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剣士志願者の聖譚曲—the Knight's Oratorio—  作者: 烏合 小鳩
第一部:「俺、剣士を志願します」
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007   3「囚われの僧侶」

 三人で急いで辿り着いた場所には、辺りを徘徊していたのであろう猪獣<ボア>が数体いた。

 その猪獣は三人を見るや否や、三人目掛けて突進してきた。

「げぇ!? 何だよこいつら!」

「詠唱するから受け止めてくれ!!」

「そんな無茶な!!」

 ガイはアルフレッドの後ろに下がり詠唱を始める。

 アルフレッドは剣の腹を上手く使って、突進する猪獣を抑えていたが、猪獣の脚力は思いの外強くアルフレッドはじわじわと後方へ押し下げられていた。

「詠唱完了! 放つぞ!!」

「はやくしてくれ!!」

 アルフレッドが言った瞬間、彼の両脇から一陣の風が通り抜けて行った。——そしてそれは、猪獣をいとも簡単に貫いた。

 アルフレッドは一度も魔法というものを見たことが無かった。それ故、両脇を通り抜けた『風』が『魔法』だったことを認識するのに数秒かかった。

「これが……魔法……」

「そうか、まだ魔法を見たことが無かったんだな。

 いい機会だ。慣れておいた方がいいぞ」

 二人の前後を、三体の猪獣が阻んでいた。

「詠唱開始! 二十秒頼む!!」

「長くないか!?」

「……」

 アルフレッドが聞き返した時には、ガイは既に詠唱に入っていた。

「一人で前後同時に戦うのは無理だ……!

 こんな時に、シンシアは何処に……?」

 先程まで一緒にいたシンシアがいない。恐らく、弓を探しに行っているのだろう。しかし、アルフレッドにはそんなことを考えている暇は無かった。

 ガイの周りを回る様にして、アルフレッドは猪獣を迎え撃つ。隙あらばガイを攻撃しようとする猪獣を必死に食い止める。

 しかし、完全に防ぎ切ることは不可能だった。

 一匹がアルフレッドの隙をつき、ガイの元へ突撃する。詠唱中であるガイは、それを避けることが出来ない。

「ガイ!! 危ない!!」

 アルフレッドは叫ぶと同時に、何かが飛来するのを見た。


「遅くなってすまない。この通り、ちゃんと弓は見つかった」

 ガイの下の猪獣の身体には、矢が的確に刺さっていた。

 そして、ガイが目を開ける。

「二十秒だ」

「離れろ! アルフレッド!!」

 シンシアの警告を聞くと同時に、本能的にガイから離れるよう身体が動いた。

「中範囲魔法『焔』」

 ガイを中心に、炎が放射状に打ち出される。近くまで迫っていた猪獣三体は一気に引火し、悶えながら死んでいった。

 アルフレッドは範囲外に避難出来たのでダメージを負うことはなかった。シンシアも然りだ。

「ふー……皆ナイスだ」

「凄いよ、ガイ! あんな凄い魔法を使えるなんて!!

