001第一話1「甲冑の騎士」
朦朧とした意識が覚醒し、視界に入るほのかな日光が朝であることを告げる。男にとってそれは幾千と繰り返された所業なのだが、今日のそれは特別なものであった。
365日という1年の周期を18周した日ーーつまり、18歳の誕生日であった。
人間18歳にもなると世間では成人として扱われる。身体的に、そして社会的にだ。社会的というのはこの世界のある制度からなるものだった。
『職業制度』ーー成人は、帰属する国家のために任意の職業に就いて労働する義務がある。それによって彼もまた成人になった今日、お国のために貢献しなければならなくなった。
職業には様々なものがあるが、周辺に魔物が蔓延るご時世なので専ら兵役が主だ。例えば戦士、魔導士、遊び人……勿論そのような肉体労働的な職業だけしかない訳ではない。商人や料理人、講師、研究者など、その守備範囲は限りない。
それでも兵役業に人気があるのには訳があった。一つ、軍や国家に配属されない限り、仕事内容に明確決まりはない。酒場などの情報提供者のいる場所で依頼を受けて、その依頼を遂行する。それが主だ。
依頼内容は様々だ。魔物退治、要人の護衛、荷物の配達、ゴキブリ退治など、日常のことから、命に関わることまで何でもある。
そして、依頼を達成すると、依頼主から報酬が貰える。こうして、生計を立てていくのだ。
さらに、魔物を狩れば肉や毛皮が手に入る。上手くいけばーー腕が立つことは前提であるがーー無賃で生活することが出来る。とてもサバイバルだ。
そして、この男アルフレッド・ガルシアも今日18歳の誕生日を迎えた。彼もまた、職業を決めなければならない成人の一人であった。
成人を迎える人間は将来を決める『職業制度』に対して何らかの興味を持ち、その日に向けてなりたい職業選びを終えているのが基本だ。しかし、優柔不断なアルフレッドにとって多数の職業から一つを選び出すのは少なからず大変な作業であり、とうとう今日までに決めることは出来なかった。
そんなアルフレッドにも転機が訪れた。
「いつまで寝てるの!?今日は大事な日でしょ?早く身支度しなさい!」
母親から起床を促され、温もりの残ったベッドから這い出る。服を着替え、顔を洗い、朝食はミルクとトーストで済ませた。
何のために朝から外出の準備をしているかというと、職業申請書に記入を行うためだ。市街地の中心にある役場まで行って、職業申請書に希望職を書き込まなければならない。そして、その期限がアルフレッドの誕生日である今日までだった。期限の今日に遅れるとアルフレッドは晴れてニートになるわけで、それだけは避けなければならないために急いでいる。
「行ってきます」
内心少しの緊張を感じながら、外の空気を肺いっぱいに吸い込み、静かに吐き出す。いつも見ている景色なのに、胸の高鳴りのせいか違った景色のように見える。
徒歩30分、その程度の道のりなので苦にはならない。いつもの風景を深く味わい、過去を懐古しながら歩いた。
懐かしい駄菓子屋。昔はよくあの店の当たり付き菓子を買っては、外れしか出なかったものだ。あの八百屋のおっちゃんは、親との買い物の時にいつもおまけしてくれたなーー
幼き日の思い出が蘇る。そんな自分もこれからは成人だ。その思いを噛み締めながら歩いていった。
あれ?
