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剣士志願者の聖譚曲—the Knight's Oratorio—  作者: 烏合 小鳩
第一部:「俺、剣士を志願します」
3/18

002   2「無敗の猛者」

 

 役場の中には数人の人がいた。役場では戸籍の登録や変更、税の納入、苦情など生活全般の雑務を取り扱っている。恐らくその中のどれかだろう。取り敢えず、アルフレッドは受付に行った。

「今日はどの様なご用件で?」

「職業の志願書を取りに……」

「職業志願書ですね。少々お待ちを……此方の用紙に必要事項を記入して、もう一度此方に提出してください。その後、各事務所で試験があると思いますので」

 アルフレッドは志願書を受け取った。『志願職業』項目の空欄には何を埋めるかもう決めてある。アルフレッドはその欄に『剣士』と力強く書き記した。他の記入欄もその勢いで埋めていき、再び受け付けに向かった。

 受付の女性に用紙を差し出すと、確認を始めた。

「訂正や不備はありませんね?無ければ捺印させて頂きます」

「大丈夫です」

 判子の押された志願用紙をアルフレッドは受け取った。

「志願職業は剣士でしたね。剣士事務所は役場を出てーー」

 受け付けの女性が丁寧に次に向かう場所への道程を示してくれる。おまけに地図まで書いて渡した。アルフレッドは女性に会釈して役場を出た。

「それにしても……」

 アルフレッドは溜息をつく。

「試験があるなんて知らなかった……」

 常識的に考えれば、何もせずに職業につくことが出来るのならば、他人の判断に任せてーー所謂流行に乗って職業に就き、その結果やる気の無い人材ばかりになり、政府側としては街の活力も出ず経済も回らず、良くない街、そして国家が出来上がってしまう。そのための選抜試験だ。だから、アルフレッドは試験については愚痴を言わなかったーー心の中に不安は溜まっていただろうが。

 そしてもう一つ、試験はとても重要な役割を担っていた。それは、最後の意思決定の場であるということだ。

 職業に就いた所で、転職などいつでも出来る。その職業を極めた者は他の職業も会得するのが一般だ。そうやって、人間は力を付けていき、マスターした職業によって個性が出るものだ。

 しかし問題は最初に就いた職業である。実は、最初に就いた職によってその人間の資質が決まるーーその人間の元となる能力の優劣が決まるのだ。

 例えば、最初に戦士になるとする。戦士は武器のスペシャリストなので、筋力や反射神経など、肉体的な能力に秀でている。その後に魔導師に転職するとする。本来魔導師は魔力が高く、知性も高い。しかし最初に戦士であるとその恩恵が受けられない。その代わり戦士であったときのメリットーー強い筋力などはそのまま引き継がれる。よって、接近戦に強い魔導師になれる。これはメリットもあり、デメリットもある。これに優劣をつけることは出来ない。そして、後にこれが個性になっていくのだ。

 剣士になれば、剣の扱いは戦士にも勝る。剣を装備する時の攻撃力は格段に他を抜きん出ているだろう。そして、それは転職した場合も同様だ。アルフレッドは、そのようなメリットやデメリットを深くは考えなかった。それでも、騎士を目指したいという目標がある故に、その様な楽観も間違いとは言い切れない。

 アルフレッドは事務所に向かう。

「ここか?いや、ここは戦士事務所だ……まあ近くだろうが」

 ここは、通称『事務所立地区』と呼ばれる。事務所は最初に就ける職、所謂初級職の数だけある。よって、事務所の数は膨大で、その分土地が必要となる。よって、職業制度が施工された時に、平地を開拓して訓練場などの設備を完備した事務所が十数個建設された。よって、この街『オリオルフェスト』は三つの区画からなるーー商業区、住宅区、事務所立地区の三つだ。

大体似たようなジャンルーー近接戦闘の戦士、剣士、格闘家や魔法を扱う魔導師、僧侶の様に大まかな組み分けがされているーーの職業事務所は近設しているので、アルフレッドは戦士の事務所を頼りに剣士事務所の位置を特定出来た。

