勇者と魔王
そろそろ、物語を動かしていきたい、けれど!
王妃エスレッラは死の床から復活してからと言うもの、不眠不休で働いていた。
人間の身で流石にそれは過労で倒れるだろうと、休息を取るように言葉をかけるも、彼女は溌剌と笑顔で応えた。
「内政改革など、魔の山攻略の強行軍に比べれば児戯に等しき事です。
お気遣い大変痛み入りますが、今私がここで手を緩めますと、この国は崩壊よりも悲惨な末路を辿ります」
目には熱い光が宿り、言葉には強固な意志が込められている。
俺はそれを聞きつつも、母と満足に遊べずつまらなさそうにしている主人たちを知っているため、もう少し何とかなればとも思うのだが。
エスレッラは譲らない。譲れないのも分かっている。
彼女はルーの治癒の力から解放されて目を覚まし、まずした事は、城内外と国家の情勢確認。
現状把握だった。
双子の無事を確かめると、城内の人間の様子を確認。これは生存者は居らず、逃亡者は王妃王女のドレスやアクセサリーや城内の備品などを盗んで消えている。
宝物庫は開ける事が出来なかったのか、辛うじて無事ではあった。
それを把握した時のエスレッラは、まさに怒髪天を突く勢いの激怒オーラを漂わせた。
「幼子を放置して保身で逃げ延びる事すら罪だというのに………」
ゆらゆらと怒りのオーラに舞い上がるエスレッラの黒髪。その眼光の鋭さに、俺ですらたじろぐ程だった。
話を聞けば「勇者」の称号を得て、各地巡り冒険を尽くしてきたという。
ここ最近は、俺の降臨が無かったので邂逅は無かったが、滅ぼすためではなく、この強い意志と魂の勇者と一戦交えるのも一興だったのかも知れん。
それを心地よく思わせてくれるほどの女傑だった。
エスレッラは双子を抱き、無事を確認して双子に語りかけた。
「メル、ネル。あなた達はこの国の王女です。母は王妃でこの国の母です。
父王は倒れ悲しいですが、良いですか?私達には役割があります。大切な国を守る役割です」
「おかかたま!ネーはおうじょれす!よいこれしゅ!」
「メーも!でしゅ!おうじょれしゅ!」
双子は母を、必死に見つめて縋り付こうとするも、エスレッラに押し留められた。
「そうです、良い子達。
よくお聞きなさい。これより母はお父様の残してくださった、この大切な国を守らなければなりません。あなた達を抱っこする事もお話しする事もこれからはできません。
母は母のお仕事をするからです。
良いですか、あなた達はあなた達のお仕事をするのです。
王妃として命じます。
メル王女、ネル王女、これより王女の仕事に従事しなさい。
毎日よく寝てよく遊びよく食べ、よくお勉強をして、ま、勇者様やベルデア様やルー様、その他皆様の言う事をよく聞いて生活をするのです。
出来ますね?」
「「あい!」」
双子は手を上げて元気よく返事をした。
エスレッラは双子を堪らず、と言った感じで抱きしめた。
「良い子です!
母は大忙しで、なかなか会えません。会えないものと思いなさい。
けれど、メルとネルの事はきちんと見ています。
立派な王女のお仕事を頑張りなさい」
「「あい!」」
親子の邂逅はそれで終わった。
そして毎日身を粉にして働いている。
国の母として、双子の母として。
俺自身もルーも、このトランに何ら関与する事はしていない。
まあ、神官?騎士団長とか、ゴミとかは殺したが。
その後の内政等々、政治関与はしていない。
俺たちのすることではないからな。人の領分だ。魔の介在する必要がない事を、エスレッラはその姿勢で俺たちに示した。
小さき人という種族、そう思うが、このエスレッラの様に、強靭な意志をもって真っ直ぐ立ち、天地に視野も思考も巡らせて、確かな一歩一歩を踏みしめて行く様は、見事だと感嘆する。
彼女は最良の選択をした。
双子の可能性を大切にして、そして生かす道を選び。
自ら犠牲になる未来を選ばずに、共に生き、共に歩む、そして導き手となる為に選択をした。
エスレッラはルーにひざまづき、眷属になる事を願い出た。
俺ではなく、ルーを選ぶあたりで、エスレッラは中々侮れないのだと、内心苦笑したものだ。
「ルー様。
このエスレッラを、どうか御眷属の末席に加えて頂きたく」
ルーはエスレッラを値踏みする。
下手な存在を眷属には出来ない。
ルーの父は全てを司る世界そのものと呼べる存在だ。
「一応、それを望む理由を聞かせてもらえるかな?」
ルーの声に温度は込められてはいない。
「は、私は我が子とした、この世の奇跡そのものの全てを守り通すため、その力を欲します。
それは私自身の変化も、後ろ盾も、何もかも全てに望みます。
それには私は人間である事を止める必要があるからです」
声に迷いも淀みもない。
成る程、勇者か。
「ふうん。双子の為か、なら良いよ」
あっさり認めたよ。
ルーはニコリと笑う。
「二人はもう僕の奥さん達だから。
彼女達を愛する者が真っ直ぐ生きるのを応援するのが、夫の役目だよね」
そして、ルーは黙って見ていた俺に目を向け、エスレッラに一つ尋ねた。
「何故、彼に仕えたいとは言わなかったのかな?」
ハッとして、エスレッラはバツの悪そうな表情になる。
ルーの瞳には、面白いものを見つけた時の、悪戯をする子供の様な色合いが見受けられる。
「恐れながら……、正直申し上げますと」
非常に言いにくそうに話し始める。
曰く、勇者たる自分自身の肩書きを最大限に生かし国を復興させる目下の目標を迅速に叶える後ろ盾の看板を意識した、という事だ。
双子を第一に考えれば、正当かつ確実性の高い手段を選び実行、そして成果を上げていかねばならない。
俺の看板でもなし得るものは多いだろうが、国家の看板に魔のものが深く関わると宣伝する必要も確かに無い。
そもそもが、俺の魔王としての名は、中途半端な悪い噂では済まない。
エスレッラの選択は俺も支持するところだ。
「王女達を救って下さり、更に愛して下さり、感謝し尽くせません。
しかしながら、こればかりはお許しください」
「魔王に与する堕落した勇者、と後世に伝えられる事を主人たち擁する国家に許されるべきではないな」
「は……」
申し訳なさそうに項垂れるエスレッラ。
「気にするな」
言ってやると、エスレッラはハッと顔を上げた。
「俺はもう既に勇者様だからな。魔王云々に関する事はもう知らん」
ははは、と笑ってやると、エスレッラは深く頭を垂れる。
「お気遣い、深く深く感謝いたします!」
これで丸く収まったな。ルーの奴め、王妃の心根を理解した上で試したな。
俺をダシにして。
まあ、これで名実ともに俺がこの世界の勇者になったとも言える。
俺の勇者様生活は幸先が良い。
ルーがクスクス笑い出す。
「なんだ?」
「ふふ、君って可愛いよね。ホント」
トランのこの先の方針もほぼ定まり、王妃、いや女王エスレッラの政策も定まり、新生トランは緩やかにその歩みを始めた。
その日の深夜、メルとネルの二人の王女の悲鳴が城内に響き渡った。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。