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剣士志願者の聖譚曲—the Knight's Oratorio—  作者: 烏合 小鳩
第一部:「俺、剣士を志願します」
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005第二話1「仲間」

 次の日、バルドロの助言通りにアルフレッド酒場に来ていた。

 酒場は、オリオルフェフト商業区ーー事務所立地区と居住区の北に位置するーーにある。

 酒場は成人した者でなければ入ることは出来ないが、アルフレッドは昨日成人したので問題なく入店出来る。

 また一歩大人になったことを実感しつつ、未知なる体験に心を踊らせながら、酒場へと続く地下への階段を下って行った。


 からんからん

 ドアを開けると、それについているベルが入店を告げる。

 アルフレッドは幼少期の演劇などの知識や記憶から、酒場に対して静かだとか、色気のあるイメージを抱いていた。そのため、一種の緊張感を抱いて足を踏み入れた。

 しかし、そんなものは一瞬で砕け散った。

 がしゃああん

 酒場内は荒れていた。一言で表せばそこはー一部だけー戦場だった。

「お前のせいだろ!?どう責任とんだよ!あぁ?」

「それは了解の上だろ?お前の我儘のせいで俺は命を失いかけたんだ!!そっちが責任とれよ!!」

 二人の男が酒場の中央テーブルで取っ組みあっている。しかし、それに目もくれず他の客は食事をしたり、連れと駄弁ったり、酒場の端の掲示板ーーパーティ募集や、依頼情報が載っているのだろうーーを眺めていた。

「な……なんだこりゃああ!?お、おい!止めなくて良いのかよ!?」

 アルフレッドは近くの中年に問う。返事には嘲笑が混じっていた。

「さては、あんた新参だな?こういう個人間の争いには首を突っ込まないのがここのルールだぜ?」

「そんなぁ……」

 そんな事実を聞いたアルフレッドは、それでも諦めきれず、カウンターで騒ぎを見守るマスターに直接頼むことにした。

「あの二人を止めて下さい!!」

「何でだい?」

「だって……もう、食器とかメチャクチャですよ?他のお客さんにも迷惑かかるし、いいんですか?」

「ああ、食器代はちゃんと請求するし、周りも気にしてないし大丈夫だよ」

「そんな問題じゃなくて……」

「じゃあ、どんな問題なんだい?」

 アルフレッドは言葉を切らした。アルフレッドには騒ぎを止める義理も理由も無く、思いつきのままの、唯の善行の様なものにとらわれて動いただけだった。しかし、それは何の根拠の無いもので、冷静になれば当人達と全く関わりのないアルフレッドが口を出すことでは無かった。