「うぅ……緊張する……」

「どうした、青年」

「ひぇっ!?」

 声を掛けられたアルフレッドが振り返ると、そこにはアルフレッドの頭一つ分、或いはそれ以上背の高い大男がいた。

 驚きのあまりにアルフレッドは小さな悲鳴を漏らしていた。

「剣士事務所に何用だ? もしや、新たな志願者か?」

「はい、そうです……ここで試験を行うと聞いたので」

「そうかそうか。まあ中に入って待っていろ。すぐ案内を寄越す」

 そう言い大男は施設内に立ち去った。

 アルフレッドは事務所の中に入り、案内役が来るのを待つ。さっきのような大男が来たらやりにくいなとか、試験何するんだろうとか考えていた。

「君が志願者?」

 不意に声を掛けられた。恐らく、案内役の者であろう。

「は、はい!アルフレッド・ガルシアと申します!」

「うっす、俺はこの事務所で……主に新人教育?とかしてる、グレイブ・オークスだ」

 見た目は普通の若者、髪は栗色でツンツンしていて、言葉遣いから第一印象は大分チャラいものであった。

「あの……試験するって何をするんですか?何も聞かされてないもので……」

 アルフレッドは質問する。

「んーまあ、ついて来なよ。すぐ分かるさ」

「はぁ……」

 アルフレッドは結局目的も分からないまま、試験会場であろう場所に引率される。


 道中、グレイブがアルフレッドに尋ねた。

「時間短縮のために、移動しながら面接すっか。適当に答えてくれ。あ、別に落とそうとかそういうの全くないから固くなんなよ、一種の通過儀礼みたいなもんだから」

 こんなものでいいのだろうかとアルフレッドは溜息をつく。

「それじゃ、一つ目。職業の経歴は?」

「今日、成人したので、この剣士の志願が初めてです」

「ほう、本当に新人って訳だな。資質とか、そこら辺のこと分かってるよな?」

 資質ーー職業に初めて就く時に決まる能力の優劣のことだ。アルフレッドにもその程度の知識ーー一応、必要最低限の知識であるーーは持ち合わせていたので、グレイブの問いに頷いた。

「それじゃ、二つ目。数ある職業の中で剣士選んだ理由を教えてくれ」

 先程の騎士といい、この男といい、何故その問いに固執するのか、アルフレッドは疑問に思った。ただの偶然かもしれないが、アルフレッドはあまり快くなかった。

 しかし、答えないわけにもいかないので、正直に答えざるを得ない。

「俺、騎士を目指してるんです。騎士になるためには剣士を極めなければならない。だから、剣士の力を培ってゆくゆくは騎士に……」

「へえ、騎士かい。中々いい目標だね。じゃあ、騎士を目指す理由は?」

 グレイブがすぐに切り返す。

 アルフレッドは理由を話すのを躊躇った。先程の件をそのまま話すのは少し羞恥を感じるので、出会った騎士の話だけすることにした。

「目標にしている人がいるんです」

「へえ、どんな?」

「この街の……オリオルフェストの警備隊の騎士さんです」

 それを告げた途端、グレイブの顔色が変わった。

「……まさか、その騎士って、黒い甲冑を着てなかったか?」

 アルフレッドは鮮明に覚えている、威厳ある漆黒の甲冑を身につけた、堂々たる騎士の構えを。

「はい、その通りです……もしかして、知り合いですか?」

グレイブは此方と目を合わせずに、吐き捨てるように言った。

「そんな奴は知らない」

 その態度からして、グレイブは明らかに騎士のことを知っていた。しかし、グレイブの拒絶のあまりにアルフレッドは問い返すことは出来なかった。


「さて、着いたぞ。ここが試験会場だ」

「……え?」

「見て分かるだろう? これが、試験だ」

 アルフレッドの目の前に広がるのは、予想していたものとは全く異なる風景だった。

「……てっきり筆記試験か何かだと思ってました」

 目の前には大勢の群衆、飛び交う歓声、そしてそれらが取り巻くのは一つのリング。

「アルフレッド・ガルシア。君にはここで試合を行ってもらう」


 試合を行う各人には木刀が配られ、それを使い戦う。

 戦うといっても、一撃を加えれば攻撃側が勝利するという、単純な試合だ。


 アルフレッドは、壇上で行われる試合を観戦していた。そこで戦う剣士二人は、何れも熟練者のようで白熱した戦いをしている。

「……俺も今からこんなことするのか」

 一方が剣を振り下ろす、それをもう一方が剣で防ぎ、そのまま鍔迫り合う。競り勝った方が剣を突き出すが、それを紙一重で躱す。

 両者は一歩も譲らない。実力は互角ということだろう。

 アルフレッドは静かにそれを観戦していたが、内心ではかなり焦っていた。目の前で繰り広げられている戦いを自ら行わなければならない。

 剣を握ったことのないアルフレッドにとってそれは思っている以上に過酷なはずだ。

そんな思索を巡らすなか、何処かへ行っていたグレイブが帰ってくる。

「楽しいか?」

「まあ、見る分には」

「参加申し込みしてきたぞ。次の試合だ」

 アルフレッドが目を見張る。それもそのはず、本当にいきなりなんて思っていなかったからだ。

「相手は『無敗の猛者』ライド・モーグルだ」

 妙な二つ名が耳に掛かる。

「無敗の猛者?」

「ああ、文字通り、負け無しってことさ」

 アルフレッドがそれを理解すると、顔から血の気が引いていった。先程まで、あそこで戦っていた人よりも強いかもしれない。ただでさえ自信が無いというのに。それだけで戦意は消失していったのだ。

「そんなの……無理ですよ」

 アルフレッドは声を絞り出す。

「無理です。一回も剣を握ったこともないのに、そんなベテランと……最初から勝ち目は無いじゃないですか! こんなことに意味あるんですか!? こんなの……茶番でしかない!!」

