017 2「魔石を求めて」
朝を迎え、彼らはジン廃鉱山へ進んでいた。鉱山はもう目の前で、ステイルがやっと着いたかと息を吐く。それに対しルージュは緊張感を持てと諌めた。
「鉱山に突入する前に、空気の確認をします」
アルフレッドが先導して、ジリジリと少しずつ鉱山内を探索する。アルフレッドやルージュは気づいたことがあるようで、少しした後鉱山から出た。
「アルフレッド君は気づいた?」
「はい……あれほどのものとは……」
二人の会話を聞いてステイルはきょとんとした。
「何か、おかしいところあった?」
アルフレッドは目を丸めた。
「お前、何も感じなかったのか!?」
「な、何も……」
アルフレッドは右手で髪をくしゃくしゃとかき回し、ステイルに説明する。
「鉱山内部にはな、尋常じゃないほどの瘴気が溢れている! それを浴び続けたら、生命活動に害をなすどころか、最悪魔物に乗っ取られるぞ!!」
「なっ!?」
ステイルは驚きを隠せないようだ。そして、自分が今からこの地に踏み込むことの危険性を噛み締めた。
「でも、行かなきゃいけないんだろ……?」
「運良く祓魔師のミーナが先に入ってるからな。彼女に会えば何とかしてくれるよ」
そのために先回りさせたんでしょ? と、アルフレッドはルージュに確認した。ルージュは笑顔のままだ。
「そうだね。全部、想定の上さ」
「その祓魔師の人に会うまではどうするのさ!?」
ルージュは、再び鉱山内に足を踏み入れる。先ほどとは違い、しっかりと地面を踏みしめた。
「決まってるだろう? 耐えるんだよ」
「そんな無茶な……」
怯えるステイルの腕を引っ張って、アルフレッドはルージュに続いた。
鉱山内は湿度が高いが、それが天然のものなのか、瘴気のためなのかは分からなかった。本来瘴気とは、魔物から溢れる悪意、憎悪、悪臭、怨念などの実体を持たないものの集合体だ。それが現実世界に及ぼす効果は完全には解明されてはいないが、「浴びすぎてはいけないもの」として世に認識されている。瘴気は包括して悪いものの集合体であり、それは霧状になって空間にはびこる。そのため実際の水からなる霧の様に湿度に干渉したとしてもおかしくはないのだ。
それゆえ洞窟内は視界が悪い。ランタンで先を照らしたところで数メートル前までしか目認できない。こんなときに魔物に出会うと、苦戦は必至だ。
視界の悪さから三人も警戒心を強める。少しでも空気の揺らぎがあれば、臨戦態勢を取って辺りを確認する。――そんな用心の反面、彼らが会敵することはほとんど無かった。瘴気に晒された小鼠を数匹倒しただけで、他に敵らしい敵とは遭遇していない。
当然それをルージュは不可思議に思う。彼の経験則からこんなことはありえないと感じたのだろう。彼は、三人を立ち止まらせ、意識を集中させた。
すると、急にルージュの顔から笑顔が消える。その変化にアルフレッドもただごとではないと察する。
「どうしたんです!? 急に立ち止まったりして!」
ルージュは静かに、しかし圧をこめて発声した。
「囲まれた……」
「ッ!?」
アルフレッドとステイルは剣を構え辺りを見渡す。しかし、目には何も映らず、深い霧の中目をこらしても何も見つかることは無かった。
「何がいるっていうんです!?」
アルフレッドはしびれを切らす。
「蝙蝠の、群れだ」
ルージュの声とともに――
真紅の眼を持つ夜の帝王達が、一斉に三人に襲いかかった。
「なっ、なんだよこいつら!!」
ステイルは短剣をかざして振り回している。蝙蝠はその間をくぐってステイルを啄む。
「斬れ! 斬りまくれ!!」
ルージュの声がどこからか聞こえるが、瘴気によってステイルには見えない。まるで、彼は独りで戦っているようだった。
「ルージュ! アルフレッド! どこにいる!?」
「ここだ! 心配するな、俺はいる!!」
どこからかアルフレッドの声。しかし、先ほど通り位置は掴めなかった。
「こんな中、どうやって戦えって……」
