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真相

 「ねぇねぇ!犯人、わかった?」


 右後ろの扉から演劇部の部室を出ながら、一緒に観劇していた幼馴染が右隣からそう尋ねた。


 「分かる訳ないだろ?最後に犯人が出てくるなんて」


 「はは、流石の探偵さんでも難しかったか」


 「俺は探偵になった覚えはないぞ?」


 今度は左から嬉しそうに言うもう一人の幼馴染に言い返す。


 「「またまたー」」


 同時に同じ言葉を発する二人。

 ……お前ら、仲いいな。


 「本公演は明後日なんだよね?」


 「そうだな。最終日って言ってたから」


 今回、部室を使ってやっていたのは三日目の本公演の宣伝も兼ねたものだ。人数も少なく知名度も低い演劇部にはこういう活動も必要なんだとか。


 「確か、その時間に野外ステージでも何かやるんじゃなかったけっか」


 「えー、そうなの?どっちに行こうかなぁ?」


 何にせよ、学祭を満喫しているようで何よりだ。


 「それにしても、ここ人少ないね」


 「ま、ここは部室棟だからな」


 俺は彼女の言葉にそう返答した。

 今日は文化祭の一日目だが、あまり部室棟の方では出し物などは行われない。本棟の教室を使った方が人が来やすいし、特に文化系の部活は二日後の『本番』に向けての練習や、荷物置きに部室を使っていることもあって、こちらの方はあまり使われない。


 「ここは二階だからまだ人がいる方だけど、この上なんかはほとんどいないだろうな」


 左隣の男がそう説明をする。

 二階までは本棟と部室棟が渡り廊下で繋がっているため、簡単な展示などをしている部活もある。

 と。


 「なんか、上が騒がしくない?」


 三階に人が集まる理由はあまりないはずだが、彼女の言葉通り階段の上からざわざわと声が聞こえる。

 あまりいい予感はしないんだが。


 「とりあえず、上がってみるか」


 「そうだな」


 友人が興味津々なので、仕方なく俺たちは階段を昇った。


 「どうかしましたか?」


 部室の前で二十人ほど、たむろしている生徒たちに声を掛けると、開いているドアから部屋の中を見るように促される。


 「ひどいだろ?演劇部の劇を見に行く前は何ともなかったんだけど」


 何の部活で使っているのかはすぐに分かった。ギターに電子ピアノ、ドラム大量の楽器類が並んでいる。軽音楽部だろう。ただ、その楽器が普通ではない。ギターの弦は切られ、ドラムも打面が無茶苦茶に破られている。


