真紅の双子
殺すものは殺される覚悟を、てかっこよくかきたかったんだけど。
「た、たのむ……!娘を、娘を返してくれ!」
ドゥッチは痛めつけられ、床に転がされながらも懇願する。それが必死で悲愴さを増していく毎に、周りの男達は嘲笑を高らかにあげる。
「もってこいって言った金が足りねぇだろうがよ!満額持ってくりゃすぐ返してやるって言ってんのに、何やってん、だよ!!」
下卑た笑い声をあげる男に、ドゥッチは腹を蹴り上げられる。
ミシリと体内で音が鳴る。
痛みよりも衝撃に身悶えして、咳き込む。
喉の奥から血が逆流し、吐血する。
肋骨が折れて、肺に刺さったのだ。
もう、彼はかれこれ三時間以上暴行を受けている。
ここはどこの国にも属さない自治区とされているが、事実上無政府状態の元都市国家、現在大スラム都市ヴィボラ。
武装犯罪組織がいくつもせめぎ合い、まともな世界では生きて行くことが出来ない無法者や各国の手配犯逃亡犯の巣窟となっている。
その都市においてのあらゆる犯罪は被害加害共に日常茶飯事である。
そして、その世界の掃き溜めと言っても過言ではないその都市の一角のバーでは、やはりさして珍しくもない犯罪行為が繰り返されていた。
ドゥッチは娘を誘拐され、莫大な身代金を要求されるも、払えるはずもない。
家財一切合切を売り払い用意した全財産を持ち込んで懇願するも、相手の不況を買いオモチャにされて痛めつけられていた。
「ははっ!こんな端金でお前の大切な娘が帰ってくると思ったのかよ?馬鹿だねぇ」
また別の男がドゥッチの頭を踏みつけて嘲笑う。
「まあまあ、一人でここまで来て、全財産俺たちに差し出したんだ。ここいらで許してやろうぜ?」
「あ?ヨハン、マジかよ!?」
「おい!料金分持って来てやれよ!」
ヨハンと呼ばれた男が、店の奥に声をかける。
ギッ。
軽い軋む音を上げて木製のドアが開かれ、奥から肉屋の男が顔を出す。
店の奥は調理場だ。
現れた男は大きな皮エプロンを着用して、片手に肉切り包丁がしっかり握られていた。
「ほらよ」
しわがれた声と共に、何かが放り出される。
包丁を持つ手とは逆の手から、ドゥッチの前にボトリと放り投げられたもの。
「え?」
乱雑な切り口の腕だった。
肩口から切断された子供の腕一つ。
「え、は?……え?」
ドゥッチは意味がわからないという顔で周りの男達を見回した。
「む、娘、は?」
「金額分返してやるよ。そんくらいで足りるだろ?」
「な?え?」
「父親が料金出し惜しむから、可哀想な娘ちゃんは自分で残りを稼がなくちゃいけなかった訳だよ」
「ひ、あ、あ、あ、あああああああ!!!?」
ドゥッチの悲鳴とも怒号とも判別のつかない叫び声が響く。
ゲラゲラと男達が嘲笑う。
小さな腕を抱え込んで号泣するしか、もうドゥッチはできなかった。
娘が!娘が!むすめがあああ!!!
あああああああ!!!!
ぎゃははははははははははは!!!
あはははははははははははは!!!
悪意も害意も狂気とごちゃ混ぜで、それがそこの当たり前だった。
そこに、一つ声が降りる。
「血の匂いがするよ、悲しみと怒りと血の匂い」
「ほんとだ。ここは薄汚れた悪意の塊が渦巻き巻きだ」
子供の声だった。
「ゆーたん言ってたの。酷いことを笑ってやる奴は容赦なく潰せって」
「言ってたね。酷いことを平気でする奴は放置しちゃダメって」
いつの間に店内に鮮血の様に真っ赤な髪をツインテールに結った二人の少女がいた。
ドゥッチの泣きじゃくるその背後に。
にやぁり。
「「しんじゃえ」」
ドゥッチはそんな少女達の声を聞いた気がした。
あとは何があったかは、覚えていない。
ただ、その店でたまっていた犯罪者達、ドゥッチの娘をさらった男達、ドゥッチを除いた店内の客も、どんどん死体になっていった事は何とか理解できた。
ハッと我に帰ったのは、呑気な少女の声だった。
「メー!奥にいたよー。まだ生きてるよ」
「オッケー!腕持って来て、くっつけるし」
ドゥッチから娘の腕が奪われる。
「あ、あ、あ、あああ……へぶ!?」
何が起こっているのか分からず、パニックになって叫ぶとべちんと殴られた。
「おじさんうるさい」
真紅の髪の少女が、大事な娘の腕を奪って行くので、フラフラになりながらも必死で後を追う。
薄暗く悪臭のする厨房の奥に大量の出血をして調理台の上でぐったり横たわる娘がいた。
二人の少女が何やら言葉を交わして頷き合ってる。
「酷いね、肩の骨叩き砕かれて、引きちぎられてる」
「すぐ治してあげる」
「痛いの痛いの飛んでいけー。直ぐ治るからね」
眩い、けれども柔らかく暖かな光が生まれて、無残な姿の娘を包み込む。
「治癒、魔法?」
善なる神に魂を捧げ、天の序列に加えられた賢者が使えると言う魔法の一つ。
お伽話では、死人すら復活させられると言う。
ドゥッチの頭の中は、さながら少年期に読みふけって夢中になった数々の伝説の冒険譚が駆け巡る。
魔力が扱える人間は確かに少なくないが、欠損した肉体や千切れた肉体をくっつけてしまう様なものを扱えるものは、まずいない。
いないはずなのに、横たわる幼い娘の顔に血色が戻り、引きちぎられた腕が傷痕なくくっついて、破れた衣服迄も再生して行く。
「か、かみさま!かみさま!!ありがとうございまずぅありがちょうごじゃいまずう!!!!」
ここまで読んでいただき、ありがとうござい ます。




