不安な気持ち
───ガラッ
「……あれ、タカト?」
教室の扉を開けると、そこには机に肘をついて黒板を眺めているタカトがいた。
ん、部活は……?
「遅かったなー」
タカトは独り言のように呟くと、「帰るぞ」と言葉を付け足すとすっと立ち上がった。
「な、タカト!部活は?」
「部活?……あぁ、」
焦りがちで問いかけると、タカトは数秒経ってから軽く頷いた。
…………じゃなくて!!!!
「バカっ、お前……部活行かないと!」
「いいんだよ、俺……ハルタ待ってるって言ったし?」
相変わらず焦りながら必死に言う俺と対照的に、タカトはいやに冷静で俺のカバンをひょい、と持ち上げて投げてきた。
「そりゃあ、俺を待っててくれるのは嬉しいけど……」
「けど?」
「………………」
その後の言葉は、俺の心の中で呟かれた。
だって、お前───
.
「あ、田端なんだって?」
「へっ、え!?」
帰り道、タカトの一言で俺は先ほどの出来事を一気に思い出した。
思わず変な声を漏らし、またもやタカトに変なものを見るような目を向けられる。
それでもなんとか心を落ち着かせ、田端からの話内容と、カノンとの会話を簡潔に話した。
話している間、タカトは真剣な眼差しで俺を見つめてきた。
澄みきったタカトの瞳に、頬から汗が伝う自身の顔が映し出されていた。
「そうか……」
話し終えると、タカトは何度か頷いて、言葉に迷っているようだった。
「あ、いや……別に無理して返してくれなくてもいいから!!聞いてもらえただけでもっ…」
沈黙を破ろうと大きな声をあげて言うと、タカトが人差し指を立てて「静かにしろ」と言わんばかりの表情を向けてきた。
「ハルタって、なんでそんなに沢城を気にかけんだよ?」
「は……」
「詳しいことは全然わかんないけど、ハルタにはもっと明るい奴が似合うって思うし」
そう言うと、タカトは少し寂しそうに地面を見つめていた。
そうか、俺……タカトに何も言ってねぇんだ──
.
高校に入学したての俺とタカトが初めて交わした会話は、昼休みに購買で偶然同じパンを取った所からだった。
タカトは無表情で、俺と重なっていた手をすばやく放した。
「あれ、弥永くん!?」
俺はその時、反射的にタカトの名前を呼んで手を取った。
入学して初めて見た時から、自分に似ている気がして、なんとなく気になっていた存在。
いきなりの俺の言動に、さすがにいつも冷静でいたタカトも目を見開いていた。
そんなタカトを前にして、俺は満面の笑みを浮かべて口を開いたのだった。
「俺と友達になってください!」
.
「───い、」
「……」
「お…………い」
「…………」
「………………おいっ」
「っは!?」
気づいた時には、目の前にタカトがいて片手をヒラヒラとチラつかせていた。
やば……俺、すっかり自分の世界にっ、
「ハルタって最近、よく考え事してるよな?」
「え、そ、そうか!?」
鋭いというかなんというか、とにかくタカトは俺の言動が何を意味しているのかわかっているようにみえる。
慌てて先程まで考えていた、タカトと俺の出会い話をかき消すと、話を変えようとわざとらしく笑った。
「て、てかさ……タカト!」
「なっ、んだよ…?」
思いきり声を張り上げて言うと、タカトは一瞬怯んだが、すぐにいつもの表情に戻り俺の方へと向き直った。
そんなタカトの目をじっと見つめ、俺は今まで誰にも明かさなかったことを話そうと、そっと口を開く。
「俺さ……昔、カノンと会ったことがあるんだ──」
その言葉に、何かを察したようにタカトは静かに息を呑む。
ほんとに話してもいいのだろうか?
タカトは、俺の親友だってほんとのほんとに思ってる。
だからって、俺のプライベートすぎる話をされて、タカトは迷惑がらないだろうか?
たくさんの不安が頭をよぎり、俺はここまで来て、言おうか言うまいかを迷っていた。