006 2「魔王と魔族」
「ちがああああう!!」
全力で否定された。
アルフレッドは、てっきりガイが美人を気絶させて誘拐したのだと思っていた。しかし、ガイ曰く、倒れていた女性を介抱してやっただけだという。
「パーティの申請書を貰いに行って帰ってくる途中、叫び声が街外れの森から聞こえてきたんだ。
そこに行ってみるとこの子が倒れてたんだが……」
バーのカウンター裏の小部屋で女性を寝かせ、二人は看病していた。
「魔物と戦って負けたんだろうなぁ……」
アルフレッドはそう推測した。しかし、ガイは違うことを確信していた。
「違うな」
「何で?」
一見当然であろう意見を否定されて、アルフレッドは思わず聞き返す。
「だって、保護区だぜ?幾ら街外れだからって、魔物は入ってこれないはずだろ」
「あ……」
事務所立地区以外の土地は、保護区に該当する。この場合の保護区は、動植物の『保護』ではなく、人間に対する魔物からの『保護』を保証した区域を意味する。
逆を言えば、保護区外には魔物が蔓延っているということだ。そして、その境界線には関所を設け、魔物は自由にそこを行き来することは出来なくなっている。
事務所立地区については、訓練も兼ねて魔物の分布域に近づけられて——関所近く、または関所を兼ねて立地している。
こうすることによって、魔物と人間の縄張りには境界が出来ているはずだった。だが、それはこの女性の怪我によって覆された。
そして、アルフレッドはガイから突然の告白を受けた。
「実は俺もな、保護区内で戦闘を行ったことがある」
「そうなのか?」
「ついこの前の話だ……さっきそこで喧嘩してパーティ解散したのも、それが原因だ
数日前、俺らは国軍から依頼を受けた。依頼内容は『魔物討伐』、場所は『住宅区』」
「!?」
アルフレッドは驚きを隠せない。
住宅区もまた、魔物の侵入出来ない保護区なのだ。
「俺らは深く考えず、褒賞目当てでその依頼を受けた。
そして、それはやはり甘かった……
俺がそこで出会ったのは、魔物じゃなかったんだ」
「魔物じゃない?」
「……俺らが戦った相手、それは『魔族』だ」
「魔族……?」
魔族、その言葉はアルフレッドには聞きなれたものでは無かった。
「魔族ってのはな、魔王の側近、眷属だよ」
「何だって……!?」
その言葉は、衝撃的かつ、説得力があった。
「魔族ほどの実力者ならば、保護区に介入するのも不可能じゃない。
が、厄介なのは奴らの実力だけじゃない」
ガイから告げられたのは恐ろしい言葉だった。
「奴ら、魔族には『知能』がある」
人間が今まで魔物に淘汰されず、対等もしくはそれ以上に渡り合えたのは、『知能』を持つ故だった。
それは大きなアドバンテージであり、それこそが人間の持つ唯一の強みであったと言っても過言ではない。
しかし、その強みが無くなると完全に立場は逆転する。
その危険性が現実性を帯びているということだ。
「それってかなりヤバいんじゃ……」
「ああ。そして、俺らは完敗した。手も足も出なかった。
契約金が全財産、褒賞は一生の不備のない生活の保証、胡散臭いとは思ったがこういうことだったとはな。
国軍はこういう上手い肴で底辺パーティを釣って魔族の実力を確認したということだ」
「……」
たった一つの依頼から、魔族の存在、国軍の狡猾さ、未来への絶望、それらを一気に味わったガイの苦しみなど、アルフレッドは予想もできなかった。
「待てよ……」
アルフレッドはある事件を思い出した。
「俺も……魔族と関わったことがある……かも」
「お前もか?」
「直接戦ってはないけど……」
役場への道のりで、アルフレッドは魔物の結界に取り込まれた。それは、通常あり得ないことだ。
なぜなら、アルフレッドはその時商業区にいた。商業区は保護区なのだ。よく考えてみれば、魔物が出るはずない。
「魔族が魔物を連れ込んだのかもしれない……」
黒い甲冑の暗黒騎士、イワンも言っていた。
『魔物が単体で街に入ってくることはない』
『この街は魔物のボスに狙われている』
街に降りかかる危険の兆候は、イワンが既に指摘していたのだ。
