可愛い照れ隠し
「おうっ、お疲れ!」
「あー!奏さんっ」
部室を出てほんの数秒で俺たちを呼び止めたのは、同じバスケ部でキャプテンをしており俺たちの良き友人である、大宮奏先輩。
奏先輩は、誰にでもフレンドリーで明るく気さくな性格で、周りからの信用も人並みを超える。
「今日は彼女と一緒じゃないんですか〜?」
「ばっ、だから彼女じゃないって言ってんだろーがぁ!」
にやにやしながら辺りをキョロキョロしだすハルタに、毎度のながら先輩は思いきり否定している。
「こらハルタ、先輩嫌がってるだろ?」
「だって彼女に変わりはな、」
ふと、そこでハルタの言葉が止まった。
俺は次に口にする始めの「でも」という言葉を喉の奥に押しやった。
完璧にその場で静止するハルタを見ながら、俺は奏先輩と目を合わせてアイコンタクトを取った。
(な、ハルタどうしたの?)
(さあ?俺だってわかんないですよ)
(え、お前ら親友だろ!わかんねぇのっ?)
(……い、いつから俺とハルタは親友に昇格したんですか!?)
思わずカッとなった俺の肩を、奏先輩は両手で抑えて「まあまあ、」と軽くジェスチャーした。
「……てゆうか、ほんとにどうしたんだよ、ハルタ?」
そろそろいい加減先輩との茶番は取りやめたい。
なんてことは口に出さずに、俺はハルタの肩を叩いて問いかける。
「おい、タカト……」
「んー、なんだよ?」
「あれってさ、あれってさ」
ハルタが震える右手で指差す先を、俺はじっと見据える。
辿っていくと、そこは俺たちが今まさに向かおうとしている学校の正門。
その入口に、背中をもたれさせて何かの本を読みふけている1人の女子生徒がいた。
「あ、転入生の……」
その人の正体を俺がわかってハルタがわからないはずがない。
言いかけてハルタの方をちら、と見ると、ハルタは口をパクパクさせて目を見開いていた。
「何々?ハルタの彼女っ?」
「なっ……!//」
冗談混じりの先輩の声に、いつもならノリ返すハルタが、今日は顔を真っ赤にして声を詰まらせていた。
「あ、れ……図星?」
「ちっ、違いますよ//全然、そんなんじゃ……!」
「あの人、ハルタの想い人なんですよ、」
ぼそ、と真実を先輩に投げかけると、素早くそれを聞き入り先輩は目をきらきら輝かせた。
「そうか!そうか……ついに、ついにハルタも」
「はっ、た、タカトぉ!おま、お前……ゆったな!?」
「ゆ、ゆってねぇ、ゆってねぇよ!」
俺の発した言葉を聞き逃していたにも関わらず、先輩に茶化された瞬間ハルタは即座に俺を睨んだ。
「もー、なんでそんなすぐゆっちゃうんだよ〜!バカトがーーっ」
「ばっ、バカト……!?」
俺の腕をぽかぽか叩くハルタは、ほんとに言いたい放題だ。
まあほんとのことだから、今は自由に叩かせてやってる……てゆうか、
全然、痛くねぇよ…!
「あ、帰っちゃった、」
「えっ、え!?」
独り言のように呟く先輩の言葉にいち早く反応したハルタは、俺を叩くのをすぐやめて正門に向かって走り出した。
「ったく、ああゆうのは早いんだから……」
「ははは、お前も苦労するなー?タカト」
「え?いや、まあ……」
苦労はする、だけどそれも悪くない、なんて思い始めてる最近の俺がなんか気持ち悪く感じてる。
その気持ち悪さもなんだか、嫌な気分ではないのは……やっぱ異常なのか?
俺は正門近くで「あああああ!ほんとだ……っ!」と大きな声を上げてうなだれるハルタの後ろ姿を見て、ふっと小さく微笑んだ。
────
「……んな落ち込むなよな?」
「……おう、」
う、
なんだこの重い空気は、
「……だ、大丈夫だって!明日も会いに行けばいいだろ?」
「……おう、」
必死に頭から絞り出した言葉も、無惨にハルタに切り捨てられてしまう。
今は放っておくのが先決か……?
「あ、そういえば奏先輩、さっきの転入生と一緒に帰った女子生徒を見たってゆってたような、」
「……え、それ、」
少しだけ顔色を変えて俺を見てくるハルタ。
大丈夫か?こいつ……
「だ、だからさ、まずその子と仲良くなればいいだろ?」
その後に「練習ってのも兼ねて、」と付け足すと、ハルタは無理矢理笑顔を作って「おう」と返事をした。