解決
緊迫した空気の中、少女が口を開く。
「あ!私、犯人分かったかもっ!」
「誰だよ、犯人?」
どうせ当たらないだろう、とでも言いたげに少年が問う。
「あの人!あそこのこんにゃくの人だよ!」
「お前、脅かされた事まだ根に持ってるのか?」
「そんなことで犯人扱いしたりしないわよ!」
「だったら、どうしてだ?あの人は俺たちが死体を発見したとき、俺たちの後ろにいたんだぞ」
「殺された女の人は私たちが来る直前まで生きていた。だったら、犯人は近くにいたはずでしょ?」
「だ、だったら、あなた達が犯人かもしれないじゃない」
こんにゃくの女性が反論する。
「私たちは犯人じゃないもん!」
「そんな無茶苦茶な言い分があるかよ」
スタッフの男も呆れ気味に言う。
「仮に彼女が犯人だとして、どうやって殺したって言うんだい?」
警官の問いに、
「例えば、ほら。天井からぶら下がってナイフを投げるとか。ひょいっと」
「達人かよ」
「もしかしたら昔、軍人だったとか」
「ち、ちがいますよ!?」
「わかってますから」
話を振った張本人も、止めておけば良かったという表情で女性を落ち着かせる。
「大体、死んだ幽霊は背中にナイフが刺さってるんだ。あそこから投げたらどうやったって前に刺さるぞ。それにナイフは死体には残ってない。回収する方法が必要だろ」
「あ、確かに」
少年の言葉に、少女は一瞬、口を閉ざす。
「でも、こんにゃくが落ちてきたとき、既にあの人が天井に居なかったとしたらどうかな?」
「そ、そんな仕掛けがあれば、あそこの人にも犯行は可能ですね」
彼女の意見を後押しするように客の男も言葉を放つ。
「お前はどうしてもあの人を犯人にしたいみたいだな」
「だって……」
「わ、私には、そんな事をする動機がありません。さっきも言いましたが、私はバイトでここに来てるだけです。被害者の方のこともよく知りませんし」
「大学の休みを利用しての短期バイトでしたね?」
警察官は自分の持っている情報と照らし合わせるように質問し、聞かれたほうは頷いて肯定の意を伝えた。
「どっちにしても、やっぱり彼女には難しいんじゃないか?」
「なんでよー」
少年は棺の前の床を示して考えを告げる。
床に飛び散った血液。棺の側面にも血糊が付いている。
「見ろよ。ナイフを抜いたせいで相当の出血量だ。これなら犯人も結構な量の返り血を受けているはずだろ?でも、彼女にはそれがない。着替える時間も、血の付いた服や凶器を処分する機会も無かったはずだ。あの持ち場に帰ることも出来ないんじゃないか?ここは俺がずっと見張ってたからな」
「そうですよ。あなた達も、私があそこから降りてくるの見てましたよね?」
彼の言う通り、少年がずっとあの場を見張っていたのなら、その目をかいくぐってあの女性が自分の持ち場に戻ることは難しいだろう。
「ぐ……」
少女が押し黙ったのを見て、警察官が再び口を開く。
「では、さっきの話に戻りますが、いなくなったもう一人のスタッフがこの施設から出ていくのを見た人はいないんですか?」
「少なくとも、出口からは出てないと思いますよ」
思わせぶりな態度の男。
「出てないと思うと言うのは?」
「さっきも言いましたけど、あいつはいつも顔を隠してました。いつもと違う格好をされたら他の客と区別がつきませんよ」
「な、何が……言いたいんです?」
弱腰の男がやんわりと言い返すと、顔を背けて「別に」と呟いた。
「今のところ一番怪しいのはその消えたスタッフですね」
顎に手を当てて警官が漏らす。
「その人って、普段はどんな仕事をしてるんですか?」
何か思いついたらしい少年が疑問を投げかける。
「ん?ああ。あいつはミイラの格好して客を脅かしてたんだ。それなら顔を晒さずに済むからな」
「そうですか」
ありがとうございました、と礼を述べると少年はその場を去ろうとする。
「ちょっと、どこ行くの?勝手は困るよ」
「トイレに。身体検査も終わってますし、少しくらいなら大丈夫ですよね」
「わかった。ちゃんと帰ってきてくれよ」
その言葉を背に受けながら少年は出口方向に向かっていき、その場を後にした。
「さっきから人を疑うようなことばっか言ってますけど、あなたはどうなんですか?」
一人になった少女が、出口付近にいた男性に尋ねる。
「んだと?つか、お前に言われたかねーよ」
それもその通りだが、警官は男の話題を掘り下げる。
「あなたのアリバイは確かなんですよね?」
「そこの男も言ってたろ?俺はそのころ出口でちゃんと仕事してたよ」
そいつが信頼に足るかと言われれば微妙ではあるけどな、と嫌味っぽく言い足した。
「さっきから、何なんですか?」
不平を口にする男に、ふん、と鼻を鳴らすと目を瞑る。
「どうやら僕を犯人にしたいみたいですけど、それってあなたが真犯人だからじゃないんですか?」
「お前が俺を見てないってんなら、お前のアリバイも怪しくなるが?」
「あなたがやってたのって、障子の穴から腕を出すところでしょう?腕だけなら、あれが本当にあなただったか、わからないじゃないですか」
「俺じゃ無かったらそれこそ誰なんだよ?」
二人が言い争うところに、少年が帰ってくる。左手には細長い白い布が握られていた。