ステイルの動きにキレが無くなる。その要因は恐らく三つ。一つ目は、瘴気に含まれる毒素が全身に回り始めたこと。二つ目は、蝙蝠がステイルを啄む際、吸血していること。これによってステイルは軽い失血状態に陥っている。そして最後は心理的要因。彼の孤独感が不安や恐怖を呼び覚まし、正常な脳の働きを阻害しているのだ。
この状況を、ルージュは感じ取った。ステイルの気配が小さくなっていると。そしてこの状況を打破するために、ルージュは叫んだ。
「アルフレッド! アレを使え!!」
アルフレッドの元にルージュの声が届く。アルフレッドは『アレ』の指すことを瞬時に理解し、実行に移した。
「旋回斬<ワールウィンド>ッ!!」
アルフレッドが周囲を斬り裂く。切り裂いたものは彼に群がっていた蝙蝠、そして――瘴気。
彼を中心に、半径数メートルの瘴気が一気に振り払われた。それにより彼らの視界は開け、お互いの姿を確認できた。
「ッ!? ステイル!!」
アルフレッドはステイルを見て驚く。彼は失血で倒れこんでいたのだ。
「ハハ……俺に構わず、戦えよ」
ステイルは弱々しく吐き捨てる。
「無駄な体力を使うな! 少し休め!!」
ステイルの前後をアルフレッドとルージュが背中を向けて守る。
「二人共……」
瘴気は直に蔓延し、蝙蝠も向かってくる。
二人はそれを見据えて――
「待つのも飽きたからちょっと見に来てみれば……こんなところで立ち往生ですか? 情けないですね!」
三人を、光が包み込んだ。
「ッ!!」
突然の発光に目をくらませる三人。あまりの眩しさに三人は手で目を覆った。数秒後、視力が回復した三人はその景色に驚く。――自分達を囲んでいた蝙蝠が、一匹残らず”消えて”いたのだ。
「いったい何が……」
思いがけない現象に当惑するステイル。しかし、そばにいる二人はそれに心当たりがあった。
「もうちょっと早く助けに来てくれよ! ミーナ!」
アルフレッドが笑顔で叫ぶと、影から女性がゆっくりと歩み寄る。彼女は身体の周りに光をまとっていた。
「退魔魔法と浄化魔法です。これで魔物も寄ってこないし、瘴気の害もほとんど無くなりますよ」
ミーナが詠唱すると、三人の身体の周りにも、ミーナと同じように光が生まれた。
「さっきの魔法凄かったな! 一気に魔物を倒すなんて!」
「アルフレッドさんって単純ですね……私は魔物は一匹も倒してないですよ」
ミーナの言葉にアルフレッドは目を丸める。それをミーナは気にもかけず説明を続ける。
「あれは瘴気を取り除く魔法です。アンデッドの成仏魔法と似てますね。あの蝙蝠は瘴気で魔性が強まってましたから、それを元に戻してあげたんですよ。今はもう、普通のコウモリと変わらないはずです」
アルフレッドは納得したようなしてないような、そんな顔をしていた。
「って……この子、大分瘴気にやられてますね。治療します」
ステイルの姿を見たミーナが呪文を詠唱する。すると、ミーナの手にほのかな光が宿り、ステイルの頭部に添えられた。顔色の悪かったステイルの顔が、次第に色を取り戻し、表情も和らいでゆく。
「これでもう大丈夫です。血を流し過ぎたようですから、まだ無理はなさらずに」
「お前は……」
意識がはっきりとしたステイルは、ミーナを見て尋ねる。
「私は、アルフレッドさんと同じパーティで祓魔師のミーナ・ファウストです。あなたは?」
「俺はステイル・ティアルクラ。盗賊だ」
ミーナは笑顔で、
「よろしくね。ステイルくん」
手を差し出した。
「よ、よろしく……」
ステイルは頬を赤らめ、ミーナの手をとった。
「なーに赤くなってるんだよ」
アルフレッドが横槍を入れる。もちろんステイルは気が触れて、
「うるさい! アルフレッドは黙ってろ!!」
取っ組み合いになった。
「ほらほら、こんなところで喧嘩しない」
それをルージュが仲裁する。いつもの流れだ。
「フフフ、皆仲がいいんですね」
「仲がよすぎて疲れちゃうよ」
ミーナとルージュが皮肉を言って笑う。しかしアルフレッドとステイルは睨み合ったままだ。
「それじゃ、進もうか。サクッと終わらせよう」