アルフレッドは違和感に気づいた。
「何で誰もいないんだ?」
この道をそれ程多くの人間が行き来することはない。今偶然人が通ってないという可能性もあり得る。しかし、今通り過ぎた店の店主が一人もいなかった。普段は暇していて新聞紙を広げている駄菓子屋のじいさんも、店前を通るといつも声をかけてくれる八百屋のおっちゃんも、誰もいなかった。
目に見える景色の違いは、自分の心構えから来ているものだと信じ込んでいた。だが、それは間違いだった。明確に景色は違う。おかしいのはこの街だ。アルフレッドはそれに気づいた。
途端、辺りが光に包まれた。突然の眩しさに思わず目を閉じる。そして、視力が回復して目を開けるとーーそこにはつい先程までの街並みとは一転、廃墟としか呼び様のない街並みの残骸、一帯は炎に包まれていた。
アルフレッドはその場に呆然と立ち尽くす。突然の出来事に声も出ない。脳の思考が現実に追いつかない。ただ、その惨状を見つめるだけだ。
そんな中、後ろから駆け寄る馬の足音がした。アルフレッドは虚ろな眼差しで振り返る。
そこには、艶やかで漆黒の毛並みを持つ馬に跨る、黒塗りの甲冑を身に纏った騎士がいた。
「君、こんなところで何をしているんだい?」
騎士の問いに応えるべくアルフレッドはこれまでの経緯を説明した。
「そうか……それは災難だったね。ただ……」
騎士の口から救いの言葉が紡がれた。
「この街は壊滅なんかしてない。これは、魔物による擬似領域結界さ。」
その言葉に、アルフレッドは安堵する。自分の故郷が無くなったわけではないみたいだ。しかし、彼はもう一つの問題に気づいた。
「ということは、魔物がこの付近に徘徊しているってことですか……?しかも、人間を狙うという明確な意志を持って」
「鋭いね。その通りだよ。本来魔物は上部からの命令をそのまま実行するにすぎない低俗な生き物だ。単体ならば街に入ってくるなんて行為はしない。それらにとってメリットは無いからね。」
「つまり……」
アルフレッドが息を呑む。
「この街は、魔物のボスに狙われてるよ」
騎士の告げた言葉は、短いのと裏腹に残酷なものだった。それが意味することは、酷ければ街が本当に壊滅、良くとも魔物の頭を殲滅するために規模の大きな戦闘が起こるということだった。言い換えれば、この街の平和はじきに無くなる。
「少し下がってて」
騎士が徐に腰の鞘から剣を抜いた。
「近くに魔物がいる」
剣を構えるや否や、騎士に向かって飛来する物体が一つーー炎の魔物『ボム』だ。
突撃するボムを剣で受け止める。高温の熱が後方に控えているアルフレッドの元へも伝わる。それを真近で耐えている騎士の身体能力は相当なものだろう。
決着はあっけないものだった。騎士がボムをいなしてすぐさま切り返し。ボムは炭化し、ボムだった炭は空気中へと舞い上がった。
「大丈夫?怪我は無い?」
戦いの一部始終を見ていたアルフレッドは、ただ一言その口から漏らした。
「かっこいい……」
アルフレッドは職業を決めなければならない。しかし、なりたい職業なんて無い。つい先程までそう思っていた。しかし、その考えは騎士との出会いによって変わった。
「俺、剣士を志願します!」
アルフレッドは、騎士にそう宣言した。
「剣士になって、騎士を目指します!騎士さんみたいな騎士になりたい!」
そこまでいうと、アルフレッドは冷静を撮り戻し、興奮していたことに羞恥を覚えた。
いつの間にか、風景は元の街並みに戻っていた。さっきまでいなかった人々の賑わいで街に活気が戻る。朝よりも上に昇った太陽がより一層眩しく感じた。
「魔物の気配はもう無いみたいだね。とは言っても、まだ安全とは言い切れない。君、ええと……」
そういえば自己紹介を何もしていなかった。一応、名前だけ告げておく。
「アルフレッド・ガルシアです」
「いい名前だね。アルフレッド君、君は役場に行くんだろう?連れて行ってあげるよ」
そこまで長い距離ではないし特について行ってもらう必要は無かったが、先程の様なこともあったし、念には念をということで厚意に甘えることにした。
「お願いします」
道中、色々なことを聞いた。彼ーー騎士さんが街の警備隊に所属しているということ、魔物を討伐したときの話、沢山話してくれたが、彼は名前だけは教えてくれなかった。アルフレッドが尋ねても、「名乗る程じゃないから」とはぐらかされた。言いたくないことを無理に訊くのも良心が咎めたので、深く詮索することはやめた。
小一時間歩いてやっと役場前に到着した。
この街のシンボルである巨大な噴水、それが役場前に構えていて来訪者を歓迎する。アルフレッドは噴水の水面を覗いて身なりを整える。顔つきは自信に満ちたものであった。
「ここまでありがとうございました」
アルフレッドが深々と頭を下げる。これまでの感謝の念がそれには込められていた。
「住民の護衛も警備隊の役目だからね」
「いつか、騎士さんの様な騎士になってみせます!」
その時、騎士の声色が変わった。
「それで、剣士になろうっていうのかい?」
騎士の変化に少し戸惑うアルフレッドだが、そのまま続けた。
「は……はい。騎士さんは俺の憧れです。今日のことだけで、あんな風に戦ってみたいって思って……」
「後悔するかもしれないよ」
「……」
「冗談だよ、冗談。立派な剣士になって、困っている人々を助けられる様になれたらいいね」
いつの間にか、さっきまでの温和な騎士に戻っていた。
「は、はい」
「それじゃ、またいつか会う機会があったら」
騎士は馬に跨り、一度会釈して馬を走らせていった。
先程の少し見せたあの騎士の顔。アルフレッドの心にそれが引っかかっていた。しかし、本人が冗談だと公言しているのでそこまで深く考えない様にしようと決めた。
アルフレッドは噴水を後にし役場の中へと足を踏み入れる。
「騎士さん。それでも俺、剣士を志願します」