 シンシアもあんな場所から敵に矢を命中させるとか信じられない!」

 アルフレッドはとても興奮している。初めてのチームプレイで良好な戦いが出来たことに満足していた。

「アルフレッドが二十秒持ち堪えてくれたからだろ」

「初めてにしてはとても頑張っていたんじゃない」

 二人からも褒められ、アルフレッドの嬉しさは頂点に達した。パーティの素晴らしさはここにあるのだと、身を以って実感したのだった。


「しかし、やっぱりおかしいな」

 ガイが呟いた。それに対してシンシアも肯定する。

「そうだな……こんな場所を魔物が徘徊するなんて普通あり得ないだろう?」

「でも、魔物は退治したし……」

「それでもその根元を叩かないと意味はない。また何匹も湧いてくるぞ」

「そうか……」

「やっぱり、魔族なのか……」

シンシアが言った。

「もしそうなら、俺達の太刀打ち出来る相手じゃない。

 引いた方がいいだろう」

「……そうだな」

 腑に落ちないシンシアだったが、ガイのことを考えると、彼に従わざるを得なかった。

 その時、アルフレッドが何かに気付いた。

「時計塔が……」

 丘の上から見ると、街の景色がよく見える。

 その中でも一際高い時計塔は、一段と存在感を放っていた。

「何かおかしい所でもあるか?」

「時間を見てくれ……」

 現在、日が傾き始めた頃だ。しかし、時計塔の時計の針は未だ正午を指したままだった。

「時計が動いてない!?」

 街のシンボルとも言える時計塔が作動していないということは、通常あり得ない。ならば、何か異変があったに違いない。

 それを察した三人は、急いで時計台のもとへ向かった。

 橙がかった空には、暗雲が立ち込めていた。


 時計塔周辺に人気はまるで無かった。その異変に、アルフレッドは既視感を覚える。

「これは……魔物の結界だ……」

 ガイとシンシアも事態を把握したようだ。

「この先には、俺らと魔物しかいないって訳か」

「そういうことだな」

 ガイが先導して時計塔内に踏み込もうとしたその時——


「……けて」


「あん? アルフレッド、何か言った?」

「いや、俺は何も……」

「幽霊かもしれないな」

 ぼそりと、シンシアが呟いた。——まるで、ガイを怯えさせるかの様な口振りで。

「は? 幽霊とかいないし! そんな非科学的な物信用しないし俺は!」

 魔法という非科学的な物を扱う男が取り乱している。アルフレッドとシンシアがくすくす笑っていたが、


「助けてください」


「ひゃー! 許してー!」

「馬鹿! 人間だ!!」

 怯えるガイは放っておいて、シンシアは室内を探し始めた。

 一階ロビーには誰もいないようだった。

 すると、考えられることが一つ。ここまで鮮明に声が届いたということは、つまり繋がった空間からの声が届いたということだ。

 この階層の他の部屋は全て閉め切ってある。ならば……

「この上だ!!」

 アルフレッド達は螺旋階段を駆け上がった。目指すは、吹き抜けから見て取れる鐘のある場所、最上階だ。


 辿り着くと、そこには悪臭が篭っていた。——それらの源は沢山の死体だった。

「うっ……」

 アルフレッドは喉の奥から胃酸がこみ上げるのを感じたが必死で耐える。

「惨い……」

 そして、一際目立った外見の——腰程まである長い金髪の——女が鐘の下に吊り下げられていた。

 アルフレッドは、恐る恐る近づいた。

「……助けてっ……ください」

「生きてる……!!」

 アルフレッドは否応なく彼女の救助を行った。

 手を繋がれている鎖を、剣を上手く使って何とか切り落とす。

 重力によって落ちてくる彼女を、アルフレッドは衝撃を殺して捕まえた。

「大丈夫!?」

「ありがとうございます。大丈夫です」

 ロングストレートの金髪の女性——恐らく、アルフレッドと同い年位だろう——は、先程まで吊るされていたために青ずんだ手首を隠しながら感謝の意を表した。

 手を隠したのは余計な心配をかけないためであろう。

「俺はアルフレッド・ガルシア。何でこんな所に?」

「私はミーナ・ファウストと言います。僧侶です」