ルージュの一声で、彼らは瘴気に満ちた鉱山の中を進みだした。
ミーナのかけた退魔魔法と浄化魔法によって、鉱山内を快適に進む一行。特に魔物と遭遇することもなく、先ほどの一戦と比べれば拍子抜けした道中であった。これはミーナの魔法の高等さを示唆することでもあったが、ステイルは特に気にも留めずに緊張感を欠いている様相だ。
そんな中、彼らは一段と開けた場所に出る。そこは小部屋のような空間で、狭い道中とは打って変わって随分広い印象を一行は得た。
「ここは……もしかして、採掘の拠点になっていた場所かなあ……」
ルージュが推測する。彼は松明で地面を照らしつつ、何かを見つけたようだ。ルージュの様子を見て、ステイルも何かあったのかと地面を覗きこんだ。そして、ステイルは声を失った。
「なんだよ……これ……」
「見ての通りだよ。過去に犠牲になった人々、その亡骸だ」
地面に広がるのは無数の人骨。多くの頭蓋がそれが人のものであると決定づけていた。
「なんで、こんなに多くの骨が……」
ステイルはそれらを見て怯えていた。アルフレッドやミーナはそれに気づかずに壁面を調査している。魔石を探しているのか壁を凝視していてルージュ達の行動には気づかないようだ。
「ステイル君。君はなぜこんなに骨があると思う?」
ルージュは突然ステイルに問いかけた。
「なんでって……ここで死んだからじゃ?」
「そうだね。ここで死んで、白骨化した。長い時間を要したはずだ」
ルージュは語りはじめる。
「まずは過去の話をしよう。この鉱山はさ、昔はとても栄えていたんだよね。良質な魔石の取れる富裕層御用達の商売だったはずだ。でも、魔物が現れたことによってだんだん廃れていった」
ルージュはここで一旦区切り、ステイルに意見を求めた。
「何かおかしいと思わないかい?」
ステイルは少し考え、ありのままを話す。
「魔物を倒してしまえばよかったんじゃ?」
「そうだね。魔物を倒せば一件落着。採掘を続けられた。恐らくだけどね、彼らは倒そうとしたんだ。衛兵を雇うなりすれば倒せるはずだよ」
ステイルは蛇足だけど、と釘を差して、鉱夫と衛兵など働き手を増やすきっかけにもなり経済状況を改善することも可能だと説明した。
ステイルはその説明を受けてますます疑問を増やす。
「じゃあなんで……廃れたのさ! 魔物を倒せなかったから、廃れたんでしょ? おかしいじゃんか、衛兵を雇って、魔物が減らなかったとでもいうの!?」
「君は、魔物は人間に駆逐されるものだという認識があるよね」
「ああ。魔物は、人間に倒されるべき存在だ!」
「少し頭が固いね……。見方を変えてみよう。もしも、人間が勝てない程強い魔物が現れたとしたら?」
ステイルは口をつぐんだ。反論することができなかった。
「つまり、そういうことだ。ここの人たちが殺され、産業が衰退した理由。それは、並大抵の人間にはどうしようもない強敵が現れて、来るもの全てを殺したからだ」
ルージュはアルフレッドたちを見澄ます。彼らはつるはしを使って壁を掘り起こそうとしている。魔石を見つけたのか顔は明るかった。
「これは僕の推論にすぎないよ。――この鉱山には主がいる。名付けるとしたら……」
ルージュは上を向いて考え、呟いた。
「『魔石の番人』」
アルフレッドの振り下ろしたつるはしが壁面を貫く。そしてそれが引き金となり――
「推論の実証だ」
直後、爆発が起こった。
爆風によって後方に退けられた四人。彼らの目には、巨大な『石像』の姿が写っている。身体は鉱石によって構築され、体長は人間の数倍。腕は身体の割に太く繰り出される拳の威力は想像したくもない。鉱石で出来た眼は単眼で、それは鈍く紅色に光っている――それこそ、ルージュの言っていた魔石のことだと一同は悟った。
四人は立ち上がり、武器を構える。そんな中でルージュは唇を吊り上げこう言った。
「『魔石の番人』――こう呼ぶことにしようか」
石像がゆっくりと足を上げ歩み寄る。一歩ごとに地響きが四人を襲う。
「『石像』<ゴーレム>と」




