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紅に染まる白

「ヴィニジアだと……!!」


 目の前の女、ペルルが明かした彼女の素姓と身分、そして、忌まわしいその名前を聞いた途端に僕は今までとは違う怒りを込めて、最早、唸る等のレベルではなく怒号とも言える声をあげた。

 なぜならば、『ヴィニジア王国』と言うのは、いつも僕に討伐軍を差し向けてくる、かつての僕の故郷だからだ。

 自分のことを常に殺しに来る人間達が住まう国の王女が目の前にいるだけ、いや、それも加えて、毛嫌いしている人間がいると言うことだけでも怒りを感じるのは当然だが、さらに僕がこれ以上怒りを感じる理由が目の前に存在するのだ。


 この娘は……あの女の娘か……!!


 目の前の女は僕がかつて、今は亡き母以外で、『あの時』までは数少ない心を許し、信じていた存在であるあの女とあの男の娘なのだ。


 この瞳の色……ああ、間違いない……あの女の娘だ……!!

 僕を裏切り、見下した……あの女のものと同じだ……!!


 あまりにも僕が最も憎んでいるあの女と生き写しと言っても過言ではない程、似ている目の前の王女に僕の脳裏にあの女との忌々しい思い出が蘇り、増々と僕の胸に口から吐き出す灼熱の業火よりも熱く激しい憎しみと言う名の劫火が燻り始めた。

 そして、それをぶつけるかの様に


「我を幾度も殺そうとしてきたヴィニジアの姫君が如何なる用件で我を訪ねた!!」


 と怒りの眼を向けて僕は遠回しに彼女と彼女の両親、彼女の祖国を糾弾すかの如く、彼女に訊ねた。

 今にも怒りのままに炎を吐きだしそうな僕の怒号に彼女は圧されるも


「……白竜様……そのことについては心の底からお詫びいたします……」


「なに……?」


 自らの王族と言う決して、軽くはない頭を下げて、彼女は僕に自らの祖国、いや、父である王がしてきた仕打ちを謝罪してきた。

 だが、彼女は知らないのだろう。僕があの国を憎む理由がそれだけではないことを。


 フン……何も知らない、小娘が何を謝る……我の憎しみを知らない貴様らがどれだけ謝罪しても、それは無価値なものだ……


 僕は誰にも理解できない憎しみを心に燻らせながら嗤った。

 しかし、そんな由も知らないペルルは言葉を続けて、


「白竜様……失礼と愚かを承知でお願いいたします……」


「『願い』だと……?」


 ペルルは僕に真摯な眼差しを向けてきた。その眼はこの世で最も恐れられる『竜の目』を持つ僕が一瞬、たった一瞬とは言え、戸惑うほどまでに強い意思が込められていた。


「どうか……どうか……!我が国をお救い下さい!!」


「なんだと……?」


 目の前の王女はあまりに厚顔無恥とも言える言葉を僕に投げかけてきた。


「今、我がヴィニジアを始めとした各国家は勢力を強め、周辺国を侵略している帝国の進撃の恐怖に怯えております……!!