 「キーボードもコードが全部切られてんだってさ」


 「確かに、これはひどいね」


 「ん、どこ行くんだよ?」


 その場を離れようとした俺を幼馴染が引き留める。


 「悪い、ちょっと気になることがあって」


 「わかった。行ってこい」


 彼は理由も聞かず俺を一人で行かせてくれた。


 「ありがとう。あとでちゃんと説明するよ」


  *


 俺が来たのは演劇部の部室前。観客もいなくなり部室の片づけをしているところにお邪魔させてもらう。


 「すみません。さっきの劇を見ていたんですけど」


 「どうしたんだい?俺に会いに来てくれたのかな?」


 さっきの劇では主人公の少年を演じていた男子生徒が話しかけてくる。こんな性格だったのか。

 俺は一年生。今日は制服じゃないし、相手も衣装だ。とは言っても、向こうは俺の学年を確認するまでもなくため口だ。三年生だろう。


 「まあ、はい。そうです」


 「ありがとう。サインが欲しいのかい?」


 「いえ、そうじゃなくて。……ちょっとお時間いいですか?」


 「告白なら女の子からしてもらいたいね」


 「違いますよ」


 彼の冗談を軽く受け流して、


 「告白をするのは先輩の方です」


 その言葉に、彼はわずかに表情を硬くすると声を低めて答える。


 「……わかった。お相手しようじゃないか」


 彼は室内の部員に一言残してから部屋を出る。建物の外に行き、部室棟の裏。ここなら人が来ることはないだろう。


 「それじゃあ、始めましょうか」


 「何を始めるって言うんだい?」


 「つかぬ事をお聞きしますが、軽音部の楽器が何者かに壊されたことはご存知ですか?」


 「……それ、いつの話だい?」


 短い間ののちにそう答える。


 「ついさっきですよ」


 「なら、知るわけないだろ?ついさっきまで俺たちは劇をしていて、君が来るまで片付けの真っ最中だったんだ」


 「そうですよね」


 彼の言う通りだ。俺は頷いて肯定する。

 それから、こう返す。


 「普通なら」


 煮え切らない態度に、相手も腹立たしそうな様子だ。


 「何が言いたいのかな?」


 「単刀直入に言いますね」


 彼を見据えて言い放つ。



 「探偵さん。犯人はあなたです」



 その言葉に、明らかな動揺を見せる。役者には向いてないかもな。


 「もちろん、根拠はあるんだろうね?」


 「ありますよ」


 即答に、歯噛みする。


 「一回だけ、あなたが舞台上から消えたことがありましたよね?確か、トイレだって言ってました」


 「あれは演出上必要だったからであって、本当にトイレに行ったわけじゃないんだよ」


 「それはわかってます」


 はぐらかそうとするのをかわして、続ける。


 「あなたが出て行ったのはお化け屋敷の出口方向。舞台で言えば上手側。そして、あの部室で言うなら、廊下側です」


 下手な言葉を吐かないためか、ぐっと奥歯を噛み締める。そこに畳みかけるように、


 「あの時、あなたは演劇部の部室を出て、軽音部に忍び込んでいたんですよね?」


 「適当なことを言わないで欲しいな。俺は部屋を出てなんかいないよ」


 「あと、右手に怪我してますよね?恐らくギターの弦を切った時に刺さってしまったんでしょう」


 ポケットに突っこんだままの右手を庇うように後ろに下がる。


 「掃ける前には右手を使っていたのに、帰ってきてからは一度も使っていない。棺を指さすときに客席に背を向けるのを嫌ったんでしょうけど、他人の立ち位置を奪ってまで移動するのはいくら何でも不自然です」


 先輩は観念したように右手を見せる。その手には簡単に包帯が巻かれていた。


 「確かに怪我はしてる。でも、舞台の袖でちょっと切っちゃっただけさ」


 「まだ認めてくれませんか?」


 「何を言っているのかわからないね。大体、俺にはそんなことをする動機はない」


 「先輩個人には、ないかもしれません」


 でも、()()()()()あるはずだ。


 「明後日の本公演、軽音楽部の野外ステージと時間が被ってますよね?」


 「だからそのステージを中止にさせるためにそんなことをしたっていうのかな?」


 「そうです。演劇部は軽音部に比べて人数も少ない。知名度も低い。ただでさえ音楽系は人気が高いですからね。お客さんを取られるのが嫌だったんじゃないですか?」


 「演劇部のために、俺がこんなことを?」


 あんまりこういうことは言いたくは無いんだけど、認めてくれないなら仕方がない。


 「ええ。でも、()()()()()()全てを壊すのは時間的に無理がある」


 「他の奴らは関係ない」


 俺は首を横に振る。


 「あなたと一緒に遊園地に行った少女…役のあの人。暗転した後の第一声。確か『もう一人足りない』でした」


 黙って俺の推理を聞く先輩に続ける。


 「あの台詞セリフも妙じゃないですか?初めて来たお化け屋敷のスタッフの人数をあの少女が把握してるなんて」


 「言われてみればそうだね。次に台本を書くときは気を付けるよ」


 この人が脚本を作ってたのか。

 だが、そんな一言で納得するわけにはいかない。


 「胡麻化されませんよ。あの人はこんにゃくを垂らしたのが誰なのかも知らなかったんです。それに、あの状態では『一人』ではなく、『二人』足りないと言うべきところだった。ミスと言うにはあまりに稚拙ですよね。だったら、どうしてあんな発言をすることになったんでしょうか?」


 「……………………」


 「恐らく、あの台詞は後から入ってきた女の人の物だった。彼女は軽音部の部室に行っていて、自分の出番には帰ってくる予定だったにのに間に合わなかったんでしょう。少女の発言はそれをフォローするためだった」


 「あいつは……」


 彼の台詞を遮って言い返す。


 「これも推測ですが。この計画は全員が知っていたわけじゃないんですよね?」


 「何でそんなこと」


 「さっきの少女のアドリブです。あの人が言うより、障子の男性がやったほうがまだ自然でした。彼は事情を知らなかったから出遅れ、理由に察しがついた少女が気を利かせて口を開いた」


