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王妃 エスレッラ

少し背景事情に触れます。

魔王出て来ません。

エスレッラは戦っていた。ずっとずっと戦ってきて、今も戦っている。ありとあらゆるものと。

思えば物心ついた頃から戦っていた。

彼女の両親は、歪んだ人間性の結晶の様な下衆達だった。

自分の子供が無垢であることを許さず、歪めようとあらゆる悪意に晒した。

暴力暴言は当たり前の日常で、幼少期に既に体を売らされた。

肉体を弄ばれながら、決めた。

もうその頃の歳など思い出せはしないが、はっきりと決めたのだ。

この悪意の世界に屈することはない、と。

敗北し下落した奴隷だと、両親やその他の下衆達はエスレッラを踏みにじり蹂躙し尽くしたが、決して心は開け渡さず、魂は売らなかった。

非力な自分が許せず、力を欲した。

奇跡を待っても来ないことはもう分かっていた。分かってしまっていた少女と呼べる歳に差し掛かった頃、家を飛び出した。

奴隷と侮っていた下衆達の財産を持てるだけ持って計画的な逃亡を果たした。

求めるものがあれば、自ら動かねば世界は変わらない。

それを理解したから行動に移した。

入念な計画と準備のお陰で、完璧に逃げ切れた。

奪った財産は逃亡経路の目的地までの路銀で使い果たした。それも計画のうちだった。

エスレッラは貧しい土地の貧しい小さな農村の生まれだったが、遠く遠く離れた西の国に冒険者の為のギルド本部がある。

そのギルドは国営で貧困で困窮した人材を冒険者として登録し身分を保証してくれると知り、その国を目指した。

飛び出した村から三年の道のりだった。三年の旅で何度も命を落としかけたが、楽しかった。旅と冒険の楽しさをエスレッラは知ったのだ。

不安は希望と期待に塗り変わり冒険者ギルドの門を叩いた時には、サバイバルの実力はそこそこになっていた。

多くの冒険と多くの仲間と出会いと別れと、怒りに我を忘れた時もある、悲しみに暮れて足を止めてしまったこともある。

死を覚悟した事なんて、数え切れない。

けれども生き抜いて真っ直ぐ地面に立つことを諦めずにいたら、いつしか勇者と呼ばれていた。

諸国の王や貴族とのパイプも多く持ち、それらをフルに活用して生きていた。

もう愚かな悪意に潰されて歪められて殺される者が出ないように、エスレッラは戦ってきた。

そして出会ったのだ。

世界の奇跡に。

金に輝く魂の二つの宝。

魔物も出没する野に放置された双子の赤ん坊に、死した母であったものであろう魂が守っていた。エスレッラが双子と出会うまで無事だったのは、母の加護があったからだった。

『勇者様ですね。どうぞこの子達をお助けください。

世界の歪みに晒され消されようとする真なる奇跡そのもののこの子達を、どうか』

もうこの世のものではなくなった母の懇願にエスレッラは頷き承諾した。

切ない死者の願いがなくとも、エスレッラは双子を捨て置く気など無かった。

透明の様で虹色の光彩を放つ不思議な赤ん坊の瞳が、エスレッラを映して笑ったのを確認して、魂が砕けるほどの衝撃と、ああそうか、と納得が追いついた。

「そうか、そうだったのか。

ならば守らねば。この命を賭して守り育み、愛そう。

我が剣我が魂、このエスレッラの全てを捧げる、我が愛よ」

そして双子の養育に必要な環境を整える為、トラン国の皇太子からの求婚を受け入れたのだ。

エスレッラは今やトラン国王の王妃。

純粋無垢なる存在を潰そうと躍起になる悪意の嵐に晒されて今や病床に伏して、死を待つのみとなる。

肉は、内臓は、じわりじわりと腐っていく。

勇者の経験で得た知識の解毒の魔法をかけ一進一退を保っていたのだが、更に毒を盛られた。

もはや城内は歪んだ下衆達の巣窟になっていた。

我が子であり我が主人である双子の父となってくれた皇太子は国王となり、間も無く殺された。

この国を守り導く筈の聖騎士とその団長兼神官長達に。

夫であった国王は死体を弄ばれて、傀儡人形として腐食していく姿で城内を彷徨う。

国王と同じく、死体人形になった大臣達や忠臣達が城内を徘徊し、死毒をまき散らした。

その他の者たちは逃げ出した。

誰も双子を助け逃がそうとする者は現れず、邪悪な下衆たちとエスレッラと双子が城に残された。


死んではならぬ。


エスレッラは強く強く強く自らに念じた。

双子を残して死ねるわけがない。

動けなくなった体で、意識だけは決して飛ばさなかった。

泣いて縋る双子に、障りが出るから近寄るなとも言える力もなく、神官長のいやらしい勝ち誇った顔が、もう忘れ去ったと思っていた両親たちに重なった。

「おかかたま!あにょれ、あにょれ、ゆうたたまくるの!メーとねネーとねにょぶの!」

「おかかたま、ちなないでーちなないでー!ゆうたたまにたちけてもらお!」

愛しい我が子たちは、もう世話をするものがいないのだ、粗末な衣服を着させられている。

子供の衣服まで剥ぎ取りボロを纏わせたのか、と怒りが湧く。しかして呼吸を保つのがやっとのエスレッラは何もできない。

ニヤニヤと双子の背後で嘲笑う神官長は双子を殺す気なのだ。

勇者を呼ぶ?

何をさせる気なのか?

エスレッラは祈った。

神よ、と。

あなたの愛が悪意によって世界から消されようとしています。

あなたの奇跡が、醜悪な愚者に踏みにじられてしまいます。

神よ!!

「気高き魂を持つ王女たちよ、勇者召還を急ぎましょうぞ。王妃様を早く治して差し上げねば」

エスレッラの魂の慟哭に天も地も沈黙したままだった。

読んでいただきありがとうございます。

背景事情に触れないまま進もうかどうしようか迷いつつも、登場人物の一部として少し語りました。

次回も少し背景事情予定です。

今後とも、どうぞよろしくお願いします。

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