 彼女が名前を述べた所で、ガイとシンシアも話に加わり簡単に自己紹介をした。

「私は、悪魔にここに連れてこられたんです。何でも、人柱とか言って……」

 ミーナは辺りの死体を見回して、「この人たちも恐らく……私が来た時にはもう」と付け加えた。

「悪魔っていうのは?」

 ガイが質問する。

「顔は猪のようで……翼の生えた人間型の魔物でした……でも、人間の言葉を話していたんです。だから普通の魔物じゃないと思います」

 それを聞いた途端、ガイの顔から血の気が引いた。

「それ、俺が戦った魔族だ」

 ガイの手は震えていた。それは恐怖からなのか、怒りからなのかは分からなかった。

「今すぐ逃げよう。出会ってしまったら確実に俺らはやられる」

 ガイの狼狽する姿は初めて見たが、それが尤もな判断であると皆踏んだ。

 しかし、時は既に遅かった。


「おぉっ? 人柱が増えてるじゃねぇかよ」

 空からそれは舞い降りて来る。その姿は紛れもなくミーナの言っていた「悪魔」の様で、ガイの仇であった。

「あ、俺コイツ見たことあっぞ! ザコ戦士の後ろで怯えてた魔術師じゃねぇかよ! ハッハッハ、逃がしてやったのに自分から来るとは感心だな!!」

 猪魔はガイを見下して高笑いする。その威圧に、既にガイは逃げ腰だった。

「終わりだ……俺らは殺される……」



「何で諦めるんですか?」


 その姿に、ミーナが一喝した。

「貴方は厳しい現実から逃げようとしているだけです。

 過去の一度の出来事を引き摺りまわして、未来さえも遮っているんじゃないのですか?」

「そんなわけ……あるかよ……」

「なら、戦ってください。貴方の護るべき仲間は、ここにいるはずです」

 ガイは辺りを見回した。

 アルフレッドが笑みを浮かべる。シンシアも頷いた。

「シンシアはともかく……アルフレッドなんか、まだまだ教えなきゃいけないことが沢山あるもんな……

 こんな所で死んでたまるか!!」


「お喋りは終わったのか? 皆まとめてあの世に送ってやるよ!!」

 猪魔が翼を広げ此方に襲いかかる。

「いいか、アルフレッド……よく聞け。作戦がある」

「何だ?」

「中央にあいつを誘導しろ」

 アルフレッドは誘導先を見据える。

「成る程、な」

「何をゴチャゴチャ言ってんだ!? 早く逃げないとイチコロだぞ!!」

 猪魔は三叉槍を具象化し、それを突き出す。

「くぅっ……! 危ねぇ……な!!」

 アルフレッドはそれを上手く剣でいなす。

「こっちだ!! 魔族!!」

「減らず口がぁ……!!」

「どっちが!」

 アルフレッドは室内を逃げ回る。その態度に怒った猪魔は執拗にアルフレッドを追い回した。——それはガイ達の作戦だった。

「避けろ!! アルフレッド!!」

 シンシアが叫ぶと共に、矢を射る。

 その射た先は、時報を知らせる釣鐘、中でも上部の接合部分だった。

「付加! 炎!!」

 ガイがその矢に炎を纏わせた。

 鐘が地に落ちる。——その下には、誘導した猪魔がいた。


 落下した衝撃で、鐘が鳴り響く。敵は、その内部に閉じ込められた。

「今の内だ!! 逃げよう!!」

 階段の元へ走る四人。

しかし、目を疑う光景を目にしてしまった。


「舐めんなよ……人間風情がァ……!!」

 猪魔は、釣鐘をいとも簡単に突き破り、此方を睨んだ。

「少し遊んでやったら調子に乗りやがって……殺す!!」

 猪魔は全速力で此方に飛来する。

「ヤバい……追いつかれる!!」

 しかし、ガイは諦めなかった。


「飛び降りろおおォォ!!」


 何も考えられなかった三人は、ガイの言葉に最後の望みを託して、螺旋階段から身を乗り出し、そのまま落下した。

 どんどんスピードは上がっていく。誰もが死を覚悟した。

 その時、ガイが叫んだ。


「詠唱完了!! 風ェェェ!!」


 四人は地面から突風を受けた。

 その結果、四人は無傷で生還したのだ。——地面に到達するまでに速度をゼロにする。つまり、重力から詠唱時の運動エネルギーをその時の高さで割ったものを引いた分の風圧をかけたのだ。空気抵抗を含めて、ガイが発生させた風はそれに足りるものだった。