「人ってのは、面白いものだよ。あれだけ喧嘩しても、心の奥では信頼しきっている。逆に、心の奥まで知っているから本気で拳を交えられるのかもな……見てみろよ」

 酒場のマスターに促され喧騒の行く先を見届ける。


「はぁ……はぁ……くっそ、もういい。もうパーティ解散だ」

「へっ、俺がいないと生きていけねえくせに……そんな強がり言いやがって、本当は引き止めて欲しいんだろ?」

「いや、本気だ」

二人の顔つきが変わった。一人は真剣に、もう一人は驚きに満ちたものになった。

「な……どうしてだよ!?契約金持ってかれて、一人じゃ生活は?」

「そんなの、どうにかするさ。それに、こんな文無しの俺の分これからお前が負担するとなると……これ以上迷惑掛けていられない」

「これからどうするつもりだよ……」

「少しずつ、魔物狩って、修行しながら金は集めるさ。ソロ最強でも目指すよ」

「待ってくれよ……お前と一緒に戦った三年間、楽しかったんだ……こんな別れ方ねぇよ……」

「ああ、俺も楽しかったさ。そうだ、俺、金ないからさ、酒代に食器代、頼むわ」

「馬鹿野郎……」

 一人が俯いている中、もう一人が何かを告げ、去って行った。目には涙を浮かべていた。


「な?これは、当人達の問題だろ?最初から俺らの入る余地なんて無かったんだよ」

「そうですね……」

 人間とは、不器用なものだ。先の二人も、不器用だからこそ、拳を振るいあったのだろう。そして、お互いの気持ちを確かめ合ったからこそ、心の内を曝け出せた。

「ただ、良かれと思って行動するだけじゃ、駄目なんだ」

「はは、その通りだぜ、坊や。んで、何か飲むかい?」

「ええーと……アルコール初めてだからなあ……」

アルフレッドはメニューを見て悩む。

「うちの自慢はネジ回し、スクリュードライバーだよ。だが、初めてならちょっときついかもな。うちのはウォッカ多めだから」

「このカルーアミルクってのは?」

「ああ、甘くてうまいぞ。ミルクコーヒーみたいな味かな……女性向けだ」

「スクリュードライバーで」


 マスターはウォッカにオレンジジュースを注ぎ、リズム良くシェイクする。

 ステアした液体をグラスに満たし、ネジ回しを模したストローと一緒に、差し出された。

「『女性殺し』のスクリュードライバーだ。オレンジ多めにしといてやったから」

「これも女性向けかよ……」

「いやいや、女性が好みそうな甘さだけど、度数は高いぞ。グビグビいくと急性アルコール中毒でぶっ倒れるぞ」

「そ……そうなのか……」

 よく分からないマスターの言葉にアルフレッドは気圧され、ちびちびオレンジのカクテルを飲み干した。


「聞きたいことがあるんだけど」

「何だ?」

「ここでパーティ募集があってるって本当?」

 酔いが少し回ったアルフレッドは、顔を仄かに赤くしてマスターに訊く。

「ああ、そこの掲示板に募集やら、依頼やら貼り紙してあるぞ」

 マスターの指す先に、沢山の紙の貼られたコルクボードがある。

 アルフレッドは、勘定してそちらへ移った。


「ええと……パーティ募集の……剣士は、無いか……」

 全ての貼り紙に目を通したところ、アルフレッドの様な初心者の剣士を受け入れたいというパーティは無かった。

「どうしよう……」

 アルフレッドが焦る中、同じ状態の男が一人。

「魔導師魔導師……うげっ!エンチャンターかよ!メイジは!?無いし……くそ、どうしよ」

 そして、二人は目があった。

 男は先ほど騒動を起こしていた者。

「お前はさっき横槍入れようしてた新参じゃねーか」

 彼はアルフレッドより十センチ程背が高く、ローブの上に軽鎧を身につけていた。

「入るパーティ無さそうだな」

「悪かったな」

 そして、男は軽々とその言葉を口に出した。


「パーティを組まないか?」


 アルフレッドはすぐにその意味を理解出来なかった。それは酔いのせいでもあるが、男の唐突さにもあった。

「え、いいの?」

「お互い入るパーティ無いし……いいだろ?」

「でも、前の人に未練とか、無いの?」

「あいつは、いつか強くなって戻ってくる。だけどいつか分からないからな。

 俺もそれまでソロでいるわけにはいかないし」

 男は笑っていたが、それなりの覚悟はあるのだろう。

 アルフレッドは何か申し訳ない気持ちになった。

「俺なんかでいいの?」

「いいよいいよ。昨日就職した、とかじゃないでしょ、流石に」

 アルフレッドは冷や汗をかく。

「まさか……」

「……そのまさかだよ」

「あ、あははは!冗談だよ冗談!!別に経験とか俺気にしないし、今は仲間が欲しいんだ」

「仲間……」

 その響きは特別なもので、大切なもののような気がした。

「俺はアルフレッド・ガルシア。昨日、剣士になったばかりだ、よろしく」

「俺はガイ・マデューカスだ。お前より三つ年上だ。職は魔術師、中でも攻撃専門のメイジだ。よろしくな」

 ガイは手を差し出した。アルフレッドはそれに応える。

 固い友情の証が、パーティという枠組みによって築かれた。それが、後にかけがえの無いものになっていくと知らずに。


「あれ?年上?うわあ、ずっと同い年感覚で喋ってた」

 アルフレッドが一人で慌てふためく。

「いいよいいよ、そんなもん。俺気にしないし」

「そ、そうか、ありがとう」

 アルフレッドは照れ臭くなった。彼に、親友と呼べる程の友人はいなかった。初対面で、ここまで親しくなれたものは今までいなかった故に、対応に困っていた。

「俺、パーティの申請に行ってくるよ」

「よろしく」

 ガイが酒場を出て行く。

 パーティを結成するには、役場での申請が必要だ。先日アルフレッドが訪れた役場でその申請が可能である。

 商業地区のここからは少し遠いので、帰ってくるのに時間がかかるだろう。

「……マスター、お勧めのカクテル頼む」

「ほらよ、カルーアミルクだ」

「……」

 案外おいしかった。


 数時間後、ガイは帰ってきたーー予想もせぬものを連れて。

「……誰だ、そいつ」

「そこで拾った」

 ガイは犯罪を犯した。彼は、眠っている黒髪の美しい少女をお姫様だっこして帰ってきた。

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