 どうか、あなた様の畏れ敬われるそのお力を貸し下さい!!」


 と再び、彼女は自らも自覚するほどの恥知らずで愚かな頼みを僕に告げた。

 その顔と声には必死さが込められていた。


「お願いいた―――」


 彼女は三度、同じ旨の言葉を僕にぶつけて来ようするが


―ズシャ!!―


「――――――え?」


「………………」


 三度目の言葉は僕の彼女の身体をかするかかすらないか絶妙な距離の地面目がけて、叩きつけられた僕の前脚であり腕と地面がぶつかる音で最後まで続くことはなかった。

 彼女は何が起きたのか分らず、ただ目を広げるだけであった。


「……ふざけておるのか?」


―ビクっ!―


 僕は怒りを超えて憎しみ、いや、最早、それすらも超えた苛立ちを込めて再び彼女に『竜の目』を向けた。

 彼女は自らの傍らを横切った死を感じさせた僕の腕を横目で見て、先程までは何とか隠しきれていた恐怖を最早、抑えきれずに顔に出した。


「散々、我の生命を狙いながらも……今度は人間同士の下らない争いで自らが危機を迎えるから我に助けろだと……?」


 僕は今度こそ、炎の息吹を漏らしそうなほどになったが、それを抑えて低い声で訊いた。

 僕からして見れば、いや、あらゆる自然に生きる生き物にとっても人間同士の争いなどどうでもいいものだ。どの人間が勝っても人間は自然を侵すのだから。

 そんな醜い争いに僕を巻き込もうとする浅ましさに僕はどうしようもない怒りを感じた。


「そ、それはわかっております……しかし……」


 ペルルは生命の危機がたった今、迫りながらも僕になんとか縋ろうとしてきた。


「黙れ!!」


「……っ!?」


 けれど、僕は彼女にとっては非情かもしれないが、僕にとっては至極当然のことながらも彼女の背負う王族としての使命を聞くこともせずに彼女を黙らせた。


「貴様……己が王族であるからと言って、我が自分に危害を加えることはないと思っているのだな?

 ならば、残念に思うがよい。我ら竜は何事にも縛られず、どの様な者が相手でも生命を容易く奪う……たとえ、それが一国の姫君であろうとな。」


 僕はその後、彼女に再び『死』を感じさせる言葉を告げた。

 恐らく、目の前のペルルと言う女は王族ゆえに今まで、その身分から自分に逆らう者がいなかったのだ。だからこそ、「王女である自分が頭を下げれば、どんな相手でも頼みを聞いてくれるはず」と信じて疑わなかったのだろう。

 だけど、それは竜、いや、少なくとも僕からして見れば、人間の地位や身分など心底どうでもいいと思っている物からして見れば無意味だ。

 伝承にも伝わっていることだが、竜は何よりも『自由』を愛する。それは自分以外の竜を知らない僕でも知っていることだ。

 知性があるからと言って、全ての者が権力や地位、勢力に囚われるなど絶対にありえないことなのだ。


「それとも……貴様も祖国の兵士が味わった我が爪牙と炎をその身で味わってみるか?」


「……!?」


 僕はさらにトドメとして、ある意味では挑発とも言える言葉を突きつけようと彼女の身体近くに首を近づけて目を多少細めながら囁き出した。


「貴様のような女子など、我がこの腕を振り下ろせばいとも簡単に一瞬で切り裂くことができるぞ?

 ああ、それとも牙がお好みか?そう言えば、むかし、貴様の国の兵士が我を討伐しに来た際に鬱陶しいので噛み殺したことがあるが、その際に死体をもう一噛みしたところ、既に息絶えた身体の手足がピクっと動いたことがあるぞ?

 いや、それとも丸焼きがよいか?安心するがいい……その時は生焼けにして、肌が焼けただれ、肉が炭になったような気分を味あわせて迫り来る死を感じさせよう……」


「ひっ……!?」


 僕は今まで人間に味合わせてきた苦しみのフルコースを彼女に教えた。あまりにも非人道的な行いだ。しかし、僕には全くの罪悪感などない。なぜなら、これらは全て僕が返り討ちにしてきた人間達の末路なのだから。

 僕はただ静かに暮らしたいだけだ。それなのに王国の連中はこの森に多くある木々を木材として、自分達だけが全て手に入れようと思い、僕の姿を見た途端、勝手に害獣扱いしてきて、本気で殺しにかかるものだから、それを迎え撃っただけだ。自分を殺しに来る連中に慈悲をかけるほど僕は優しくなどない。

 それを聞いたペルルはあまりの恐ろしさに最早、恐怖を隠そうとするしぐさも見せず、目に涙を浮かべて、今にも泣き叫びたきそうだ。

 当然だろうな、目の前にはこれまでのそう言った悪行から、『紅き白竜』と呼ばれる悪竜が実際に自分を殺そうとしているのだから。

 だけど、僕は怒りだけではなく、憎しみもを彼女へとぶつけようとした。


「それにな……我からして見れば、貴様の国ほど憎むものはない……」


「え……?」


 最後に僕は彼女が知ることのないヴィエルジへの憎しみを彼女には理解できないであろうが言葉の裏には計り知ることのできない程のどす黒い憎しみを込めてそう言った。

 僕からして見れば、ヴィエルジは過去も今も、そして、未来になっても憎むであろう場所だ。

 母を僕から奪い去り、僕を蔑み、僕を裏切り、そして、僕を生んだ国をどうして僕が守らなくてはならないのか、理由が見当たらない。

 帝国の連中が最近、あらゆる生命を使い魔にして、領土を増やしていることは風の噂で僕も知っている。恐らく、ヴィエルジを始めとした周辺国家はそれらに対抗するためにあらゆる種族や勢力と助力を要請しているだろう。

