013第四話1「新たなる地」
ある小さな村での会話。それはいつものたわいないものでは無く、殺伐した、そして緊迫したものとなった。
「正直、この国の王の独裁には付いて行けない」
「だよな……ここは村一丸となって、一揆を起こそうじゃないか」
この大陸を、統治という名目で支配している国家がある。
その勢力はかなり強大で、周辺地域はおろか、この大陸全土、経済的に考えれば全世界に影響は及んでいる。
国王の独裁に異論を口にする者はいない。何故なら、この国家は『絶対王政』国家だからだ。
王に反対意見を出すものは殺され、その家族にまでも被害は及んだ。
勿論一揆等を企てたとしても、圧倒的な『力』によってねじ伏せられる。
一縷の望みなどすぐに断ち切られるのだ。
その大半は、実行する前に消される。そして、今回のことも例外ではなかった。
次の日、村中に紙がばら撒かれた。
「独裁者を倒せ!!」
達筆な行書体で書かれた題目と、その下に要項が書かれている。
「肌寒い季節に移ろい行く中、作物は育たない一方で、年貢の取り立ては依然厳しい。年貢を払わない世帯は国軍の介入によって命を奪われていく。
それは全て、このアークライト国王、クワトロ・アークライトによるものだ。
彼の独裁は目を逸らしたくなる程残虐で、冷酷である。
そこで、私はもう現実から逃げたくないと思う。ここに反乱軍を結成することを宣言す。
未来は自分達の手で掴み取る物である。独裁者なぞの政治を受動的に受けたところで、未来が変わることなど断じて無い。
戦いを恐れることなど無い。死を恐れることはない。これは、聖戦である。
現在の政治に疑問、不満を持つ者、未来の英雄になりたい者は至急、村集会場まで来るべし」
これを読んだ村人は沸きあがった。待ちに待ったこの時がついにやってきて、興奮を覚えている。
国王に対する不満が高いというのは明らかだ。
――このときは、皆明るい未来を想像していたに違いない。
しかし、現実は厳しかった。彼らは絶望すら味わうことができなかった。彼らの未来など、最初から用意されていなかったのだ。
その日の夜、村は地図から消えた。
剣士志願者の聖譚曲―the Knight's Oratorio―
第二部「世界平和? そんなの興味ないね」
「うっす! マスター、久しぶり!!」
パーティリーダー、中級職、メイジであるガイ・マデューカスは勢いよく酒場のドアを開けた。
「おお、来たか。お前達が頼んでた件だが……一件、依頼があったぞ」
「本当ですか!? やったぁ!!」
パーティ唯一の上級職、祓魔師であるミーナ・ファウストは喜びの声をあげた。
――彼らは一週間前、『大罪』に関する事実を突きつけられ、世界の何処かにいる残り五人の大罪所有者を探さなければならなくなった。そのための情報収集として、酒場のマスターを通して依頼を募集していたのだ。
「誰からだ?」
中級職、弓使いのシンシア・グレイスフォードは期待しながらマスターに訊いた。
マスターは紙面を見ながら言う。
「ええと……『ルージュ・ベルベット』って戦士からだな……」
「ルージュさんですか!?」
初級職の剣士、アルフレッド・ガルシアは目を見開いて驚きの声をあげた。他のメンバーも顔を見合わせる。
「何だ? もしかして知り合いか?」
アルフレッドは頷いた。
「はい。この前の討伐戦で一緒に戦ったパーティのリーダーなんです」
ルージュのパーティは、見かけによらず実力者揃いだった。格闘家のシフ・ガンデックとウィッチ、トトリ・クランベルのコンビネーションはアルフレッド達に負けず劣らない。吟遊詩人のグリーン・バードの奏でる音楽には不思議な力がある。そして、リーダーのルージュの実力は計り知れない。あのライド――ヴェルナー司令でさえも驚かせた実力者だ。
「それで、どんな依頼内容なんだ?」
ガイがマスターに尋ねる。
「ええと……基本は調査活動って書いてあるが……
手紙が付いているみたいだ。読んでみろ」
マスターはガイに手紙を手渡す。ガイはそれを読み上げた。
『拝啓 ガイさん達パーティ一行
お久しぶりです。先日の討伐戦はお疲れ様でした。いかがお過ごしでしょうか。
さて、私が依頼した理由ですが……
