変わったやつ
何気なく沢城の姿を探していると、すっかりよそ見をしていて気づけばそのクラスから出てきた生徒に思いきり体当たりする。
──バサッ
持っていたプリント類が、廊下に無残にも散らばった。
といっても、ほんの数枚なのだが。
「ごめんなさ……ぁ」
プリントに気を取られていて、ぶつかった相手を見ていなかった俺は、目の前で何やらあたふたしている生徒に視線を落とした。
その相手は女子生徒であり、ぶつかった弾みでなのか、俺の両腕を掴んでいて目が合った瞬間にその近さに驚いたようで顔を真っ赤にしていた。
「わ、悪い……っ」
「う、ううん!私こそ……ごめんっ」
バッと大げさにもお互いに距離を取り謝った俺たちは、すっかり廊下を通る生徒たちの注目の的となった。
とりあえず、と心の中で呟くと、ゆっくりしゃがんで数枚のプリントを拾い集めにかかる。
「1、2、3…………よし、全部ある」
小さな声で自分に言い聞かせるように囁くと、俺は今まで止めていた足をゆっくりと進めた。
できるならば、早くこの場から立ち去りたい。
昔の淡い思い出が俺の脳裏で蘇る。
「ちょ、っと……待って!」
ちょうどその子の真横を通った所で、途切れ途切れの声が俺を呼び止めた。
「…………え?」
ぽかん、と少し首を傾げていると、その子は俺の方を向き直ってプリントを凝視した。
「それ、数学のプリントだよね?私、足りなくてもらいに行こうと思ってたの……!」
「あぁ……これ?」
「そうっ、それ!」
片手でひらひらと数学のプリントを見せると、目の前の子は大きく頷いた。
「ん、」
「ありがと……っ」
───!!
渡したプリントを間に、俺の手と女子生徒の手が小さく触れた。
つい驚いてプリントを放してしまいそうになる。
一方目の前にいるその子は、先程よりも顔を真っ赤に染めてあからさまに恥ずかしそうな表情を浮かべている。
「…………じゃあ」
やばい、なんか調子狂うな。
俺はプリントを早々と渡し終えると、できるだけ表情を変えず軽く頭を下げて足早にその場から離れようとする。
「あっ……あの!か、か…かっこいいね……!」
───!?
今の言葉に完璧に思考の止まった俺は、思わず目を見開いたまま、まずは現状を整理しようと頭をフル回転させた。
真っ赤な顔で言われた「かっこいい」の単語。
俺はその言葉を昔の淡い思い出に重ねてしまっていた。
「ごめん、忙しいんだよね?それじゃあっ」
照れくさそうに軽く俺に手を振ると、その子は自分の2-Dの教室へと戻っていった。
「…………変わったやつ、」
ぼそ、と独りでに呟くと、俺は行く宛を失いハルタの待つクラスへと足を進めた。
.
「あれ?早かったなぁ、おかえり!」
教室に戻ると、ハルタが満面の笑みで迎える。
おいおい、さっきまで机に突っ伏してなかったか?こいつ。
ハルタの感情の浮き沈みの激しさに、さすがの俺も少々顔をひきつらせた。
「なんだよその顔っ、あ、てかタカトさっき俺に話しかけた?」
「は?あ、あぁ……なんかボーッとしてたから何か悩んでるのかと思ってたけど」
その様子じゃ、さっき元気がなさそうに見えたのは俺の思い過ごしだったか。
そう考えながら席に着くと、ハルタはケタケタ笑って「ごめんっ、俺その時ちょっとドキドキし過ぎて放心状態だった!」と言った。
ん、てか……言葉の主体性がわからないのは、俺だけか!?
「いや、もうちょっと詳しく言えよっ」
心なしか、荒々しくツッコミを入れるようにハルタの腹を手の甲で叩いた。
ハルタはその後ベラベラと、本当に詳しく教えてくれた。
まぁ俺からしてみれば、最初の説明以外は別に知らなくてもよかった情報なんだけど、
「とりあえずハルタ、今日俺の家来るか?」
全ての話を聞き終えた後、俺は一息置いて家への誘いを持ちかける。
ハルタは最初きょとんとした顔で返事をしなかったが、しばらくして「えー!何々っ、タカトが家呼んでくれるなんて初めてなんですけどっ」といつもよりワントーン高い声で歓喜の声をあげた。
「何喜んでんだよ……変わったやつ、」
───あ、
ふと、頭上に思い浮かんだ先程の女子生徒の顔。
確かその子にも言ったんだっけ、俺……
(俺、変わったやつと縁があるのかな)
そう考えると、なんだかおかしくなって俺は心の中でふっと笑った。