「その辺にしましょうよ」
「君、手に持ってるそれは?」
「この先の茂みで拾ったんです。犯人を特定する重要な手がかりですよ」
「って言うことは、犯人が分かったんだね?」
少女の問いに、ああ、と短く応え、語りを続ける。
「これ、何かわかりますか?」
声を上げたのは障子の男。
「包帯、だろ?ミイラ男の」
「はい。僕もそう思います」
警官が続きを促す。
「どういうことなのかな?」
それに答えたのはまたしてもスタッフの男性。
「つまり、犯人はやっぱりミイラ男だったってことだ」
自信満々に笑みを作って推理を紡ぐ。
「あいつは幽霊を刺殺した後、包帯を外して、何食わぬ顔でこのお化け屋敷を後にした。俺を含め、誰もあいつの顔を知らないからな」
いや、と首を振り続ける。
「後にしようとした、か」
彼は出口付近で止められたという客に目を向ける。
「それと、あいつじゃなくてそいつだったな」
「そんな!」
「初めから怪しいと思ってたんだよ。『お前』の控え位置は、そのガキが包帯を見つけてきたあたりの茂みだったはずだ。もう、お前しかいねぇだろ」
「ち……っ」
否定しようとした男の声に被せて少年が台詞を吐く。
「違いますよ」
よく見てください、と言いながら、彼は左手を上にあげて持っている布を床に向けて垂らす。
「この包帯、どこにも血が付いてません。さっき言った通り、犯人なら少なからず返り血を受けているはずです。もちろん、その男の人の服にも血なんかついてませんよね?」
「ふむ……言う通り、この布に血痕は無さそうだ。拭き取れるような材質でもないみたいだし」
出口の方に近づいていき、包帯を検めた警官は、少年から証拠品を受け取る。
「それなら、どうしてわざわざそんな証拠を残したんだ?」
「あなたがしたような推理に誘導するためでしょうね。適当な客に犯人役を押し付けようとしたんでしょう」
忌々しそうに男性スタッフは舌打ちをした。
「だったら、誰が犯人なんだよ?」
少年は探偵を意識しているのか、ゆっくりと現場を歩き始める。
「あんなものを現場に残しておくくらいですから、犯人は間違いなくミイラ男でしょう」
入口方向に向かってゆっくりと歩きながら言葉を紡ぐ。
「問題はその正体ですが」
歩いてきた少年に場所を開けるように障子男が立ち位置を動く。
「君にはわかってるんだろう?」
警官の言葉に「ええ、もちろん」と答えると、足を止め振り返りながら左手を頭上に掲げる。
「犯人はあなたです」
振り下ろされた指の指す先に、そこにいた全員が言葉を失う。驚きではない。戸惑いだ。
「……どこ、指してるの?」
少女の言葉に、まだわからないのかとでも言いたげな少年。
「あの棺だよ」
「棺?」
「床にはあんなに血が飛び散ってるのに、その近くの棺、その正面には血が付いていない」
「本当だわ。側面にはついてるのに」
女子大生もその事実に同意を示す。
「それが意味することは、犯行時、棺が開いていたってことだ」
「棺は、開いてたのかい?」
「薄暗かったので、実際に見たわけではありませんが、そう考えるのが自然です」
少年は続ける。
「『彼』は棺の中にいたんです。俺たちが来るのタイミングで、脅かそうと姿を現した幽霊の背後で棺を開け、ナイフを突き立てた。そして、そのまま凶器を持って棺の中に戻ったんですよ」
「て、ことは……」
「まだ居るはずだぜ。その棺の中にな」
恐る恐る棺に近寄る警官。
「開けますよ?皆さんは離れて」
ゆっくりと蓋を取ろうとすると、棺を塞ぐそれが勢いよく開けられて警官の体が押しのけられる。
現れたのは背の高い男。胸からお腹辺りにかけてが赤く染まっている。棺の蓋の裏側にもべったりと赤い液体が付着していた。
一瞬バランスを崩したが、すぐに体勢を立て直すと、ナイフを振り回す男を背負い投げで取り押さえた。背中にも僅かに赤い跡が付いている。警官が凶器を奪いミイラ男に手錠をかけると、観念したようにゆっくり立ち上がる。
「なんで、殺しなんてしたんですか?」
少年が問うと、犯人は力なく語りだした。
「あの女は、母親と、俺の仇なんだよ。あいつが適当に捨てた煙草のせいで俺の住んでた家は燃えちまった。そのせいで俺を庇った母親は死に、俺の顔には大きな火傷跡が残った」
ミイラ男は顔の包帯を外すと、そこにある傷を示した。
「だから、ずっと顔を隠してたってのか?」
男性スタッフが聞くと、
「そうさ。俺の家は貧乏で整形なんてできる余裕もないしな。あの女がここで働いてるのを知って、俺もここに来た。顔の跡で、俺の正体に感づかれるわけにもいかなかったかったんだ」
そんなの、と。
犯人の告白を聞いた少女が言葉を零す。
「そんなの間違ってるよ。復讐なんて。お母さんは、きっとそんなこと、望んでなかった。体を張ってまであなたを生かしたのは、あなたに幸せに生きてほしかったからじゃないの?」
「そう、だよな……。心のどこかでは、わかってたんだ」
男は俯いて小さく呟いた。
「俺は、どこで間違ったんだろうな?取り返しのつかないことをしちまった」
ミイラ男は、天を仰ぐ。
「…………本当に、ごめんな。母さん」
こうして、事件は幕を下ろした。




