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目覚め

 洞窟の中に漂う湿気と日光が当たらないことで冷やされた空気の中、僕はとある異変を感じて目を覚ました。


「グルル……!」


 最早、獣とほぼ変わりがなくなった声を唸らせながら、僕は眠りを妨げた新しい臭いを持ち運んできた風の風上である入口に首を向けた。


 また、人間か……!?15年前から変わらず、よく飽きもせずに来るものだね……まあ、人間が愚かで浅ましいことなんて20年前に嫌というほど教えられたけどね……!!


 自分がこの世で最も忌み嫌う存在が自然の中で生きることで鋭くなった嗅覚に入ったことでただでさえ、眠りを妨げられたことで悪くなった機嫌がさらに悪くなった。


 人間なんて、喰べても糞の臭いと味で舌が汚れた感じしかしないし、自分の領分を弁えもせずに森の生態系を壊そうとするし……


 15年前に僕の姿を見て森の近くに住む人間が何もしていないのに害獣扱いして王国に要請して、その王国が討伐軍としてかつての僕の故郷の騎士団を差し向けてきたことを思い出した。その時、僕は自らが住む森を壊さない様に牙と爪と尾で彼らを噛み殺し、切り裂き、薙ぎ倒した。その際に初めて人間の血肉を味わったけど、舌に広がったのは吐き気を催す汚物の味だった。

 あの時、それとは別に感じたのは人間と言うのは全く、生態系に貢献しないくせに自然の恵みを根こそぎ奪っていく存在だと言うことだった。

 『ただ奪うだけの存在』。それが僕が下した人間への認識だった。何よりも不愉快なのは自らが獣とは違うと心の底から信じて、自分達こそが世界の支配者だと思いあがっている姿だった。

 僕からすれば、人間も動物も植物も僕達すらも同じ生命にしか過ぎない。もし、仮に違いがあるとすれば、多少知恵があるか、力があるかの違いだ。ゆえに最後に問題になるのは『力の有無』だ。

 この身体になってから、僕は気づいた。どれほど、『愛』だの、『勇気』だの、『優しさ』だの、『正義』だの、『友情』だのと偉そうに綺麗事を口に出しても所詮は弱い者は何も残せずに消えていくしかできないと言うことを。


「さて……」


―ズシン―


 僕は身体を起き上がらせてそのまま、一歩前進した。


―ズシン―


―ズシン―


―ズシン―


 僕の後ろ脚が前に出る度に洞窟内に普通の獣とは桁違いの重量から来る足音が響き渡る。


 ちっ……この音を聞いても逃げないのか……相当な大馬鹿者か蛮勇の持ち主だな……


 洞窟の奥から聞こえて来る得体の知れない巨大な何かの足音を聞けば洞窟の入り口に立つ不愉快な臭いの持ち主が即座に立ち去ると考えていた僕は未だにその場に踏み止まり続ける人間に苛立ちをさらに募らせた。


―ズシン―


 そして、今一度、一歩進めて入り口に近づこうとすると


「……ん?」


 僕の鼻にこの洞窟にいつも来るであろう人間が身に纏う臭いとは異なる臭い、いや、香りが入ってきた。


 香水だと……?


 僕が感じたのは僕を討伐しに来る人間達が常に僕に嫌でも意識させる鉄と汗の臭いではなく、かつて、嫌と言うほど鼻についてきた貴族達が付けているであろう香水の香りだった。


―ズシン―


―ズシン―


―ズシン―


―ズシン―


 それに訝しさを感じながらも僕は再び、前に進んだ。すると、日の光が目に入ると同時にようやく僕の眠りを妨げた存在が立っているであろう入口が目に見えてきた。そして、そこには一つの影が佇んでいた。


「……女?」


 そのシルエットは女のものであった。


―ズシン―


―ズシン―


「グルル……」


「………………!?」


 僕は目の前に立ち続ける女に自らの眠りを妨げたことへの怒りを唸り声をあげながら肉食獣が獲物を狙うかのようなしぐさをして、とっとと追い払おうとした。

 しかし、女性は目の前に姿を現した敵意を剥き出しにしている怪物である僕が近づいているのにも拘らず、怯えは見せるが逃げようとせずに踏み止まり続けた。


「グルル……」


「…………………」


 ようやく、僕は洞窟の入り口に辿り着き、僕の住処に侵入しようとして、僕の眠りを邪魔した僕の手で簡単に握り潰せそうな大きさしか持たない何とか気丈に振舞おうとしながらも脚をガタガタと震わせて怯えを隠そうとしているが隠しきれていない女を首を上げて見下ろし


