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『ティエ ファルン』

予約投稿を忘れてて、しかも途中で書くの忘れてたのを4時半に気付き、慌てて書き上げて投稿です。


『ティ リ ルルント リ ファリス ティエ ネスト』

囁くように、歌うように、幼い頃からその少女の耳に響く音があった。

それは誰かの声のようにも思えるし、小鳥のさえずりのような、風が木の葉を揺らすさざめきの様にも思えるけれど、その正体はいつも見えない。

物心ついた時から聞こえている。

陽の光の中に、夜の闇の中に。どこにいても、何をしていても意識の内外問わず気付けば聞こえている。

それはとても優しく温かいものだと、少女は思う。

彼女には名前がなかった。

親だろうと思われる男女からは「おい」とか「これ」「それ」と呼ばれる。

物と等しく扱われ、名前を呼ばれることはなかった。

常に労働を強いられ、気に入らなければ暴力をふるわれる。

痛くて悲しくて辛くて、怖くて震える日に、優しい音に話しかける。

物置の隅が少女の寝床だった。

『ラフィ リ レンシエンス ラ ティワイエン ティリ レン』

「わたし、どうして、ここでこんなめにあうの?こわい……、かなしい」

音に話しかける。

涙は少ししか出ない。体の中の水分が枯れかけているからだった。

「かえりたい」

少女は悲しくて辛い時いつもそう呟いてしまう。

この酷い家以外、家はない。

でも、本当に辛くて仕方がないと、心が酷く温もりを求めて言葉が出るのだ。

「おうちにかえりたい」

世間を知らず、親以外の人間も知らない少女は、深く疑問を抱くこともなく、音に話しかけてそしてわずかの間だけ眠るのだった。

そんな日々の中で、少女は音が自分に何かを語りかけて、そしてその音が言葉で意味のあるものだと感じ始める。

はっきりと確信した訳ではないが、何となく、音の語る意味を掴み始めてた。

『ティエ』

「ひかり」


『ヌエト』

「まっくら」


『シエンテ』

「はたらくひと?」


『ヌェト ブェン リエト』

「しなくちゃいけないこと」

『ティ エ リェント シェン』

「わたしがするの?なにを?」


『リェン シェント ネリス エリスェンヌス フェフス レェン』

「やくそく?たいせつな、わたしだけの…。ぜんぶの?」


音は少女を包み込む。

理不尽が止むほんの僅かの真夜中のやり取り。

音は声。

何かの存在なのだと、少女も理解し始めていて、その存在を何かであるとだけ思い留めて、受け入れていた。それが少女の運命を大きく揺るがす事になる。

音、声とともに温もりに抱かれる感覚を少女は夜毎に過ごしていき、やがで胎内に新たな命を宿した。

処女受胎である。


少女に対して、暴力たる意志以外向ける気の無かった者たちには、彼女の体の変化に気付く機会を遅らせた。

それらが幸いしてか、彼女の胎内に宿された命が脅かされる危険性が減ったのは、何の皮肉だったのだろうか。

しかし、少女を物として扱う者たちが最後まで何も知らずにいる事はやはり不可能であった。

「このアバズレがあぁあ!!」

少女が母となるその出産の苦痛は無かった。

出産にそもそも苦痛が伴う知識もなかったのだが。

小さな二つの命を産み落として、そして罵詈雑言を雨の様に浴びる。

生まれたのは双子の女の子。

「畜生が!」

棍棒で酷く殴られる。

無慈悲にその棍棒は赤子達にも向けられようとするが、思い切りよく振り上げられた棍棒が何も無いのに空中でぼきりとへし折れた。

「ちっ!」

大きく舌打ちして、男が、少女の父親だろう男が、赤子を踏みつぶそうと足を上げた。

「こんな畜生もどき!こうしてくれる!!」

少女は止めようにも殴られすぎて動けない。

けれど、ぼきり、と鈍い音が響いた。

「か、はぁっ?!」

赤子達を踏み殺そうと上げられた足、それがそのままに男は固まったまま、どっと背後へ倒れた。

「が、か、くっ、がぁあっ」

小刻みに体が痙攣し口から血泡を吹く。そして程なく絶命した。

『ティエ ファルン』

低く怒りに満ちた声が少女に届く。

「あ……」

少女はその声を聞いて目を見開く。

『ティエ ファルン』

「ティエ………ファルン。

あ、わたし、わたし、私」

そう、私。

私、私はそうだ。

私のからだから生まれたその方々を抱く。

「お、お前?!

何をした!!!この恩知らずが!!!!悪魔がああああ!!!!!」

愚か者が喚いている。

私のからだをひたすら害し貶め続けてきた者たちの一つ。

ここにある不自然かつ歪な存在。

私は視線を向ける必要を感じず、そのままに捨て置く。

私の役目はまだ終わりではない。

私をこれまで閉じ込めていた小さな家を出る。

外は荒野に近く貧しい土地だ。

私が外に出れば、悪意の家はその役割を終えて、決して強くない風に風化して崩れて風に攫われていく。

「んなつ?!」

「風よ、我が同胞はらからよ。今我らの奇跡を貴方方に託します」

私の腕から、愛しく尊い方々を、暖かな風が包み込み連れて行く。

世界に愛される存在、歪みに憎まれる存在。

愛しい我らが君。

「ば!バケモノめ!」

背後からの怒声。

私のからだに衝撃が走る。首をひねり見やれば、刃物が自らに突き刺さるのを確認した。

「愚劣なる汚れか」

私の役目は終わった。

『ティエ ファルン』

声がする。

世界の声だ。

私の声だ。

「光よ戦え、その意思の指し示すままに」

私のからだは崩れ倒れた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

双子を産んだ実の母親のお話です。

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