おでかけ その7
今日はちまちま2つあげます。
遠い空が赤々と燃えている事に気づいた。
リズベルトは馬上からそれを確認し、焦りをさらに募らせる。
彼は騎士であり、侯爵家所縁の出である。
宮中の不穏な気配と、警護に知らされていなかった皇子殿下の急遽決まり執り行われた孤児院慰問の公務。
その話を知ったのは偶然だった。
宮中は最早悪意の巣窟。
王妃が亡くなられて音を立てて清き善きものが破壊され塗り替えられていったのだ。
警戒していたが、予想を超えて、何もかもが塗り替えられていったのだ。
どから、醜悪なもの達がコソコソと呟いていた声が彼の耳に入った。
「第2皇子様の継承権繰り上がりは間違い無くなりましたな」
「フランネイル殿下のご遺体は持ち帰るのか?」
「いやいや、肉塊にする様に命令されている。侯爵子息の死体も砕いてな」
ひひひひひ、とおぞましい会話と笑い声を聞き、脳が沸騰する思いだった。
思考は止まり呼吸も止まり、そして体は動いていた。
甲冑を身に纏い、単騎馬を駆けて急ぐ。
王都の外れの教会は、もう随分昔に打ち捨てられていたのだ。
嗚呼、敵のなんと愚かなことか!
愚かすぎる故の読めぬ行動に、リズベルトは内心歯噛みする。
第2皇子派が不穏であるのは分かっていたのに、こんなあからさまな暗殺を仕掛けてくるとは。
「神よ!我が国の光を守り給え!」
フランネイルもクリストフも、国家を背負って立つ国の希望そのものなのだ。
守らねば。
間に合ってくれ!と緋色を目指す。
薄闇が世界を染め始めた夜の帳が下りてくる。
はやく!はやく!と気持ちばかりが焦りもどかしさが募る。
視界に廃屋に等しい教会がみえ、そして首のない子供の複数の遺体が転がっている。
「ーっ!!!」
馬は止めない。
生きているものの気配ななかったのだ。
森へ向かう。
緋色が空を焦がす。
転々と子供達が転がっている。
無残に殺されて。
灰色の巨体がクリストフを見下ろす。
ふひひ、とそれは笑った。
「皇子様じゃあないんだねぇ、もう嫌んなるヨォ!」
「暗殺者か。貴様単独か?」
クリストフは相手を睨む。
「おやおやぁ、偉そうなお子様だねえ。あー、そっか!侯爵子息様がいたっけねぇ!
ご機嫌ヨォ!将来の大臣閣下か!宰相閣下!
あ、ここで死ぬから将来はないか!」
ひゃはははは!
暗殺者は体を揺らして笑う。
甲高い声とひょろひょろ動く不気味な巨体は、どこか道化を思わせる。
しかし、極彩色ではない。灰色なのだ。
クリストフは恐怖心を神の祈りで押さえ込んで冷静さを保つ。
そして口を開く。
「そう、私はクリストフ・グランドリアだ。お前は私を知ってるな、私もお前を知っているぞ暗殺者。
お前には同情してやろう、お前の今の飼い主が無能なばかりに、お前の一族は終わりだ」
クリストフは言葉一つ一つに重みを持たせるように静かに言い放つ。
「灰色の暗殺者は階位第6位だったか?我が国においての裏方を任されている一族だろう?」
「……………なんだ、頭空っぽのおぼっちゃまじゃ無いのか」
低い声が返ってきた。
暗殺者の声音から、ふざけた音は消えていた。
「頭の良い子だねぇ、パパから教えてもらったのかい」
再び暗殺者の声音は甲高くなるが、苛つきの色がにじみ出る。
言葉を間違えない様に、慎重に、そして相手に言葉を聞かせる。
自国のもう一つの世界の階位。
つい先だって、クリストフは父から聞いたばかりだ。まだ将来と言う先の話としての触りしか聞かされて居なかったが、想像と現実の事象と聞合わせた情報と推理を駆使して。
「そうだ、父より賜った。
お前達の世界において階位一位の一族である黒飼いをな」
灰色の動きが止まった。
こてん、と首をかしげる。
「タマワッタ?」
「そうだ。賜った。
私専属の黒飼いはまだ居ない、だが、遠くない将来に私の影になるものは既にいる。
意味は理解できるか?」
「……」
灰色は沈黙して、巨体からは考えられぬ身軽さでひよんびよんと後方に飛び跳ねてクリストフと距離を取った。
そして辺りをキョロキョロ見渡す。
「安心しろ。まだ居ない。が、私の影になるものは決まっている。
さて、私を殺してみるか?第6位が第1位の契約主を殺したらどうなるか、楽しみだな」
クリストフは出来るだけ酷薄に唇の端を持ち上げる。
「暗殺者、判断を間違えたな。
まだお前は、お前達は第2皇子派の子飼いになる必要はなかったんだ」
「ぐ………ぬぅ」
灰色は明らかな狼狽を見せる。
「灰色、逃げろ」
「?」
「金で雇われた連中を掃除しながら逃げてくれると、死んだもの達の因果関係を調べることに時間を割いてしまい、お前を追うのは後手になるだろう。
しっかりと一族に伝えると良い。
不問には出来ぬが、沈黙するなら追い立てはせぬ、と」
くきき、と灰色は身構えつつ周りをキョロキョロ伺いつつ、クリストフを見つめた。
「恐ろしい子だヨォ」
灰色の暗殺者は呟いて、かき消える様にその場を立ち去ったのだった。
「ーーっはぁ、はぁ、はぁ」
クリストフはその場で膝をつき、がっくりと地面に落とし手をついた。
肩で息をして呼吸を整える。
全身がガタガタと震えだす。
無遠慮な殺気をずっと向けられて居た。
正気を失わなくて、良かった!
クリストフは震えながら涙を流した。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
 




