その1 「なんか妖しい占い師がいるんだけど?」
Twitterでの冗談から書きはじめました。
ようやく決まった連載小説の挿絵の仕事が上手く行かず、オレはイライラしていて、朝から嫁に八つ当たりをしてしまった。
「朝ごはんは~?」
「・・・・・・・」
心が四畳半より狭いオレは嫁を無視した。
空気の悪い安アパートの一室にいるよりも、気分転換も含め、とにかく外に出て取材をする事にし、出かける準備を始めた。
嫁は玄関でしゃがみ込んで靴を履いている、オレの背負ったリュックをいきなり開け、何かを詰め、ジッパーを閉めた。
「なんだよ!」
「おにぎりと保温ボトル入れといた。外食はお金かかるでしょ」
はっとした。
そう言われればそうだ、取材費と言えど、実際金を払うのはオレだ。
経費で落とせるが、所詮はフリーなのでほぼ自腹だ。
「わかった・・・・・・」
「歩き過ぎて気分が悪くなる前に帰って来なよ!」
「・・・・・・・・・・」
いつも上から目線の嫁にイラついて、再び嫁を無視して家を出た。
街中を歩きながら、必要な写真を撮りまくる。
好きな絵だけでは食って行けない現実だ。
オレは居酒屋のバイトと兼業しつつ、挿絵作家を営んでいた。
嫁とは絵画の世界で出会ったが、彼女は早々に夢を諦め、まともな職業に付きオレを養って・・・いや、家賃を出して、水道光熱費も払って貰っている。
ちなみに、年金も保険料も払って貰っている・・・それだけだ・・・。
ついでに確定申告の時も頼っている――――。
うん、オレって、ヒモかもしれない。
上着に入っていたスマホが振動した。
「お・・・チカちゃんだ」
居酒屋バイトの可愛い後輩、チカちゃんだ。
『今日はお休みですか? 夜に私のマンションに来ませんか?』
「のほほほ・・・」
鼻の下が伸びる伸びる!
いいねぇ・・・ノリのいい独り暮らしの女子大生!
三十路の嫁とは肌の張りが違うよ・・・。
でも、嫁が最近、急に痩せてキレイになってきたような・・・、まさかな?
気のせいだよな? 真面目なウチの嫁に限って・・・。
「ちょいと・・・、そこの素敵なおにーさん!」
どこの飲み屋の呼び込みだよ、無視、無視。
「そこの・・・嫁に浮気がバレていないと思ってるお兄さん!」
思わずオレの足が止まってしまった。
いや、周りにも数人いるぞ・・・。
「あ~・・・リュックに愛の籠ったおにぎり入ってる人・・・」
オレだな。
声の方向に視線を向けると、よくある街角の占い師と目が合った。
どうやら男・・・だよな?
全身を覆うような灰色のフード付きの服で顔を隠し、首にはジャラジャラと碧い宝石の首飾りをしている。
重くて肩が凝りそうだ・・・偽物、だよな?
クイクイ、とオレに向かって手招きをしている。
「オレ、金持ってないですよ」
「・・・お手頃な値段で領収書切るよ?」
「う・・・そこまでお見通しかよ・・・」
何だか不気味だが、その占い師には逆らえないような何かがあった。
オッサンなのに、カリスマ性あるのかな?
おずおずと、客用の安っぽい椅子に座ってしまった。
「で? 何が知りたい?」
「何って・・・オレに声かけたって事は、ピンとくる何か見えたんでしょう?」
「ほ、ほーうっ! イイネ、君!」
「何ですか・・・」
「ワシね、人相学もやっててね、おにーさんイケメンだよね! かなりモテるよね?」
「・・・・・・そりゃ、まあ」
「はっはっはっ! でもね、ワシ、こないだ君にそくっりな人が死ぬとこ見たよ!」
「なっ・・・!? なに言ってんですか!」
「うんうん、ごめんね。ワシ、お節介だから・・・ついね・・・君に声かけちゃったよ」
「おせっかい?」
「うん、まあ、続き・・・聞く?」
しわくちゃな手を摩りながら、占い師は首を傾げて見せた。
「あんまり・・・持ち合わせは・・・」
「んじゃ、500円分占おうか? 領収証切るよ?」
くそっ! リュックはおろか、財布の中身まで見えてるのか?