率直に言いますと、アークライト国を救済していただきたい。勿論、あなたがたに全て任せる訳ではなく、私達パーティの手伝いをして頂きたいのです。
報酬は出来るだけ多くの金品を用意するつもりです。
細かい活動内容は、承諾していただけるなら、此方から再び集合した時に報告します。
承諾してくださるのならば、集合場所で落ち合いましょう。
敬具
ルージュ・ベルベット』
ガイがそれを読み終えると、皆が口々に意見を言い始めた。
「アークライトって……どこ?」
「ここから西の大陸の国ですよ!!」
「だが……あそこは鎖国状態じゃないのか?」
シンシアの意見にマスターが応える。
「アークライト自体は鎖国状態だな。領域に入った時点で撃ち落とされるだろう」
領域とは、領土、領海、領空を合わせたものだ。つまり、船でアークライト近辺に入港することは出来ない。
しかし、マスターは続ける。
「だが、他に方法はある。エールハウスから行く方法だ」
「そっちは大丈夫なんですか?」
「恐らくな」
エールハウス国とは、アレスター大陸の南端に位置する国――つまり、アークライトと間反対にある国だ。
大陸中、アークライトの次に経済力のある国で、アークライトと打って変わって外交や貿易に力を注ぐ国家として有名でもある。そこを経由して行けばアレスター大陸には辿り着ける――しかし、アークライト領土に入れるかどうかは分からない。
「ここまでリスクを冒して、俺たちがルージュを手伝う義理なんてあるか? まあそれに似合った報酬なのかもしれないけどよ……」
ガイは現実主義な一面を見せる。それに対してアルフレッドは、
「もしかしたら『大罪』に関係することが分かるかも……
アレスター大陸に一人所有者がいるってライドさんは言ってたし」
リスクよりも情報を得られる可能性を取った。
「取り敢えず、直接ルージュに会ってみたらどうだ?
詳しく説明してもらえるだろ」
マスターはそう提案し、一同はそうすることにした。
「ルージュさんが言っていた集合場所って、どこなんです?」
アルフレッドはマスターに尋ねる。マスターの持っている依頼要項に所在地が載っているはずだからだ。
「港の方にいるみたいだな。商業区の北だ」
「ありがとうございます」
一行は礼を言い、酒場を後にした。
商業区の通りを進み、港を目指す一行。ルージュは港の辺りにいるらしいが、詳しい場所は結局分からなかった。
「すぐ見つかるといいけどな」
「きっと見つかりますよ」
ミーナはそれといった理由は無いが、皆を元気付ける。
途中、被服店にミーナが寄りたがっていたが、時間の関係で後回しにした。シンシアもレストランのいい匂いに目を輝かせていたが三人は必死で食い止めた。
「結局埠頭まで来ちゃいましたね」
埠頭に着いた四人は、ルージュの姿を探す。しかし、その姿は陸には見つからなかった。
「ルージュさん、何処だよおおお!!」
ガイが海に向かって叫ぶ。突然の行動に三人は驚いた。
「急に大声出すんじゃない!」
「わりい、何かこんな景色見てると叫びたくならないか?」
ガイの言うとおり、その景色の広がりは限りない開放感を彼らにもたらしていた。
水平線が遠くに見え、空と海、青と青が入り混じって荘厳とした色の調和が彼らの視界に広がっていた。
「綺麗……」
「夏になったら泳ぎたいですね!」
一行はすっかり海の魅力に魅了されていた。
「やあ、皆来たんだね」
感動の余韻に浸っている中、何処かから声がした。その声は、探し人――他でもない、ルージュのものだった。しかし、その姿は見当たらない。四人は辺りを見回すが、彼ら以外にそこには誰もいなかった。
「ルージュさん、何処ですか?」
「ここだよ、ここ」
耳を済ませば、その声の方向は海からだと分かった。
四人は防波堤から海を見渡すが、やはりルージュは見当たらない。
――しかし、先ほどから、海に到着した時からチラチラと目に入るものがある。
「まさか、こんな大きな船に乗ってたりはしないよな……」
四人は船を眺める。甲板で走りまわる者が三人ほど。
「何か見覚えあるけど……」
「こら! 折角報酬金をはたいて買ったんだから慎重に扱え!!」
その怒声もルージュの声だった。
「あのー、ルージュさん……?」
アルフレッドが恐る恐る声を掛けた。
「あ、アルフレッド君たち。何してるんだ?