 それを、グレイブは静かに聞く。そして、聞き終わるや否や、口を開いた。

「甘えるな」

「!!」

 アルフレッドはその冷めた言葉に頭に登った血を冷まさせられる。

「逃げたければ逃げればいい。但し、そうしたらここにはもう来られない。つまり、騎士にはなれない。

 騎士になるってのはそう甘くはねえ。必死で努力して、もがいて、涙を流して、そんな苦労を味わった奴しか騎士にはたどり着けない。

 こんな茶番試合なんて余興さ。だが、今のお前には、それに真っ向から挑もうという覚悟すらない!!」

「……」

アルフレッドは黙々とグレイブの言葉を聞き、唇を強く噛み締めた。

「……俺を『無敗の猛者』ライド・モーグルと戦わせてください!!」

覚悟を決めたアルフレッドの目には、やる気に満ちた光が宿っていた。

「……控室に行け。試合はもうすぐだ」


 控室の隅で、アルフレッドは震えていた。

「馬鹿野郎……恐いんじゃねえよ、これは武者震いだ」

 何も無い空間に向かって独り言を吐き捨てる。

 グレイブに渡された木刀を握る。

「しかしまあ、本当にこれだけとは……」

 先程観戦した通り、防具は付けず軽装で戦う。木刀で身体に直接打撃を与えれば勝利、単純なルールだが、ヒートアップしやすい分怪我のリスクも高い。

「いや……逃げ腰になったらダメだ。俺は騎士になるんだ」

 そう自分を言い聞かせ立ち上がる。そして、壇上へと足を踏み出した。


 アルフレッドが壇上に上がると、歓声が湧いた。観客が待ちに待っていたのだろうーー勿論、目当てはライド・モーグルだろうが。

 その歓声のあまりの大きさに身体が怯む。こういう状況に場慣れしていないからか、視線が沢山集まるだけに緊張してしまう。

 そして、前方から声。

「遅いぜ、誰か知らないがあんまり手間取らせないでくれよ。俺も暇じゃないんだし……」

 アルフレッドが捉えたのは、一人の若者だった。その姿は唯の青年。背はまあまあ高め、肉はあまり着いていなく、見た目は一般人と殆ど変わりなかった。

 しかし、彼の身体から滲み出る威圧感、それだけが特出していた。そして、それは眼前の男がライド・モーグルであることを確信させた。

「その面構え……新人だな? 弱そうだな……」

 ライドが気だるそうに呟く。

「ライド・モーグル……」

「おいおい呼び捨てかよ。先輩には敬語を使えよ」

アルフレッドは木刀の先をライドに向け宣言する。

「俺は負けません。夢を叶えるために」

「若者が夢を持つってのはいいことだ。でもなぁ……現実をもっと見ろよ……っ!!」

 ライドがアルフレッドの向けた剣先を払いのけ、戦闘は始まった。


「遅い遅い!!」

 ライドの猛烈な斬りつけがアルフレッドを襲う。それをアルフレッド辛うじて防ぐ。いや、恐らく防げるようにライドが加減しているのだろう。

「おおおおおお!!」

 反撃に出るアルフレッドは両手で木刀を振り回す。それは全くの出鱈目で、剣撃は空を切るばかりだ。

「甘い」

 ライドは必死のアルフレッドの攻撃を片手で軽くいなす。

「俺は……! 騎士になるんだ……!!」

 アルフレッドが足を踏み込み、木刀を全力で振り抜く。それは、完全にライドの腹を捉えた。

……かのように見えた。


「素人が図に乗るな」


 ライドがぽつりと呟く。

 ライドの躯を捉えたと思われた剣の軌道はあらぬ方向へと向かっていった。ーーまるで、ライドを避けるかのように。

「やっぱ弱いよ、お前」

 ライドがアルフレッドの木刀を振り払い、アルフレッドの肩に一撃を叩き込もうとする。

 アルフレッドは負けを確信していた。


 その時、突如場内に響き渡る放送が鳴り響いた。

「「緊急事態です!! 」」

 場内が一瞬で沈黙に包まれる。

「「剣士訓練所構内に複数体の魔物の侵入を確認!

 迎撃に当たれる者は速やかに魔物の迎撃を、その他は速やかに避難をしてください!!」」


「うわあああ〜!」「急げ!!」「避難者はこっちに!」

 放送が鳴り止むと同時に、構内は悲鳴に包まれ、秩序を失った。

「おい、新人」

ライドが木刀を降ろし、話しかける。

「アルフレッド・ガルシアです」

「んなこと今はどうでもいい。それより、敵の迎撃にあたるぞ」

「武器も無しに?」

「いや、ちゃんとあるだろ?」

 二人が手に持つのは木刀。アルフレッドは溜息をついた。

「俺がいるからには大丈夫だよ。さあ、被害が出る前にとっとと終わらすぞ。

 この俺が負けるなんてあり得ない。なんたって、俺は『無敗の猛者』だぜ?」

 ライドが駆け出すのに、アルフレッドは着いて行く。

「ああ、そういえば……」

 ライドが走りながらアルフレッドの方を向く。

「俺に負けなかったのは、お前が初めてだ」

 ライドなりの褒め言葉だったのだろうか、ライドは照れてすぐにアルフレッドから視線を逸らした。

 アルフレッドの顔からは自然に笑みがこぼれていた。


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