「何の用だ……人間……」


 招かれざる客である女に対して、僕は威圧的にそう言った。

 すると、女は


「あ、あなたは……この森に住まう白竜(はくりゅう)様でございますか……?」


 恐怖をひたすら抑えようとしならがも声を震わせながら僕が自らが用があるであろう尋ね人、いや、この場合は尋ね竜であるかを確認してきた。


「……我の名は別にあるが、この森に住み、白き鱗を持つ竜は我だけだな。」


 僕は本当のことだけを口に出して、目の前の女の質問に威厳を込めてそう答えた。

 そう、彼女が訊ね、僕がそう答えた様に僕は白い鱗を持つ竜だ。

 その姿はどの獣よりも巨大で強靭であり、蝙蝠の様でありながらもそれを使い空を自由に飛ぶ翼を生やし、前脚でもある剛腕には全ての指に鉄の鎧すらも引き裂く鋭利な爪を持ち、あらゆるものを噛み砕いて決して欠けることのない獰猛さを感じさせる牙を生やした咢、たまにしか吐くことのない全てを焼き払う灼熱の炎の息吹を放ち、不死とも言える生命力を持つと言われる竜族の一体。その中で『紅き白竜』と人間に呼ばれているのが僕だ。


「そ、そうですか……その……白竜様……」


 改めて僕が自らが目当ての存在だと確認できた女はオドオドしながらも僕に何かを言おうとしてきた。


「何だ……?」


「ひっ……!?」


 その怯えている姿に苛立ちを感じた僕は彼女を睨みながら、とっとと僕の住処を訪ねてきて、あまつさえも僕の睡眠を邪魔した理由を訊こうと思い彼女を急かした。

 すると、僕の眼を彼女はさらに怯えた。

 だが、それは当然とも言える。伝承にも伝わっていることだが、竜が最も恐れられているのはその炎の息吹や獰猛な牙、強靭な肉体、鋭利な爪、大空を自由に飛び回る翼、弱ければどんな攻撃をも弾き返すとされる強固な鱗、人間だけが持つことしかないとされる理性、人間すらも持つことのない1000年すらも軽く生きる寿命と生命力などではなく、『目』にあるとされている。


『竜の目はありとあらゆるものを見透かし、魂までもを威圧させる』


 目の前の女は伝説とも言える『竜の目』の恐怖をその身に味わっているのだ。それは計り知れない恐怖だろう。


「もし下らぬ用件で我の時間を奪ったと言うのであれば……その時は解かっているのであろうな?」


「………………」


 だが、それでも僕は眠りを邪魔されたこと、つまりは時間を奪われたことに妥協する気はない。

 僕の言葉を聞いた彼女はさらに身体と精神を震え上がらせて、もはや恐怖を隠しきれずにいた。

 そのウジウジした姿を見て、僕はさらに苛立ちを感じて彼女を再び急かそうと口を開き


「早く、用件を言わぬ―――」


 彼女が僕を尋ねた理由を訊こうとしたが


「なっ……!?」


 その恐怖に怯える女の顔を見て僕はカッと目を開いて言葉が続かなかった。それは決して、女性の涙に弱いなどと言った甘ったれたとっくの昔に捨てた価値観から来るものではなかった。


「あの……どうかなされましたか?」


 女は僕の動揺した姿を見て疑問に思い、恐怖を完全に消しきれずにいたが、キョトンとした表情で僕に僕の表情の理由を訊ねてきた。

 そして、さらに明らかになった女の全てが僕の目に映った。

 その女の容姿は金髪のブロンドに翡翠色の目を持ち、女が持つ雰囲気や佇まいは人間で言うどこか高貴な出の人間が持つものであった。


 ば、馬鹿な……この女は……!?


 僕は動揺すると同時に女の姿を見て、どこか懐かしさとそれに付随してくる心の底から湧いてくる憎しみを感じた。

 なぜならば、目の前の女の容姿はかつて、僕が最も愛し憎んだ女の面影が重なって見えたのだ。


「……貴様、名はなんと言う?」


 僕は目の前の目障りな女に対して、名を訊ねた。

 すると、


「……私の名は」


 彼女は今まで感じていた怯えと恐怖、疑問を胸の中に仕舞い込むと突然毅然とした表情となり、ある種の気品すらも感じさせる出で立ちを見せ始めた。

 そして、ゆっくりと口を開き


「ペルル……ペルル・プライ・ヴィエルジです。」


「……!?」


 目の前の女、ペルルは僕が最も憎む王国の名前を冠する自らの名前を口に出した。


「私はヴィエルジ王国の第三王位継承者です……」


 その国の名はかつての僕の故郷であり、それが意味することは目の前の女が僕が最も憎む人間達の血を引く者であると言うことであった。

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