早く乗ってきなよ」
ルージュ達に促され、アルフレッド達はこの豪華な船に乗り込んだ。
「船なんて始めてだな。うおっ、結構揺れるな」
「うぅ……酔いそう」
ガイやアルフレッドは船に乗るのは初体験のようだ。それはおかしいことではない。何故なら、海に出ることなく、自分の国内で暮らすことが一番安全だからだ。勿論輸送業や水産業に携われば乗る機会は多い。
「慣れればそうでもねーぜ……うっぷ」
「見栄張るからそんなんなるんやろ!」
「全くしょうがないね、シフは……」
三人の漫才じみた会話も健在で、ほのぼのとしていた。
「それで……君たちは依頼を受けてくれるのかい?」
ルージュは四人に尋ねた。
「それが、まだ決めてないんです。文面だけじゃ分からないことも多くて。
手伝いたいんですけど、アークライト国ってのが……」
アルフレッドは本音で話した。それにルージュも真剣に答えた。
「はっきり言おう。この依頼中の安全は保証できない。最悪、命の危険もある」
「!?」
率直なその言葉は真理をついているが、それは前向きなものではなかった。
そして、ルージュは続ける。
「まず、僕がなんでこんな依頼をしたかを説明しないといけないね」
「お願いします」
「……何を隠そう、僕は元アークライトの人間なんだ。クワトロに何年か仕えていたんだけど、知っての通り彼は独裁政治をしてね……
それに耐えられなくなった僕は国を出た。それは重罪なんだけど、他国――オリオルフェストに逃げ込んで一パーティを装って隠れたんだ。アークライトで指名手配されちゃったけどその時に力を貸してくれたのがシフ、トトリ、グリーンの三人でね。本当に彼らには感謝してる」
「そんな……照れるじゃねーかよ」
「そうよ! ウチらは当然のことをしたまでやから」
「ありがとう。それで、逃げ続けるのも大変でね……ここに住み続けるのも危険が伴う。恐らくアークライトからの密告がここを嗅ぎつけるのも時間の問題だ。
ただ、僕はずっと作戦を練ってきた。今まで全ての時間を費やしてきてね。……その作戦は、アルフレッド君達が僕たちに加わることで可能になる。
この作戦の目的は、クワトロの退位、若しくは暗殺だ。……手を貸してくれないかい?」
「こ、殺すんですか!?」
四人はその言葉に驚いた。
「まあ、状況が悪ければね……」
「どうする? 皆」
アルフレッドは三人に訊く。
「言い換えれば、八人で一国に挑むようなもんだろ? しかも強豪国。決定的に勝てる自信でもあるのか?」
「作戦通りに行けば、弱小兵なら全て無力化出来る」
「作戦通りって……何処まで信じていいのやら」
ガイはあまり乗り気では無いようだ。
「でも、もしも独裁者を退位させられれば、アークライトの経済は決定的に変わる。それは世界の財政を左右することだ」
「それが私達にしか出来ないことなら……私はやります」
シンシアとミーナは肯定的だった。
「俺も手伝いたい……けど、ガイはあんまり乗り気じゃ……」
ガイは視線をそらせていた。
「お願いだ、ガイ君。君の力が必要なんだ」
ルージュは深く頭を下げた。
「殺すんだろ?」
ガイは言葉を吐き捨てた。
「クワトロのことか? 仮に殺したとして、罪に問われることは無いよ。僕達は革命軍。国の発展に不可欠な存在だ。殺人と革命は違う」
「……報酬は?」
「何でも聴いてあげるよ。僕達に出来ることは何でもするつもりだ」
「そうか……。分かった。この依頼、乗った」
ガイは覚悟を決めた。
「但し、その約束違えるなよ」
「分かってるって。そんなに信用ならない人間ってわけでもないだろ?」
ルージュは手を差し出した。それにガイも応じる。
「交渉成立だ。それじゃ、行こうぜ。アレスター大陸に」
彼らの長い旅が始まった。
「出航だ!!」
帆を上げ進む、大きな船の上でルージュが叫ぶ。
「まずはエールハウスから入港するんですよね?」
