おでかけ その2
物語は動き始めます。
フランネイルは憂鬱な気分で馬車の小窓から流れる王都の景色を眺めていた。
警護重視の作りの為、小窓からの見晴らしは決して良くはないのだが、それでも暗鬱とした気分が充満した様な密室で揺られる一方よりは、と視界を小窓の外に向ける。
ほんの少し前の日常では、フランネイルがこうして単独で出掛けることなど考えられなかった。
まだ社会に出るには幾分か幼年と判断される歳である。
フランネイル=フリンプシトは現在満10歳を数え、フリンプシト聖帝国の第一王子である。
先だって、聖帝国家正妃であった母が亡くなり、喪があけたタイミングで、第一王子は公務に駆り出されることになった。
それは、正妃と国王の関係の背景が強く起因する。
10歳はまだ成人に遠い。
公の場に公式に自立して立つにはまだまだ若年なのだ。
「ご気分がすぐれませんか?」
付き添いの侯爵子息のクリストフが気遣わしげに話しかけてくる。
「殿下?」
「いや、大丈夫だよ。気遣わしてしまってすまない」
そう彼だって急な公務駆出しだ。しかも予想外で予定外であったのは、クリストフもその生家も同じなのだ。
今回の急務は、フランネイルの弟である第二皇子ハインケルを王位に擁立したいその母親の差し金である事は明白だった。
嫌がらせなのだ。
宮廷内で、第一皇子よりも第二皇子の後ろ盾の方が脅威であると知らしめるための。
フランネイルの母は元来地位が低い。市井の出なのだ。貴族ですらない。
父皇帝と婚姻を結ぶにあたり、相応しい地位の貴族と養子縁組はしたのだが、市井の出だと事あるごとに陰口を叩かれてきた。
幼い子供のフランネイルにすら聞こえてくるのだ、相当なものだろう。
しかし、母本人はその声をはねのけて真っ直ぐ進む強さがあった。
国のため愛する人の為と、様々な功績を残した。
正妃として迎えられたからには、国に尽くす、と言う人だった。
母が王妃となってから、政治改革経済改革が成功して、国の内務も外交も大きく変わったと聞く。
元気で美しく賢い王妃。
皇帝陛下によく仕え愛し愛されと生睦じいことでも有名であったのに、王妃は急病に倒れ、間も無く命を落とした。
その後の、王妃の功績のくいつくしや乗っ取りがあまりにも早すぎて、国内では声なき声の噂が広まる。
王妃暗殺の噂。
王妃を心から愛していた皇帝は失意のまま、現在も抜け殻に等しい。
だから、不穏な貴族達をはじめとする第二皇子派の嫌がらせを回避出来なかった。
フランネイルは父皇帝が今日の事を知らない事を知らない。
慰問として訪れるは、名もない王都から外れた寂れた孤児院だ。
ほんのひと時、この茶番に付き合えばそれで済むと、幼いフランネイルは考えていた。
嫌な予感は感じていた。
けれど、そんな今日明日と狙われるとは、考えていなかったのだ。
何よりも、国内で大きな影響力を持つ公爵家長子のクリストフが付き添いである。
もし万が一にも、良からぬ極端な行為を狙っていたとしても、今回ばかりは無茶はしないだろう。そう思っていたのだ。
老朽化の進んだ粗末な教会は、修繕費すら捻出できないのは子供達の様子でよく見て取れた。
どの子供も痩せて見すぼらしく、そして諦めた目をしていた。
けれども、フランネイル達によく礼を尽くしている。
ふれあいの時間にフランネイルは孤児達の中でも年長者である少年に尋ねてみた。
ずっとこんな環境なのか?と
少年は首を横に振る。
少し苦笑いの様な、困った様な表情を見てせ「恐れながら」と前置きをして話してくれた。
その教会の子供達は、元々は皆それぞれ別の教会から集められて来たという。
孤児院として看板を出していなくとも、教会は困窮した民を救う名目で子供を幾人か保護し養うのが普通に行われ、あらゆる教育も受けさせると言う。
しかし、教会が突然各所の保護している子供達をその教会に集めたのがもう半年前だと言う。
かつての厚い保護はなくなり、食事も教育すら無くなったという。
フランネイルとクリストフはその話に顔を見合わせた。
作り話ではないか?
いや、彼らの様子はそうとは言い切れない。
二人は息を飲んで視線で言葉を交わす。
嫌な予感が膨れ上がる。
ここは、まるで用意された舞台では?
内臓の中で種の様だった不安が一気に膨れ上がり、全身の毛穴が開ききる感覚を覚える。
嫌がらせじゃない!
「殿下、帰りましょう!」
声を潜め、クリストフが促す。
しかしもう、気付いても遅かったのだ。
もう全てが整えられて、後は行うだけだったのだ。
ここにいるのは地位はあっても、力のない子供なのだ。
そして本当に力のない子供達。
起こる現実は、残酷な蹂躙だった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
できれば更新に穴を開けたくない。