「小癪なァァァ!!」

 それでも、猪魔は追ってきた。

 しかし、ガイは前に出た。

「この前みたいにはならないぜ……俺には守るものが出来た。パーティリーダーになっちまったんだ……何が何でも、アイツみたいに、メンバーだけは守り抜く!!」

 ガイは魔法を詠唱しようとした。


「もう充分です、ガイさん」

 それを止めたのはミーナだった。

「貴方の勇気はしっかりと見届けました。その覚悟、決断力、充分に仲間を守ることが貴方なら出来ます。

 ……でも、ここは私に任せてください。すぐに終わらせますので」


 四人は——魔族を含めて——ミーナが何を言っているのか理解出来なかった。

「少し時間が掛かりすぎてしまいました。さっきのさっきまで術式を組むのに時間がかかってしまって……

 やはり魔族には大規模魔法陣が必要でして……」

 ミーナは猪魔に歩み寄る。

「『潜入』し始めた時から魔力を練らないといけなかったし……

 最近の魔物は冥土の土産を話さないんですね。お陰で人柱が何なのかすら分からず終いですよ」

 魔法陣が光と共に発動する。

「貴方達も利用する形にしてしまってごめんなさい。

 あんな風に吊るされてしまっては魔法の遠隔操作もままならなくて魔法陣を上手く描けなかったんです」

 ミーナは、戦闘中も戦いに参加出来なかったのはそのためなんです、と苦笑いした。

「ガッ……貴様……一体何者だ……?」

「私は貴方と違って冥土の土産は好きな方です……」

 光はどんどん強くなり、遂には時計塔全体を包み込んだ。その聖なる輝きの下に、猪魔は既に動くことすらままならなかった。

その光を背に、ミーナは力強く、そして美しくその言葉を告げた。

「私は、祓魔師——エクソシストです」

 聖なる光は天に向かって一筋の光に収束し、猪魔はそれと共に消え去った。


 三人は呆然としていた。ミーナのその桁外れの強さに驚きを隠せなかった。

「祓魔師って……僧侶ベースの……中級職を超えた、上級職じゃ……」

「俺が二人掛かりで手も足も出なかったっていうのに……」

「騙した感じになってごめんなさい……悪気は無かったんです」

 時計塔周辺を包んでいた結界が崩壊し、元々あった街並、人並が戻った。

「私、国軍から依頼を受けて消えた人々の調査を行っていたんです。

 ここを突き止めた私は国軍に報告したんですが、その実態まで調べるよう返答があって……

 それで、こんなことになった訳です」

「何故ここまで国軍は魔族に拘るんだ……?

 俺ら、一般労働者の知らない何かを知っているのか?」

「私は、国軍に直接聞いてみます」

 ミーナは宣言した。

「でも、国軍は関係者以外の立ち入りを許可していないだろ?」

「ええ。だから、次回の討伐戦に参加するんです」

「討伐戦?」

「知らないんですか? 来週、南の森で大型の魔物の討伐が国軍主導であるんです。その戦いに参加するパーティを募っているんですよ」

「そうか……」

 ガイが考えこむ。

「ミーナ、中級職の俺が頼むのも何だが、パーティに入ってくれないか?」

「えっ?」

「アルフレッド、いいよな?」

 アルフレッドは頷いた。

「私は……確かにソロですけど……」

「ちょっと、待ってくれ」

 話を遮ったのはシンシアだった。

「私も、パーティに入りたい」

 シンシアは続けた。

「昔、パーティを組んでたんだ。その時あまりうまくいかなくて、仲間ってものが嫌いになった……

 でも、今日、アルフレッドやガイ、そしてミーナに出会ってから、パーティってのはこんなに楽しいものなんだって……このパーティは、私には相性がいいって、思ったんだ。

 ……だから、私をパーティいれて欲しい。頼む」

 アルフレッドとガイは顔を見合わせ——笑った。

「当たり前だろ。入れない理由なんてねえよ」

「俺なんか勝手にもう入ってるものだと思ったよ」

 その返答に、シンシアも笑みを浮かべて言った。

「ありがとう……」

「で、」

 ガイはミーナに向き直る。

「ミーナはどうするんだ? 入ってくれると、嬉しいんだが……」


「……しょうがないですね。シンシアさんだけ女の子一人だと可哀想です。何しでかすか分からないですし……

 皆さん、よろしくおねがいしますっ!」

 四人はそれぞれ一人ずつ握手を交わした。

「よし、四人で討伐戦に参加するぞ……!」

ガイが拳を天に突き上げる。

「そういえば、ガイっていつからリーダーになったの?

 猪魔の前で調子に乗ってそんなこと言ってなかった?」

「なっ……!?」

 アルフレッドのツッコミに、ガイはバレたかと言わんばかりの反応だ。

「まあ、名目上だけはそうさせてやろう」

「いいじゃないですか! 依頼の申請とか、報酬の受け取り手続きとか、全部やってくれるんでしょ?」

 シンシアとミーナの皮肉は、ますますガイの心に突き刺さる。

「え〜!? 何か急激に嫌になってきたー!!」

「まあまあ、これからよろしく頼むよ、リーダー!」

「うるせっ!」

 ガイはアルフレッドを小突く。

 彼らは数年来の知り合いの様だった。戦闘を通して絆を深めた彼らは、もう一歩先のステップへ進むのであった。



第二話:Form a Party <完>

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