ミーナが質問した。
「そうだぜ。アークライト側からは入れないからな」
その質問にシフが答える。
「エールハウスに着いたらグループに別れて別行動だよね?」
グリーンの問いに、ルージュが細かく説明した。
「そうだよ。まず、僕とアルフレッド君でエールハウス国内で情報収集を行う。主にアークライト、独裁者――クワトロ関係の情報だな。経済視点、軍事視点での近年の動向が知りたい。
またミーナさんには先回りして鉱山に行って貰う」
「鉱山ですか……?」
「ああ、作戦に特殊な鉱石が必要でね。先に道を切り拓いてくれたら嬉しい。僕とアルフレッド君も後で向かう予定だよ」
ミーナは頷き、ルージュは再び話を続けた。
「それでトトリには特別な任務を与える」
トトリは突然名指しされ驚いた
「えっ!? ウチ?」
「トトリは確か薬剤師も経験あったよな」
「ちょっとだけやけど、中級職でやめちゃったよ」
「それでいい。トトリには新たな武器の設計図を描いて貰う」
「武器? ウチ鍛冶屋やないっちゃけど!」
トトリは両手を前に出し拒否のポーズを取った。
「いや、それでいいんだ。お前には後で詳しく伝えるよ……」
「まあ、ルージュが言うんなら多分大丈夫なんやろうけど……」
トトリはルージュにしぶしぶ言いくるめられていた。そしてルージュは続ける。
「ガイ君、シフ、グリーン、シンシアさんの四人にはアークライト近辺の村落の調査をして貰う。」
「アークライトって……危なくない?」
シフが恐る恐るルージュに訊く。
「いや、アークライト近辺って言っても、グレートプレーンズの国境の曖昧な集落だ」
グレートプレーンズとは、アレスター大陸中央に位置する大規模な平原地帯だ。エールハウスとアークライト間には明確な国境の関所が存在しない。――何故ならグレートプレーンズ上にアークライト都市部から追いやられた農民達の集落が成立したからだ。彼ら農民はアークライト国籍を放棄してエールハウスへの入国を希望している。しかし、国籍を持たない言わば流民を皆取り入れる程の経済力はエールハウスには無い。結果、アークライトから逃げたが、エールハウスに入れなかった農民達がグレートプレーンズ上に巣食うことになってしまった。農民達はアークライト国籍を放棄し、エールハウス国民を主張するが、元々はアークライト国民。簡単にどちらかの国に吸収することは出来ないということだった。
「それで、何を調査すればいいんだ?」
「アークライト側か、エールハウス側か調べて来て欲しい。そして、早計なことを考えてた時は全力で止めてくれ」
「早計なこと?」
「例えば……反乱とかな」
「……分かった」
かくして、彼らのアレスター大陸での行動は決まった。エールハウスの港に到着したのは、それから数時間後のことだった。
「それじゃ、手分けして……」
ガイとシフ、グリーン、シンシアはすぐにエールハウスを出て、セントプレーンズへと向かった。ミーナはトトリと共にエールハウス観光をしてから配置につくようだ。
「じゃあ僕たちも分かれるか」
アルフレッドとルージュも宿屋を拠点に各自聞き込みをすることにした。
「また宿屋で落ち合おう」
「分かりました。それじゃ」
ルージュと分かれ、アルフレッドは通りを下り始めた。
数時間後、ガイ、シフ、グリーン、シンシアの四人は荒野に辿り着いた。そこはグレートプレーンズ上の集落がある筈なのだが、焼け野原――草一つ生えていない。
残っているものは炭だけだ。
「一体、どういうことだ?」
シンシアがその凄惨な風景を見て呟く。
「恐らく、アークライトに刃向かった奴らの成れの果て――反乱軍の末路だ」
ガイのその言葉は、現実味が無く、現実味を帯びていた。
「……」
四人はこの村の者達に追悼の意を示す。
それと共に、これから自分達がしようとしていることの重大さを思い知ったのだった。




