育児日記
世のお母さんたちお疲れ様です。
と言う気分になった、今回の執筆です。
魔王、今日から勇者です。
メルとネルは元気だ。
元気いっぱい元気だ。
本当に元気すぎて驚く。
これまで抑圧されてきたのだろうと、不憫に思い、好きにさせていたが、あれは違う。
きっと天性のものだ。
ベルデア配下の女官たちは、もちろん人では無い。
もう人の寿命の何倍も生きてきた経験豊富な存在たちだ。
そんな存在たちであっても、メルとネルの元気さは規格外だった。
泥だらけになるなどまだ可愛らしい。
耳や鼻の中まで泥まみれになるとか子供怖い。
土食べるとかやめて!
木登り元気でよろしい。とかそんなレベルじゃ無い。
樹齢数千年の大木をスルスル登り数十メートル上から飛び降りるとかやめて!
俺が死ぬかと思ったわ!
お風呂で死体ごっことかやめて!
冥界まで迎えに行くところだったぞ!
虫を食べるな!
せめて火を通せ!
石にかじりつくな!
火に飛び込むな!
水の中じゃお前たち息できないだろ!
等々、目を離すと確実に死亡するフラグを絶え間なく立ててくる為、絶え間なく俺をはじめとし女官もルーもルーがそれとなく触れを出した各種自然界の精霊たちまで、その死亡フラグを叩き割らなくて成らず、日々悲鳴と怒号と何やら訳の分からん叫びが宮中に響いている。
トイレトレーニングはあっさり終わったのにな。
メルとネルの母親である王妃は、今や完全復活を果たした。
今や精力的に内政を建て直している。
その為、多忙を極め、双子に割く時間はない。
俺を含めた魔族が子守の役割を担っている。
不満はない。
主人たちの全てに携われるのは至高の喜びだ。大変満足だ。
しかし、日々翻弄されながら気付く。
メルもネルも、肉の器こそ人間のものではあるが、精神の在り方も肉体の強靭さも人のそれを超えている。
これからもどんどん超えて行くだろう。
俺やルーとの魂の婚姻も少なからず影響はしていたとしても、現実に突きつけられる現象はその範疇を超えて余りある。
魂は人のものではない。
初めて出会ったあの時から、それは理解していた。
子供の無垢さとは明らかに違う、その存在の清涼さ。純粋さ。
ルーの新たな妹と言うわけでもなさそうだ。
本人に確認してみたが、覚えはない上に、父の気配とは違うとはっきり言っていた。
その辺は、俺に奴が隠したり嘘をつく理由が無いので、一応信用している。
奴の父親なら幾らでも隠し子を作りそうだが、まあ、そう言う話も俺には入ってこないと言うことは、違うのだろう。
いかん。
話題に出すと、アレは介入してくるかもしれん。
精神からシャットアウトだ。
「ゆうたたま〜」
メルがふわふわの白いワンピースドレスを着せてもらい上機嫌で駆け寄ってきた。
背景でネルがまた木によじ登っている。
「どうした、メル?」
「えへへへへへ、だぁっこー」
くうっ!!!
「よしよし」
抱き上げると、女官にお願いして作ってもらったと言うポシェットから何かを取り出そうとごそごそしはじめる。
「どうした?」
「ゆうたたま、こえあげりゅ!」
キラキラ輝く笑顔で俺に手渡してくれたのは、力加減が出来ずに握りつぶされ絶命したカマキリだった。
カマキリよ、お前の命は尊い犠牲だ。
きっとルーの眷属がより良い流れに貴様を導くだろう。
「あ、ちびれちった!」
「メル、死んだらバイバイだぞ。カマキリさんにバイバイまたね、と言えるか?」
この俺が、まさに虫けらを「カマキリさん」と呼ぶ日が来るとは。
しかし、教えるべくはしっかり教えなくてはいかんのだ。偏った教育は毒だ。
広く公平に物事や世界を見渡せる視野を育ててこその養育者だ。
「ちんじったのー。
かまちりたん、ばいばい。またねー」
メルはポイっと手の中のカマキリを放った。
そうじゃないんだが、まあ、そうなのか?
うん、まあ、今はよし。
メルは自らの手についたカマキリの体液をじっと見つめる。
気持ち悪いものな。
拭くものを、と女官が動くよりも先にメルがペロリと手を舐めた。
「ぺっしなさい!!!!」
「ネーは!ちょうこちょとべゆ!」
俺の叫びとネルの得意な宣言が重なる。
「ネル様!飛び降りるよりも普通に降りて来る方がとっても難しくてかっこいいんですよ!」
「にゃぬう?!
まちてて!!かっちょにょくおりりゅ!!」
女官の間を置かない指摘と誘導に素直に従うネル。
どこから持ってきたのだ、白い布を首に巻いてマントにしている。
ああ、テーブルクロスか。
「メル様、ぺっしましょうねー」
「まじゅいー」
女官が俺の腕からメルを受け取り、うがいをさせに行く。
木から飛び降りずにきちんとスルスル降りてきたネルは、テーブルクロスマントを取り上げられるも、それを二人の女官に端を持ってもらいゆりかごを作ってもらい、その上で跳ねて遊んでいる。
今日もカオスだが、平和だ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。