5話
ひとまず森を出て町を目指すことにした庵は森の中を慎重に進んでいく。
光が十分に差し込んでいるので、周りの状況はよく見える。だが知らない土地、知らない場所で何も考えずに進むのは危険だ。進みながら木や石などに印をつけ、自分の現在地の確認や、いざという時見知った場所へ逃げる為の用意をしておく。
前の世界では初めから王城スタートで衣食住完備、レベル上げ時は騎士同伴による安全の確保。移動する際は馬車などが用意されたため道に迷ったり危険な目にあう事はほぼほぼなかった。なので危険な状況におちいる可能性のあるスタートは始めてなのだが、庵は元々日本の誇るオタクの一人だ。そういう知識は事前に持ち合わせている。
印を付けながら進んでいくこと数十分。進行方向にある草むらが音を立てて揺れた。
風によって揺れただけという可能性もなくはないが、風が吹いた感覚はないし、何よりここまで大きな音がなるとは思えない。何が出るかそもそも何かが出てくるのかは分からないが一先ず木陰に隠れ、様子見をすることにした。
音を立てていた草むらは少しすると一瞬音を止め、今度は小さな揺れとともに音の原因が姿を現した。
(あれは……スライムか?)
出てきたのは緑色をしたスライムの様な何かが。様な何かという表現をしたのはこいつの本当の名前などは知らないし、どういう生物なのかわからないからだ。
(さて、どうするか……)
庵にある選択肢は二つ。一つは奴の前に姿を表し、何かしらのアクションを起こすこと。そしてもう一つは気づかれない様に別の道から進むことだ。
正直言えばこの二つどちらを選んでも得しかないのである。
まず一つ目を選んだ場合はあれが人間に対して敵対する者なのかそうじゃないのかがわかる。即座に攻撃してくるようであれば間違いなく敵だろうし何もしてこなければ様子を観察して知識として蓄えることができる。なんの知識も持ち合わせていない状態で始まったこの世界で多くはないが確実に知識を得ることができるチャンスである。
そして二つ目。これは安全策だ。この世界について何も知らない状態でなんかよくわからない生物と接触するというのは間違いなく危険だ。いきなり襲ってこられた場合対処できるとは限らないし、逃げれるかどうかも分からないのだ。なのでとにかく街を目指すことを目標としそこでまとめて知識を得ようというのがこれだ。
一般的なアニメやマンガなどではスライムというのは雑魚モンスターとして扱われこの二つを並べた場合最悪倒せばいいから前に出てみようぜ?などという奴が大半である。だが、庵にとってスライムというのは雑魚モンスターなどではない。
前の世界にいたスライムというのはとにかくヤバかった。その体の特性を活かしてダンジョンなどの壁の隙間や天井などから奇襲をかけてくるし、もし顔に張り付かれでもしたら最悪窒息死することもある。更には色によって種類わけがされており色によっては張り付かれた時点でアウトのような奴までいた。バカみたいに体当たりしてきて終わりや、真正面から突撃してくるような個体などまずいない。下手な冒険者やゴブリンと呼ばれる考える能力を持つ魔物などよりよっぽど狡猾で生きるすべを知っていた。
ちなみに今回の奴をスライムだと仮定して色分けすると、毒属性だ。毒といっても歩くとダメージを受けるよ!などという優しいものではなく、体に入り込めばありとあらゆる体調不良を起こし、触ったところが少しずつとかされていくという凶悪な個体だ。つまりコイツは張り付かれたらアウトな奴なのだ。
知識か安全か。正直言えば今自分がどれぐらいの位置づけなのかも分からないので安全をとりたいのは山々なのだが、もしあれが人間に害なす魔物ならば恐らく冒険者ギルドなるものがあると考えられるのだ。これも漫画やゲームの知識なので必ずではないし、王国騎士などがそういった役割をしているためない可能性もあるのだが、取り敢えずあるかもしれないという予想を建てることができるようになる。
(情弱死すべしって誰かが言ってた。)
これはオンラインゲームでのフレンドの発言なのだが、今はそれに従うことにする。どちらを選んでも得になるだろうし、ここは三者の考えを取り入れようと思う。
(そういえば装備ってどうなったんだ?)
今庵は青のジーパンに白のTシャツという異世界に似つかわしくない格好をしているが、前の世界ではきちんと装備を使っていた。その装備は黒のローブと黒のマントに自由な武器へ即座に形を変えることのできる武器を神様から与えられていたのだ。といってもその装備も庵のやっていたオンラインゲームで自分のキャラが使っていた装備を再現して貰った物である訳なのだが、今はどうでもいいだろう。
(アイテムストレージはあるのだろうか……)
もし装備があるのならば恐らくアイテムストレージに入っているはずだ。だがステータスの内世界にそんな物があるのだろうか。スキルの時同様試してみるしかないだろう。
(出ろ!アイテムストレージ!)
などと安直に思いついたことをそのまま考えると、目の前にウィンドウが表示された。
(おお、出るじゃん。しかもきちんと装備もあるぞ。)
早速と言わんばかりに装備を取り出すと現在の服と入れ替わりで即座に装備される。ゲーム再現をしてもらっている部分が多いため、着替えなどはほぼほぼ必要としないのがいい所だ。
ちなみにこの防具の性能なのだが、ハッキリ言えば強い。オンラインゲームをやっていた時代に地道にお金を為、時には課金して強化の書やスクロールを集め作った自慢の装備だ。基本的に魔法使いというものが好きでゲーム時代も魔法使いをしていた。なのでこの防具は当然INTや魔力と言ったものが伸ばされており、スクロールによってINTや魔力によって特殊補正がかけられている。なので基本的には杖でしか使えない防具なのだが、前の世界で【ウェポンマスター】というスキルを作ることによってどの武器を持った時でもこの防具だけで大丈夫なようにしてある。ちなみに庵の持つスキルの大半はオタク時代にマンガやゲームから得た物で、別作品などの関係なく持ってきているため漢字表記なものや、カタカナ表記のものなどバラバラである。
【ウェポンマスターⅠ】
あらゆる武器を効率的に使うための知識を身に付けることができる。
このスキルを持つものは全ての武器において使用時に補正がかかる。
パッシブスキル:自分の身につけている装備の補正値の内30%を現在装備している武器にあった補正値へと変換する。
このスキルのおかげで前の世界でも十分に戦え魔王戦でも勝利できたのである。ちなみにこのスキルは進化すると【ウェポンマスターⅡ】や【ウェポンマスターⅢ】などになり変換率がそれぞれ65%、100%になる。現在は【ウェポンマスターⅠ】しか適用されていないが、代わりに【スキルファクター】による減衰効果がない。
装備も整え準備が出来たのでいざスライムもどきへ!と勢いよく木陰から飛び出した。……のだが、肝心のスライムもどきが見当たらない。どこかに潜んでいるのかもしれないと警戒しながら周りを見渡すがそんな気配は特に感じない。不思議に思い首を傾げ、そこであることに気づく。
《準備に時間をかけすぎてどこかへ行ってしまったのでは?》
その考えが頭に浮かんだ瞬間、間違いないわという思考にいたる。そうここもゲームではないのだ。時間をかければそりゃどっかいくわと当たり前の事を思い出した。
折角装備を整えて出てきたというのに結果はこの有様。なんだか悲しくなってきた庵は空を見上げ、しばらく感傷に浸ったのち装備をジーパンへ戻し再び森の中を歩き始めたのであった。