 もちろん、中には協力する種族もいるだろう。けれど、それは決して、正義などのためではない。仕方なしに協力しているに過ぎない。

 プライドの高いエルフ、頑迷なるドワーフ、お人好しなホビット、狡猾な妖精、粗暴なケンタウロス、妖艶なる人魚と言ったこの世界に文明を築いている種族は普段は敵対し合う人間が築いている周辺諸国を始めとした国家群に味方するだろう。なぜならば、帝国の創り出した『刻印』はあらゆる生命を服従させる力があるのだから。

 帝国に支配される。それは即ち、奴隷の人生を歩むのと同じことだ。だからこそ、知性ある連中からして見れば、耐えられぬ屈辱だろう。


 特にエルフなんて、耐えられないだろうね……まあ、見た目も良いけし、それなのにいつも偉そうだから人間ほどじゃないが嫌われてるしね……奴隷になんてなったら、確実に悲惨な目に遭うだろうね……


 常に多種族を人間ほどじゃないが見下しているエルフがこの時ばかりは味方することに内心、嘲笑った。

 それほど、帝国の創り出した『刻印』は恐ろしいものなのだ。帝国の主な種族である人間にとってもね。

 だけど、それは僕ら竜族には関係ないことだ。竜には余程、高位な存在によるものではない限りはあらゆる魔法や呪いは効かない。

 僕は別に誰かに教えられた訳ではないけれど、『血』が僕に教えてくれる。

 だからこそ、僕には帝国の支配などどうでもいい。仮に帝国の連中が僕にちょっかいをかけて来るのならば、100年掛かっても帝国の全てを焼き尽くしてやるつもりだ。


 まあ、僕がヴィエルジを助けることはないけどね……!!


 恐らく、目の前の王女からして見れば、どんな手を使ってでも祖国の危機は救いたいだろうし、その手を振り払う僕は血も涙もないと思うだろう。

 だが、彼女の行動は僕からして見れば、全て自己保身にしか見えない。

 ペルルの王女と言う身分は王国在ってのものだ。ヴィエルジが滅びれば、ペルルは今までの他よりも恵まれた生活をしていける訳ではない。それに帝国に囚われれば、女である彼女の奴隷としての扱いは悲惨なものになるだろう。それに皮肉にも彼女は王女と言う高貴な出であり、あの母親に似て、見た目は非常に美しい。

 十中八九、僕が考える様な悲惨な目に遭うだろう。

 所詮、どれだけ口で「民の為、国の為」と言い繕うが、王族は己の身分しか考えない。


「どれだけ、同情を誘おうとしても我の意思は変わらぬ……生命が惜しければ早く去るが良い……」


 ペルルにとっては祖国を救える一つの手段を失うと言う絶望である僕の変わらぬ拒絶の言葉をぶつけて、僕は彼女を追い返そうとした。

 それを聞いた彼女は祖国を守れない絶望に覆われたのか、悲しみを感じて俯き


「……わかりました」


 そのままスッと立ち上がった。


「フン……」


 所詮は我が身大事か……


 僕は目の前の女が自分の生命惜しさにこの場を去ると思い、改めて人間の欺瞞による浅ましさと愚かさを見せられたと思い、鼻で笑った。

 そして、洞窟に戻ろうと背を向けた。


「ならば……私の生命を差し上げれば、ヴィニジアをお救い頂けますか……?」


 しかし、


「……何?」


 ペルルのその言葉を聞いて僕が彼女の方を振り返ろうとした瞬間


―グサ―


「グッ……!」


「……なっ!?」


 突如、彼女のくぐもった声と僕の身体を何度も紅に染めた臭いが僕の鼻と耳に入って来た。

 そして、僕が異変に気づき、後ろを振り返ると


―プシャー―


 彼女の胸元から赤い飛沫が舞い上がる光景が僕の目に映った。


―ドサ―


 彼女は自らの胸元から血を流し続け、自らの血が付いた白刃を手に握りしめたまま地に倒れた。

 彼女の玉の様にとも言える白い肌が血と言う紅に染まっていった。

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