仕方なく俺は財布から5百円玉を出した。
「サービスして下さいよ?」
「分かってる分かってる・・・どれ、両手見せて?」
その占い師は、オレの両手をじっくりと眺めた。
「なんか、あるんですか?」
「う~ん、キミが知りたいのは、恋愛? 職業運? それとも未来?」
「未来って・・・意味が広すぎませんか?」
「そう? 知りたいことなんでも答えるよ?」
「じゃあ、恋愛?」
「ふうん? もう、運命の相手に巡り合ってるのに? それ聞いちゃう?」
「運命の相手って・・・誰? 色々生活の中で出会ってる人って沢山いるじゃないですか」
その手には乗らないぞ! よくある誘導だな?
「はあ~・・・君、もう大切な人と結婚してるでしょう? 止めなよ、大事な人を傷つけるのは、君はそんな事しているヒマはないんだよ・・・」
「な・・・な・・・なんで・・・」
オレ、指輪してないよ! いや、待て・・・カマをかけられただけかもしれない。
「あのさあ・・・君、明日もこの世界で目覚めて、その人と一緒に笑っていたくない?」
「なんなんですかそれ・・・」
つつっと、占い師はオレの左手をなぞった。
「ぶっとい生命線がくっきり通っている」
「でしょう?」
「でも、ここで一度切れてる。君は過去に大病したね」
「いや、でもしっかりココ繋がってるでしょう!」
確かに大腸少し切ったけど・・・ヤバイ、引き込まれそうだ!
「そうだね、生きられたのは運命の人がいたからだ・・・でも、またココで切れてる」
「ええ!?」
そう言われて、自分でも初めて気が付いた。
「細く・・・枝分かれして・・・」
「つ、つ、つ、繋がってるでしょ! 細いけど!」
「うん・・・まあ、5百円だとここまで」
「え、ちょ・・・商売上手すぎ!!」
オレは慌ててもう5百円出した。
占い師はその5百円玉を摘まんで、袖の下に入れた。
今時、そんなところに入れるのかよ!
「充分サービスしたんだけどなあ・・・」
「オレにとっては結構大金なんですよ」
「そうだねえ、本当はここまで教えちゃうと、君の運命が少し変わっちゃうんだけど?」
「その手には乗りませんよおぉぉっ!」
「・・・もしも、明日、同じ世界で生きていたいなら、今日は日が沈む前に大切な人のところに帰りなさい」
「え? そんなに早く?」
でも、チカちゃんとのムフフな事が・・・。
「これは絶対だ! ワシにはそれ以上・・・君の運命に関与できないんだよ・・・すまないね・・・」
「え? なんで?」
「・・・この商売はね、寿命を削って人を助ける商売なんだよ」
ぞわりと背中に氷を当てられた気がして、オレはその場で勢いよく立ち上がった。
これは・・・本物だ!
「あ、次ぎの方がいらっしゃった・・・運か良ければ、またお会いしましょう。お客さん」
気が付くと、後ろに二人ほどの待っている客の姿があった、オレは後ろ髪をひかれたが・・・なんとかその思いを振り切って、仕事の取材に戻った。
「ね・・・念のためだ、念のため」
オレはチカちゃんに返信をした。
『ごめん、今日は別の仕事があるから、またね!』
と・・・。
東京メトロ、南北線、出入り口が多くてとにかく俺はいつも迷う。
そもそも、思いつきでローカル電車の駅中を探検するのはいつもの事で、外に繋がる地下階段から見る空は結構好きだった。
地下から地上へと続く階段を見上げると晴れた日は最高に気分が良かったからだ。
「あれ? こんな所に階段あったっけ?」
まあ、いっか。
最近運動不足だし、冒険っぽい事でもするか。
様々な資料を作成しているうちに、占い師の言葉などほとんど忘れかけていた。
「う~ん・・・もう帰るか・・・夕日が沈むのって今の季節は何時だっけ?」
日の入り時刻をスマホで検索しようとしたら、圏外になっていた。
「あれ? おかしいな・・・」
ふと、顔を上げて階段の上に広がる夕刻の空を見上げた。
――――その日の空色はヤバかった。
ぼちぼち書いていきます('◇')ゞ