかった、天高くそびえ立つ魔王城・・・城下町は雑踏があったが、魔王城に近づくにつれて見かける人(?)も少なくなり、反対に緑が多くなってきた。
急な斜面に生える樹々、その頂上に建てられた魔王城は、まるで宙に浮いているような錯覚を起こした。
つんと尖っているような大きな城であったが・・・太陽が傾き始め、段々と空が紫色に染まり、何とも幻想的な建築物に見えた。
「なんかあの城、空に浮いてるみたいに見えるな」
「ここは標高が高い方だからね、雲がかかってたりすると、もっと浮いてる感あるよ~!」
「今は・・・夕方なのか?」
腕時計は7時近くを指している。
城の周りを黒いカラスのような鳥が飛んでいた。
「うん、夕方だね、今は日が長い季節だけど・・・人間じゃあ、夜の魔界は外にいると身体を壊すよ」
「なんで?」
「だって、あの紫色の空は・・・魔界の火山から出てる毒ガス成分だから」
「マジっすか?」