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開眼

ちょいちょい書き足します。

 大型単車ほどもある蛇の頭部が、霧崎九郎を見下ろす。

 もう間違い無かった。その非現実な大きさが、改めてここを異世界だと体感させてくれる。霧崎との距離はおよそ2メートル、背を向けたら食われる、と鈍化していた本能が告げる。

 蛇が動いた。土気色の頭部が、巨体に似合わない速さで迫る。いや実際には見えなかった。ただ運良く尻もちをついて、結果としてかわせたにすぎない。

「次が……」

 来る。

 吐きだした言葉と息とを呑み込み立ち上がる。慌てて立ちあがると、既に旋転を終えこちらを向いた蛇の黄色い眼と目が合う。失神脱糞放尿、その全てを行っても有り余るほどの迫力に、恐怖にまみれた霧崎の思考はただ一人どこかに取り残され、生存を肯定する体が勝手に反応を始め、そして再び、眼前を長い蛇の胴が通り過ぎる。二度連続の神の加護なのかまたかわせた。本当に運がいい。

 ……それだけなのか?


「そうか」

 

 荒い呼吸の響く頭の中で、一度散り散りに解体された日常が新たに統合されていく。

 そう云う事だったのか。

 なんて、馬鹿らしい。そんなことで悩んでいたなんて。

 相手が動くのを見てから避けるんじゃない、あいての、いわば動きの中の動きを、観て避ける。そして、尻もちをつく動き。動きともいえないその動きに回避の真相がある。

「水を、自在に、」

体が倒れるか、倒れないかのバランスで使う。八方斬りの中で無意識に繰り返していたあの動き。もはや、霧崎から余分な感情が失せて、消える。怒りも、恐怖もなく、心が相手の動きを知るセンサーとなる。体は、外部から動かす人形のようだ。

「お前も、」

 木刀が、体の一部のように軽かった。異様に鋭敏化した感覚が紙芝居のように蛇の動きを分割する。

 

「来い」

 ここまでで一刹那。決着は、一瞬。

横にかわした霧崎と木刀が、蛇の首を斬り飛ばす。大した手応えもなく、木刀の切っ先が大地を貫いていた。

「………勝った、勝った?」

 というよりは、結果としてそうなった、みたいな?恐る恐る、地面に突き刺さった木刀を見ると、刀身の3分の1までもが埋まっており、

「あああああ・・・・折れた」

引き抜く際の間抜けな感覚は、端的に木刀が折れたことのお知らせである。

 すまないな、と思う自分がいる一方で、納得している自分も、どこかにいたのは確かだ。

 



 木刀振りの一環として、覚えておいた般若心経を唱えて木刀の供養が終わったころ、霧崎は急に食欲を覚えた。

 ちらりと、目を横に流すと初夏の新緑の上に、首の断面から血の池を生み出している蛇の死体が、見えた。

 ごきゅうりと、霧崎の喉が口内にあふれる唾液を咀嚼する。新鮮な血の匂いが、鼻に着いた。思い出すのは、一年前の古文の授業だ。蛇の切り身を干して食べると、どうやら魚のような味がするらしい。そのときは素直に美味しそうだと思えなかったが、今は・・・、どうだろう?

 これだけ大きな蛇だ、ひょっとしたら、中トロとかあるのかもしれないと、食事を考えると胸の奥が苦しくなる。

「食べよう、」とりあえず、刃物、ないしは尖ったモノが必要だ。打製石器の作成に挑むのも悪くないと・・・・、落ち着け。

「蛇の牙だ、どど、どこだ」

幸い、蛇の頭はすぐそば茂みにあった。半開きの紅い口腔から見える、短剣の列のような牙の、即座にそのうちの一つを折りとる。

首の断面から、肉と皮のあいだに牙を入れ、ひと抱えもある断面を一周し、

最後に腹側の皮を縦に裂く。そこを起点に皮を剥いでいく。

 美味しそうな肉が、次第に見えてきた。

 結局、霧崎が蛇の肉にありつけたのは、それから四時間後のもう、空が赤くなり始めたころだ。蛇を解体するのにも時間がかかったが、それよりも、火が起こせそうにないのが問題である。言い換えれば、その蛇の肉を生で食べるの?と、いうことだ。ここらへんはもう、霧崎の心の問題で、それを乗り越えるのに、約四時間を要した。

  

「うん、案外・・・、悪くない・・・」


口の中に、それを放り込んでみれば、血生臭いことを除くと、かなり、いい。わさびと醤油が欲しくなってくる。・・・気もした。

「しかし、こいつは何喰ってこんなにでかくなったんだ」

 食後、気が緩んで魔がさしたのだろう。取り出した蛇の内臓、その胃袋と思はれるものに、折れた木刀を突き刺す。手の中の二本の木を、箸を使うようにして胃袋を裂くと、湿った落下音を響かせ、胃液にまみれた人の骨とおぼしき頭蓋が血で黒ずんだ足元の大地に転がり落ちた。

 瞬間的に、恐怖に喉の奥が、悲鳴を上げる。

「あれは猿の骨、そう猿の骨、さるのほねだからこわきに・・・・」

 気を落ち着ける霧崎の足元に、もうひとつ何か転がり落ちる。細長い、青白く、鈍く光るーーー。

 それは、霧崎にとっては馴染み深いものだった。緩く長く反った刃は、おそらく三尺。柄から鍔までは、桜田門外の変で斬られる側の侍たちが、そうしていたように袋に覆われている。

 まず、間違いなく日本刀。大航海時代から世界中に、その切れ味で名を売って来た、近接武器の傑作の一つ。外国で日本人に遭った様な気分だ。

それが何故、蛇の腹にあったのかは知らないが、恐る恐る、柄の袋を外す。手に持って構えてみると案外重い。とは言えど木刀と同程度で構えられないことも無い。

 「すげ・・・」

木刀を振るのが好きな男子が、日本刀に憧れるのは当然で、霧崎もまたその例に漏れない。その存在感は圧倒的だった。木刀とは違う、下手に扱えば自分も傷つけてしまうリスクのある本物の武器。 

 地味な刀身が放つ青白い光に、霧崎の意識が吸い込まれていく。

白状すれば、内田樹先生の本と、ようつべにあった黒田鉄山先生の動きから、今回の戦闘は構成されております。会ったことも、見たこともありませんが、先生だと思っています。本当にありがとうございます。

それにしても、野生化する主人公ェ・・・・。

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