 彼が立っていたのは下手側、お化け屋敷では入口側だった。障子は出口付近だったのだから上手側に立っている方が違和感がない。


 「公演中に部屋の外に出ればどうやったって気付かれます。最初の場面で上手側に控えていた人たちは計画に関与しているはずです」


 「違う……!」


 「もう、めませんか?」


 「なんだって……?」


 「演劇部の劇中に事件が起こったとしたら、先輩の言う通り、それはついさっきの事です。その割には、人が集まるのが速すぎでした。俺が行った時には軽音部員が二十人くらい居ましたよ。多分ですけど、人が来ないから、とか言ってサクラを頼んでたんじゃないですか?本当は彼ら自身を自分たちのアリバイの証人にすることと、部室に行かないようにするのが目的で」


 演劇部の役者は俯いて押し黙る。


 「……確かに、俺の推理には決定的な証拠はありません。でも、認めてくれませんか?」


 「違う。俺たちは、何も」


 彼の作った物語の台詞に重ねて言葉を紡ぐ。


 「演劇部の人たちは、そんな事望んでないと思いますよ」


 「…………」


 「軽音部が演奏を出来ないからと言って、それで劇の観客が増えるとも限らないじゃないですか」


 長い、永い沈黙の後、絞り出すように呟く。


 「……俺も、心の中ではわかってたのかもしれない。取り返しのつかないことを、してしまった」


 そんな彼に、大丈夫ですよ、と言葉を投げかける。


 「あなたのしたことは、まだ取り返しのつかないことじゃない。今から謝って、楽器の修理を手伝いましょう。俺も一緒にやりますから」


 「どうして、そこまで?」


 「あの劇、俺は結構好きでしたよ?こんな手を使わないで、正々堂々とやりませんか?」


 驚いたように顔を上げた後、何かが吹っ切れたように苦笑すると、


 「まずは、部のみんなに謝らないとな」


 「やっぱり全員が知ってるわけじゃないんですね」


 「ああ、知ってるのは俺を含め、一部の部員だけだ。特に部長なんかに話したら絶対に反対されるからね」


 この人が部長じゃなかったのか。


 「部長は照明兼、音響だよ」


 ……本当に人数足りてないんだな。

 歩き出しながら、彼が俺に問う。


 「一応、参考までに聞きたいんだけど、あの脚本はどうだったかな」


 「そうですね。いくら人数が足りないからって、犯人が最後に登場するのはちょっと不公平かな、とは」


 「やっぱりバレてたか」


 「そりゃあ。暗転で幽霊役の人に火傷のメイクと、包帯を巻いて棺に入れたんですよね」


 舞台の上で血糊を塗るとは考え辛いから、あらかじめ包帯には血がつけられていたはずだ。暗転時は暗く、あまり時間もかけられないせいで巻き方が血を付けた時よりズレてしまったんだろう。


 「背中にまで血が付いてましたよ」


 「もう君に脚本を書いてもらいたいくらいだね。でもまぁ、明後日の公演は自信があるからさ。また見に来てくれよ」


 死体兼犯人に、脚本兼主役か。みんな大変な思いをしているみたいだ。


 「俺はあいつらの努力や苦労を踏みにじるようなことをした。彼らに……許してもらえるのかな?」


 「ええ、きっと。やり方は間違ってましたけど、演劇部を想う気持ちは正しかったはずですから」


 なんなら俺も一緒に謝りますよ、冗談めかして言ったとき、校舎の影から二人の幼馴染が現れた。


 「私たちも手伝うよっ」


 「俺らに出来ることがあったら言ってくれ」


 「……いつからいたんだよ?」


 二人は顔を見合わせると、苦笑いを浮かべた。


 「君の友達かい?」


 「はい。こいつらは秘密を漏らすようなことはしません。信用してください」


 俺が言うと、


 「いい友達を持ってるんだね」


 「はい。とってもいい奴らですよ」


 人は、その想いの強さ故に間違いを犯してしまうこともある。でも、それを償うことが出来るのも、想いを、その正しさを強く信じられるからだ。

 曲がらない信念は、道を踏み外した時のしるべとなってくれる。

 だから、彼も、共に歩む人たちも大丈夫だ。


 色々あったけれど、演劇部の劇を発端としたこの物語はこれで本当に終幕だ。

 本当は残りの二日間での『後始末』の方が労力を要したのだけれど。来年の文化祭はもう少し穏やかに過ごしたいものだ。

 それでは。

 また次の事件……が起こらないことを願って。

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