「そうだったのか……」
ここまで街が直面している危険が浮き彫りになったところで、二人に成す術は何も無かった。
彼らはただの一パーティ。魔族と戦う実力は持ち合わせてなく、ガイに至っては身に染みて恐ろしさを味わっている。
「う、うーん……」
二人が沈む中、介抱した女性が目を覚ました。
「……!? 大丈夫か!?」
「へっ!? イヤアアア!!」
ガイの顎にアッパーカットが直撃した。
「ぐほぉ……この拳、中々の格闘家と見た」
「何ですか貴方達!! 貴方が魔族ですか!?」
警戒する女性の口から気になるワードが放たれた。
「なっ、魔族を知ってるのか?」
「シラを切るつもり……? ならば、実力行使で……っ!」
「待てまて!! ストップ!!」
アルフレッドが二人の間に割って入る。
「二人とも冷静になって! まずは話し合って!」
「いや、俺は至って冷静だが、この女が……」
「もしかして……貴方がたは魔族では無い?」
「ああ、寧ろ、お前さんの命の恩人だが……」
女は顔の前で手を合わせて謝る。
「すまないっ!私の早とちりで……」
「いや、いいんだ。それより、何であんな場所で倒れていたんだ? やっぱり、魔族か?」
「貴方達も魔族を知っているのか?」
「当たりの様だな、アルフレッド」
ガイがアルフレッドと目を合わせる。
ガイの表情は、どや、俺の推測が当たっていただろうといわんばかりだ。
「アルフレッド……というのか?」
「あ、うん。自己紹介がまだだったね。
俺がアルフレッド・ガルシア。剣士だ」
「俺はガイ・マデューカス。魔導師でメイジだ。
こいつとはさっきからパーティ組んでる」
さっきから、という単語に女は不思議がっていたが、気にせずに名乗りあげた。
「私はシンシア・グレイスフォードだ。戦士を経て今は弓使いだ」
「あれ?格闘家じゃなくて?」
ガイがとても驚いている。
「何故?格闘家など一度も転職したことないが」
「うっそだー! あのアッパー凄い威力だぞ、今すぐ転職した方がいい」
「もう一度喰らわせようか?」
「ごめんなさい」
沈んでいるガイはさておいて、アルフレッドはあることに気づく。
「あれ、二人とも中級職じゃん……」
ガイは魔導師から派生してメイジ、シンシアは戦士から派生して弓使いだった。
しかし、アルフレッドだけが初級職、つまり弱かった。
「まだ成り立てなのだろう?私は一年程で中級職になれたから、少し修行を積めばすぐなれるさ」
「一年ってことは、一歳年上か……」
「そのままの言葉遣いでいい。恩人なのだからな」
助けたのは俺ではなく、横でアッパーに怯えている男なのだがと思ったが、善意を踏みにじる訳にはいかず、黙っていた。代わりに、魔族との戦いの経緯について尋ねた。
「それは国軍からの依頼だった」
「また国軍?」
「またってのは……?」
ガイは簡潔に先程アルフレッドに話した内容を述べた。
「そうだったのか……しかし、私の場合はただの地質調査だった。
手軽な依頼でリスクも少ないと思い、依頼を受けたんだ。
しかし、保護区内で魔物に囲まれてしまってな。敵の数が多すぎて捌き切れなかった。
魔族と直接対峙したわけではないが、あれは魔族の差し金だな」
「魔族ってのは、そんなに皆知ってるものなのか?」
アルフレッドが尋ねる。
「そうだな、ここ最近魔王軍の動きが活発になったことから、ちらほら巷で聞くようになったな」
「へぇ……」
その時、思い出したかのようにシンシアが声をあげた。
「あっ!そういえば私の弓は……!?
なあ、私が倒れていた場所に弓は落ちて無かったか?」
ガイは横に首を振る。
「すまん、気付かなかった」
「そうか……仕方ない、取りに行くしかないな」
「俺達も手伝おうか?」
アルフレッドが言う。
「乗りかかった船だしな」
ガイも賛同した。
「……二人とも、ありがとう」
シンシアは遠慮がちだったが、先程の様に魔物が多数現れたときのことを考えてみると、確かに多数の方が良いという結論に至った。
「よろしく頼む。……場所はここから北西の丘陵地帯だ。行こう」